第10話 探求と分析、そして突破口

ミント村での騒動から数日後、リコリスの町に戻ったフィーリアは、ギルドマスターのドレイクに正式に呼び出された。場所はギルドマスターの執務室。そこにはドレイクと、心配そうな顔をしたネリーが待っていた。

「フィーリア、先日はご苦労だった。お前のおかげでミント村は救われたと言っても過言ではない」

ドレイクの労いの言葉にも、フィーリアは「別に……」と小さく首を振るだけだ。

「それで……本題なんだが」ドレイクは真剣な眼差しでフィーリアを見据えた。「例のオークの大量発生だ。あれは明らかに異常だ。その原因を突き止め、可能ならば排除する。これが、お前に正式に依頼したい内容だ」

提示された羊皮紙には、依頼内容と共に破格の報酬額が記されていた。危険度は言うまでもなく高い。

「調査は基本的に単独行動を想定している。お前のやり方が一番効率的だろうからな。だが、必要とあらばギルドも全面的にバックアップする。どうだ? 引き受けてくれるか?」

フィーリアは羊皮紙とドレイクの顔を交互に見つめ、うーん、と小さく唸った。

(すごく面倒そう……。危険なのは間違いないし、何日かかるかもわからない。でも……)

心の奥底で、何かがちくりと刺激されるのを感じていた。あのオークたちの異常な様子。何の脈絡もなく現れた大群。その「理由」が、どうしても気になってしまうのだ。それは、複雑な機械の仕組みを解き明かしたい、あるいは難解なパズルを完成させたいという、彼女の根源的な探求心に火をつけるものだった。

「うーん……すごく面倒そうだけど……でも、オークがあんなにいっぱいいた理由、ちょっとだけ気になる、かも……。……わかったよ。その依頼、引き受けるね」

「そうか! さすがはお前だ!」ドレイクは満足げに頷いた。

依頼を引き受けたフィーリアは、まず徹底的な情報収集から取り掛かった。

ミント村の生き残りの人々からは、オークが襲ってくる直前の村の様子や、オークたちの具体的な行動パターン、何か変わった兆候はなかったかなどを丹念に聞き出した。ギルドでは、最近オークと遭遇した他の冒険者たちからも話を聞き、襲撃された場所や時間、オークの装備や統率の取れ具合などを記録していく。

「オークたちは、何か特定の方向から来たみたい……」「普通のオークより、目が赤く光っていた気がするって言ってた人もいたね」

集めた情報を整理しながら、フィーリアはギルドの資料室にも足を運んだ。そこには、過去の魔物の大量発生事例や、この地方に生息する魔物の生態に関する古びた文献が保管されている。オークの習性、繁殖期、行動範囲……。関連しそうな情報を片っ端から読み漁り、今回のケースとの共通点や相違点を探る。

並行して、ガンツの工房では今回の調査に特化した道具の開発も進めていた。痕跡を傷つけずに採取するための精密なピンセットや小さなハケのセット。遠くの様子を安全に観察するための、鳥の羽と軽い木材で作った手投げ式の偵察機(もちろん動力はないアナログなものだが、フィーリアの投擲技術ならある程度飛ばせる)。そして、暗い場所でも視界を確保するための、特殊な鉱石をレンズに使った簡易的な暗視ゴーグルの試作品。

「ガンツさん、この鉱石、もう少し薄く削れるかな? 光の屈折率を考えると……」

「嬢ちゃん、また無茶なこと考えとるな。だが、面白い。やってみるか」

ガンツもフィーリアの奇抜な発想に付き合い、二人は夜遅くまで工房で作業に没頭することもあった。

数日後、十分な情報と新しい道具を揃えたフィーリアは、オークが最初に出現したと目される「嘆きの森」の奥深くへと、単独で足を踏み入れた。

鬱蒼とした森は昼なお暗く、不気味な静寂に包まれている。フィーリアは自作の暗視ゴーグルを装着し、五感を研ぎ澄ませながら慎重に進む。オークの巨大な足跡、食い散らかされた獣の骨、特徴的な臭いのする糞。それらを一つ一つ丁寧に観察し、時には痕跡採取キットでサンプルを収集する。

(この足跡の深さ……かなり体重のある個体だね。それに、歩幅が不自然に大きい。興奮状態だったのかな?)

(この糞の色……普段オークが食べないような植物の繊維が混じってる。もしかして、何か特殊なものを食べてた?)

やがて、森のさらに奥、ほとんど陽の光も届かないような場所に、奇妙な空間が広がっているのを発見した。そこには、不自然にねじ曲がった木々、地面に描かれたような禍々しい幾何学模様、そして、微かに残る魔力の残滓があった。中央には、黒ずんだ石で作られた粗末な祭壇のようなものも見える。

「この匂い……普通のオークじゃない、かも。それに、この魔力の感じ……ちょっと気持ち悪いね」

「地面に、何か変な模様が……魔法陣? でも、誰が何のために……」

フィーリアは祭壇に近づき、周囲を丹念に調べる。そこには、オークのものではない、奇妙な鱗の破片や、焦げ付いたような黒い液体が付着していた。

リコリスの町に戻ったフィーリアは、持ち帰ったサンプルと情報を元に、工房の片隅で分析作業に没頭した。

(オークたちは、あの祭壇のような場所で、何らかの外的要因によって凶暴化させられた……あるいは、操られていた可能性がある、かな?)

(あの魔法陣みたいな模様と、魔力の残滓……何かの儀式が行われたのかもしれない。オークを呼び寄せたり、興奮させたりするような)

(鱗の破片と黒い液体……これは、もっと別の、強力な魔物の痕跡かもしれない。オークはその手駒だったとか?)

いくつかの仮説が頭の中に浮かび上がる。もし、オークたちを操っている黒幕がいるのなら、その本拠地を叩かなければ根本的な解決にはならないだろう。

フィーリアは地図を広げ、祭壇のあった場所と、ミント村の位置、オークの目撃情報を照らし合わせる。そして、ある一点に思い至った。

「このパターンだと……もしかして、嘆きの森のさらに奥、あの『竜の寝床』って呼ばれてる洞窟のあたりが怪しいんじゃないかな」

そこは古くから危険な魔物が棲むと噂され、冒険者も滅多に近づかない場所だった。

「もしそうなら、正面から行くのは無駄が多いよね。情報も少ないし。裏からこっそり潜入して、中の様子を確かめるのが一番効率的、かも」

フィーリアは、最も効率的で成功確率が高いと判断した「竜の寝床への単独潜入偵察」という計画を立てた。必要な装備をリストアップし、ガンツに相談して特殊な登攀用具や消音効果のある靴底などを準備する。

「ドレイクさん、オークの件、多分だけど……原因が分かった、かも。これから、ちょっと確かめに行ってくるね」

翌日、フィーリアはギルドマスターのドレイクに簡潔に中間報告をすると、誰にも行き先を告げず、たった一人で「竜の寝床」へと向かうべく、リコリスの町を後にした。その小さな背中には、静かな決意と、ほんの少しの好奇心が宿っていた。

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