第12話 事件の黒幕と、世界の片鱗

フィーリアの的確な指示が、ブレイブ・ハーツのメンバーたちを奮い立たせた。レオンは雄叫びを上げて魔術師の正面に立ち塞がり、その大剣で次々と繰り出される闇の魔弾を弾き返す。ティムは後方から連続して氷の矢を放ち、襲い来るオークたちの足を止め、魔術師の集中を削ぐ。リリィは持ち前の俊敏さで戦場を駆け回り、オークの背後から短剣を突き立てたり、魔術師の死角に回り込んでは牽制の矢を放ったりと、トリッキーな動きでかく乱する。

「ティムくん、あの黒い水晶、魔法で壊せないかな? あれがオークを操ってるみたいだよ!」

フィーリアはワイヤー射出装置で洞窟の天井近くの鍾乳石に飛び移りながら叫ぶ。戦況全体を見渡し、最も効率的な打開策を瞬時に判断する。

「わ、わかった! やってみる!」

ティムは頷き、黒い水晶に向けて強力な破壊魔法の詠唱を開始した。

「リリィちゃん、魔術師の注意を右に! わたしが左から杖を狙う!」

「了解! 行くよっ!」

リリィが陽動のために派手な動きで魔術師の右側面へと切り込む。その隙を突き、フィーリアは天井から音もなく魔術師の左後方へと舞い降り、携行槍の穂先を鋭く突き出した。狙うは、魔術師が握る髑髏の杖だ。

「小賢しい虫ケラどもが!」

魔術師はフィーリアの奇襲に気づき、咄嗟に杖で槍を受け止めるが、その体勢は崩れる。そこへ、レオンの渾身の一撃が叩き込まれた。

「うおおおっ!」

大剣が魔術師の魔法障壁を砕き、その肩口を浅く切り裂く。

「ぐっ……おのれ!」

魔術師が怯んだ瞬間、ティムの魔法がついに完成した。

「くらえっ! ストーンクラッシュ!」

ティムの手から放たれた岩塊の魔法弾が、黒い水晶に直撃。けたたましい破壊音と共に、水晶は木っ端微塵に砕け散った。

すると、あれほど凶暴だったオークたちが、一斉に動きを止め、混乱したように互いにぶつかり合い始めた。まるで操り人形の糸が切れたかのようだ。

「今だよ、フィーリアちゃん!」

レオンが叫ぶ。

フィーリアは好機を逃さなかった。携行槍を回転させ、魔術師の杖を強かに打ち据える。ミシリ、と嫌な音がして、髑髏の杖に大きな亀裂が入った。

「ば、馬鹿な……我が力が……!」

魔術師は狼狽し、後退ろうとするが、フィーリアはさらに追撃を加える。ワイヤーを魔術師の足に絡ませて転倒させ、その胸元に槍の穂先を突きつけた。

「ぐおおお……! 我らの計画は……まだ終わらぬ……! いずれ、大いなる“災厄”が……世界を覆うだろう……!」

魔術師は血を吐きながら、何か意味深な言葉を呟くと、その身体は黒い霧となって霧散し、後には焦げ臭い匂いだけが残された。

オークたちの脅威が去り、洞窟内には束の間の静寂が訪れた。フィーリアたちは、互いの無事を確認し合うと、すぐに魔術師がいた場所や祭壇の跡地を詳しく調べ始めた。

「この紋章……見たことないけど、何か大きな組織のもの、かもね」

フィーリアは、魔術師が落としていった黒い金属製のメダリオンを拾い上げる。そこには、蛇が絡みついたような不気味な紋章が刻まれていた。

「こっちには、羊皮紙の切れ端みたいなものがあるよ」

リリィが、祭壇の瓦礫の中からいくつかの羊皮紙の断片を見つけ出した。それには、フィーリアたちが見たこともない奇妙な文字――古代語の一種だろうか――で何かが記されている。

「この文字、古代の言葉かな……なんて書いてあるんだろう? ティムくんなら、少しは読める?」

「う、うーん……いくつか見覚えのある文字もあるけど……ごめん、ほとんど意味が分からないや」

ティムは申し訳なさそうに首を振る。

レオンは、洞窟の壁に描かれた、より古い時代のものと思われる壁画の一部を発見した。そこには、巨大な竜のような生物と、人ならざる者たちが戦う様子や、天から何かが降り注ぐような光景が描かれていた。

「なんだこりゃ……大昔の戦争か何かの記録か?」

これらの手がかりは、今回の事件が単なる魔術師一人の暴走ではなく、その背後に何か巨大な組織や、あるいはもっと根源的な世界の謎が関わっていることを強く示唆していた。

フィーリアは、羊皮紙の断片に描かれた星図のような模様や、壁画に描かれた古代のシンボルに目を凝らす。それは、彼女の知的好奇心を強く刺激するものだった。

(もしかして、この世界の魔法って……わたしたちが知ってる科学――物理法則やエネルギーの変換と、どこかで繋がってるのかな?)

(この世界の成り立ち……神様とか、そういう存在が本当にいた時代の話なのかも。わたしのこの銀色の髪や碧い目も……もしかしたら、何かそういう古い血筋と関係があったりするのかな……?)

次から次へと湧き上がる疑問。それは、面倒事とはまた違う、純粋な知の探求への欲求だった。

消耗しきったフィーリアとブレイブ・ハーツは、集めた手がかりを慎重に持ち帰り、数日後、リコリスの町へと帰還した。

ギルドマスターのドレイクは、彼らの報告と持ち帰った証拠品を前に、厳しい表情で腕を組んだ。

「……蛇の紋章に、古代語の文献、そして異形の魔術師か。どうやら、我々が思っていた以上に根の深い問題のようだな。これはギルド本部、いや、王国にも報告し、本格的な調査隊を組織する必要があるかもしれん」

ドレイクはフィーリアの労をねぎらい、破格の報酬を支払うことを約束した。

フィーリアは、久しぶりに自分の部屋のベッドに倒れ込むと、泥のように眠った。しかし、数日後には、ガンツの工房で新しい道具の設計図を描く彼女の姿があった。目の下にはうっすらと隈ができていたが、その表情はどこか生き生きとしている。

「……すごく面倒なことになったけど……でも、知らないことを知るのは、ちょっとだけ面白い、かもね」

小さな呟きは、カンカンと響く槌の音に掻き消された。彼女の新たな探求は、まだ始まったばかりだった。


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