第11話 実力行使と、予期せぬ協力者
リコリスの町を後にしてから丸一日。フィーリアは、鬱蒼とした「嘆きの森」を抜け、さらに険しい岩場を越え、ついに目的地の「竜の寝床」と呼ばれる洞窟群の入り口にたどり着いていた。
その名の通り、巨大な竜がねぐらにしていたと伝えられるだけあって、洞窟の入り口はいくつも存在し、どれも不気味なほど黒々とした口を開けている。周囲の岩肌は風雨に晒され、まるで巨大な獣の牙のようだ。空気もひんやりと湿っており、時折、洞窟の奥から正体不明の低い唸り声のようなものが響いてくる。
「ここが『竜の寝床』……。思ったより入り口はたくさんあるけど、一番魔力の残滓が濃いのは……あそこかな」
フィーリアは自作の簡易的な魔力探知機(水晶の欠片と方位磁石を組み合わせたもの)で当たりをつけ、比較的狭く、目立たない洞窟の入り口を一つ選んだ。
ガンツに作ってもらった消音効果のある柔らかな革底のブーツを履き、暗視ゴーグルを装着。腰には投げナイフとワイヤー射出装置、背中には分解した携行槍をしっかりと固定する。
「見張りのオーク……数は少ないみたいだけど、油断は禁物だね」
入り口付近をうろついていた数体のオークの見張りを、フィーリアは音もなくやり過ごす。時には小石を投げて注意を逸らし、時には影から影へと文字通り消えるように移動する。そのステルス技術は、もはや子供のそれではない。
やがて、フィーリアは誰にも気づかれることなく、洞窟の暗闇へとその小さな身体を滑り込ませた。
洞窟の内部は、入り組んだ迷路のようになっていた。湿った空気が肌にまとわりつき、壁からは絶えず水滴が滴り落ちている。フィーリアは暗視ゴーグル越しに周囲を警戒しつつ、壁に残された微かな爪痕や、オークたちの残した臭いを頼りに奥へと進んでいく。
「やっぱり、オークだけじゃないみたい。何か、もっと別の魔物もいるね……この爪痕、かなり大きい」
時折、洞窟に元々棲みついているのであろう、巨大な蝙蝠のような魔物や、硬い甲羅を持つ多足の虫のような魔物と遭遇したが、フィーリアは慌てることなく対処した。投げナイフで的確に急所を狙い、ワイヤー射出装置でトリッキーな動きを見せて翻弄し、携行槍で確実に息の根を止める。戦闘は常に最小限の動きで、最大の効果を上げることを意識していた。ガンツと作り上げた新しい装備は、彼女の戦闘スタイルに見事に適合していた。
しばらく進むと、洞窟の一角が広間のように開け、そこには数十体のオークが集められている場所があった。彼らはまるで何かに怯えるように隅で固まっていたり、あるいは虚ろな目で一点を見つめていたりと、明らかに様子がおかしい。
「この装置……オークを操ってたのは、これなのかな?」
広間の中央には、以前森で見た祭壇よりもさらに大きく、禍々しい光を放つ黒い水晶のようなものが設置されていた。そこから発せられる不快な波動が、オークたちを支配しているように感じられた。
フィーリアがその黒い水晶をさらに調査しようと近づいた、その時だった。
「――何者だ? 我が聖域を嗅ぎ回るネズミは」
広間の奥の暗がりから、低い、しかし威圧的な声が響いた。姿を現したのは、漆黒のローブを纏い、髑髏の杖を手にした痩身の男だった。その顔はフードで隠れてよく見えないが、両目だけが不気味な赤い光を放っている。明らかに人間ではない、強力な魔術師か、あるいはそれに類する存在だろう。
「あなただったんだね……オークたちを操ってたのは」
フィーリアは静かに身構える。
「ほう、小娘が一人か。面白い。オークどもが使い物にならんわけだ。だが、お前ごときがここへ辿り着いたところで、何ができる?」
魔術師が杖を振るうと、黒い水晶がさらに強く輝き、周囲のオークたちが一斉に唸り声を上げてフィーリアに襲いかかってきた。
「思ったより、ずっと強い……かも。それに、数も多い」
フィーリアは投げナイフとワイヤーを駆使してオークたちをいなしつつ、魔術師本体への攻撃の隙を窺うが、魔術師の放つ強力な魔法障壁と、次々と繰り出される攻撃魔法に阻まれ、徐々に追い詰められていく。さすがのフィーリアも、これだけの数のオークと強力な魔術師を同時に相手にするのは分が悪かった。
(これは……ちょっと、まずい状況かな。一旦引いて、ドレイクさんに報告した方が……)
退却を考え始めたその時、魔術師の放った闇の魔弾がフィーリアの肩を掠めた。鋭い痛みが走り、体勢が崩れる。そこへ、複数のオークが止めを刺そうと殺到してきた。
「……っ!」
絶体絶命かと思われた、その瞬間だった。
「フィーリアちゃーーん!! 大丈夫かーーっ!?」
洞窟の入り口の方から、聞き覚えのある快活な声が響き渡った。次の瞬間、突風と共に数体のオークが吹き飛ばされ、赤毛の剣士――レオンが、ティムとリリィを伴って広間に飛び込んできたのだ。
「レオンくん!? ティムくんに、リリィちゃんまで……なんでここに?」
フィーリアは驚きで目を見開く。
「やっぱり一人で無茶すると思ったんだよ! ドレイクさんから話を聞いて、心配で追いかけてきたんだ!」
レオンが剣を構えながら叫ぶ。ティムは既に呪文の詠唱を始めており、リリィは短剣を手に素早くフィーリアの側面に回り込んでオークの攻撃を捌いていた。
「ったく、このお姫様は手が掛かるんだから! でも、間に合ってよかったぜ!」
リリィが悪態をつきながらも、その表情には安堵の色が浮かんでいる。
予期せぬ協力者の登場。それはフィーリアにとって計算外の出来事だったが、この絶望的な状況においては、一条の光でもあった。
「……みんな、ありがとう。でも、無茶しないでね」
フィーリアは小さく呟くと、痛む肩を押さえながらも再び立ち上がり、髑髏の杖を構える魔術師を睨み据えた。
ブレイブ・ハーツの加勢によって、オークたちの勢いは明らかに鈍った。しかし、元凶である魔術師は健在だ。
「レオンくんは正面からお願い! ティムくんは魔法でオークの動きを止めて! リリィちゃんは側面から、あの魔術師の詠唱を邪魔できるかな? わたしは……あいつのあの杖を狙うよ。多分、あれが力の源のはずだから!」
以前の共闘とは違い、今度はフィーリアが的確に指示を出す。その言葉には、不思議な説得力があった。
「おう、任せとけ!」「わ、わかった!」「了解!」
三人はフィーリアの指示に即座に応じ、それぞれの持ち場で動き出す。
フィーリアは深呼吸を一つすると、携行槍を構え直し、魔術師へと向かって真っ直ぐに駆け出した。
頼りになる仲間がいる。それは、単独行動を好む彼女にとって、まだ少し慣れない感覚だったが、決して悪いものではなかった。そして何より、今は目の前の強敵を倒すこと。それが最も効率的な選択だと、フィーリアの頭脳は結論付けていた。反撃の狼煙が、今、上がった。
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