第5話


 先輩は「いいから」と言っているが、その先輩の仕事も山積みで、陸人と比べるとはるかに多い。


 このままでは確実に残業になってしまう。


 それに、元々陸人に割り振られた仕事。それならば、やはり陸人がやるべきだろうし、むしろこうした仕事の方が陸人としては気が楽だ。


 それとも、先輩がやりたい理由でもあるのだろうか。それこそ、やたらと今日苛立っている理由もそこにあるのかも知れない。


「どうしたんだい?」


 そんな陸人たちの様子を見て気になっていたのか課長である『西城さいじょう』がやんわりと声をかけてきた。


「あ、課長」


 物腰柔らかそうなほんわかとした口調と見た目。そして雰囲気を持った人で、年齢もこの役所の中ではかなりの古参に入り、一部役所の人間の間では「マスコット」とも呼ばれている。


 ただ、その理由はこの口調と雰囲気だけではなく「いつも基本的に机でお茶を飲んでいるだけ」という事から陰でそう呼ばれているのだそうだ。


 もちろん、実際のところはそんな事は一切なく、いつもちゃんと仕事をしている。当然の話ではあるが。


「これは……陸人がやるといいね」


 課長はチラッと先輩の持っていた資料を一瞥して陸人に戻した。


「あ、はい。分かり……ました」


 あまりにもハッキリと言われたので、思わず先輩の視線が気になりしどろもどろになってしまった。


「……是清」

「はい」


「気持ちは分からなくもないが、切り替えるのも大切だよ?」

「……はい」


「受取人に感情移入するのが悪いとは言わないけどね」

「……」


 そう言って課長は先輩の肩を優しく叩いた。


「さて、もう確認は終わったかい? 行こうか」

「は、はい」


 陸人は先輩の様子が気になったが、先輩は課長の言葉を受け、どこか吹っ切れたような顔になり、そのまま自身の仕事に戻っていた。


 どうやら、もう大丈夫な様だ。


「おーい、置いてくよ?」

「あ、すみません!」


 そんな先輩の姿にどことなくホッとしつつ、陸人は空と共に課長の後に着いて行く。場所は『保管庫』である。


 供え物や手向けられた物は大体最初にこの場所に集められ、受取人一人一人別々の箱の中に入れられている……のだが。


「これ……すんごい花の量ですね」

「ああ、それは今日こっちに来たヤツの物なのだと」


「ああ、なるほど」


 つまりこれは葬儀の時に手向けられたものだろう。


「大体はこうしてたくさんの物が送られてくるのだけど、昨日あの子が担当した資料の中に何もない子がいたみたいでね」


 課長の言葉を聞き、陸人は思わず「ああ、なるほど」納得してしまった。


 どういった経緯があってそうなったのかは知らない。生前悪い事をして周囲から見放されてそうなったのかも知れないし、はたまた全く別の可能性もある。


 ただ、そうしたケースがあるのも事実だ。


「先輩は……優しすぎますね。毎回毎回資料を確認して受取人の生前の背景に思いを馳せて――」


 どうやら今朝から先輩の様子がおかしかったのはそれが原因だった様だ。しかし、それで疲れないのだろうかとは思う。


 ただ、そう思う自分は薄情者なのかも知れない。


「あの子のいいところでもあるのだけどね。久しぶりに振ってみたんだけど……」

「昨日の仕事が終わるまでは特に問題はなかったのですけどね」


 そこら辺は「さすが」の一言だが、やはり思うところはあったのだろう。


 確かに毎回とは言わないが、場合によっては受取人本人に渡しに行く事もある。そういった時に親身に話してくれるのはありがたいだろう。


 ただ、陸人にとっては「誰かと話す」というのはあくまで生きていくうえで必要なだけで、正直あまり得意ではない。


 そもそも相手が生前どういった生活を送っていたのか……などあまり興味がないので話があまり広がらず、正直その業務はあまり得意ではなかった。


「やっぱり適材適所というヤツかねぇ」

「……そうですね。僕も苦手な業務はありますから」


 苦笑いをしている課長の言葉に同意しつつ、陸人は早速資料を片手にお目当ての箱の中身をチェックし始め、課長も「そうかい」と言って作業を始めた。

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