第9話 巻き込まれ型のヒーロー(不本意)
ギルドに転がり込んできた農夫――北のミント村の使いだという――は、ギルドマスターのドレイクに堰を切ったように窮状を訴え始めた。
「オークです! 見たこともないような数のオークが、突然村を……! 村の若い衆だけではとても太刀打ちできず、もう半数近くがやられてしまいました! このままでは村が全滅してしまいます! どうか、どうかお助けを!」
男の悲痛な叫びに、ギルド内は水を打ったように静まり返る。オークは個体でも厄介な魔物だが、それが群れをなして村を襲うというのは、このリコリスの町周辺では滅多にない異常事態だった。
フィーリアは、騒ぎの中心から少し離れた柱の陰で、冷静にその言葉を聞き取っていた。
(オーク……数が多いみたいだね。村はもう、かなり危ない状況なのかな。これは……本当に厄介なことになったかも)
他人事のように分析しつつも、胸騒ぎが大きくなるのを感じていた。
「よし、分かった! すぐに討伐隊を編成する! 腕に覚えのある者は手を挙げろ! 緊急事態だ、報酬は弾むぞ!」
ドレイクの檄が飛ぶと、ギルドにいた冒険者たちの中から、屈強な戦士や手練れの魔法使いたちが次々と名乗りを上げた。その中には、以前フィーリアと共闘したレオンたち「ブレイブ・ハーツ」の姿もあった。
フィーリアは、できるだけ目立たないように、そっとその場を離れようとした。しかし、そんな彼女の動きをドレイクが見逃すはずもなかった。
「――フィーリア! お前もだ!」
ドレイクの鋭い声が、フィーリアの背中に突き刺さる。
「えぇ……わたしも、行くの?」
思わず素っ頓狂な声が出た。振り向くと、ドレイクが有無を言わせぬ厳しい顔でこちらを見ている。
「お前の力が必要だ。あのオークの群れだ、生半可な戦力ではどうにもならんかもしれん。頼んだぞ」
周りの冒険者たちの視線も集まる。ここで断れる雰囲気ではない。ネリーも心配そうにこちらを見ている。
「……わかったよ。でも、危ないことはあんまりしたくないんだけどな」
フィーリアは小さなため息をつき、渋々頷いた。ガンツの工房で作ったばかりの新しい装備――投げナイフ数本、改良中のワイヤー射出装置、分解式の携行槍――を革袋から取り出し、手早く身につける。やるからには、効率よく終わらせたい。
緊急討伐隊は、総勢二十名ほど。フィーリアはその中でもひときわ小さく、場違いな感が否めなかったが、彼女の実力を知る一部の者は期待の眼差しを向けていた。
ミント村までは馬車を使っても半日かかる。一行は最短ルートを急いだ。
道中、予想通り、村から命からがら逃げてきたと思われる人々や、オークの小隊に襲われている行商人の一団に遭遇した。討伐隊は即座に戦闘態勢に入る。
フィーリアは、混乱の中で的確に状況を判断した。馬車を守るように立ち、近づいてくるオークに対し、まず投げナイフを正確に眉間に叩き込む。一本、また一本と、面白いようにオークが倒れていく。
「すごい……! あの子、本当に投げナイフだけでオークを……!」
他の冒険者が驚きの声を上げる。
数の多いオークが馬車に取り付こうとした瞬間、フィーリアはワイヤー射出装置を起動。先端のフックがオークの足に絡みつき、バランスを崩したところを、別の冒険者の剣が一閃する。
「フィーリアちゃん、ナイスアシスト!」
レオンが親指を立てる。フィーリアは「……別に。普通だよ」と短く答え、すぐに次の標的に意識を移す。彼女の戦闘は派手さはないが、無駄がなく、常に最も効率的な方法を選択していた。その冷静な戦いぶりとユニークな装備は、討伐隊の士気を高めるのに一役買った。
やがて、一行はミント村に到着した。しかし、そこに広がっていたのは、既に戦場の様相を呈した村の姿だった。村の簡素な木の柵は何か所も破壊され、家々からは黒煙が上がっている。村人たちは武器を手に必死の抵抗を試みているが、オークの圧倒的な数の前に、じりじりと追い詰められていた。
「総員、突入! 村人を救出し、オークを殲滅するぞ!」
ドレイクの号令一下、討伐隊は村の中へと駆け込む。
フィーリアは、正面からのぶつかり合いは他の屈強な冒険者たちに任せ、自分は村の構造を素早く把握し、より戦略的な動きを見せた。
「こっちの家の屋根の上からなら、オークの動きがよく見えるよ! 援護射撃をお願い!」
「あっちの通路、狭いから一列でしか来れない! 罠を仕掛けるならそこがいい、かも!」
子供らしい高い声で叫ぶが、その指示は的確で、戦闘経験の浅い村人たちにとってはまさに天啓だった。彼女は自らも携行槍を巧みに操り、村に侵入してきたオークを確実に仕留めていく。ワイヤーを使えば、屋根から屋根へと軽々と飛び移り、神出鬼没に戦場を駆け巡った。
混乱した戦況の中でも、フィーリアは常に冷静さを失わず、最も危険な場所へ的確にサポートを入れる。その姿は、まるで小さな戦場の指揮官のようだった。
どれくらいの時間が経っただろうか。討伐隊の奮戦と、フィーリアの予想外の活躍により、オークの群れは徐々に数を減らし、ついにリーダー格らしきひときわ大きなオークが討伐隊の集中攻撃によって倒されると、残りのオークたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
村は……ひとまず、静けさを取り戻した。あちこちで負傷者の手当てが始まり、討伐隊のメンバーも、安堵の息をつきながら武器を下ろす。
「やった……! 助かったぞ!」
「ありがとう、冒険者の皆さん!」
生き残った村人たちが、涙ながらに討伐隊に駆け寄り、感謝の言葉を口にする。特に、戦場で八面六臂の活躍を見せた小さな銀髪の少女――フィーリアには、多くの称賛と感謝が寄せられた。
「フィーリアちゃん、あなたのおかげで村は救われたわ! 本当にありがとう!」
村長の妻らしき女性が、フィーリアの手を握って涙ぐむ。
「……どういたしまして。でも、もうクタクタだよ」
フィーリアは素直な感想を漏らす。感謝されるのは悪い気はしないが、それ以上に疲労感と、やはり「とんでもない面倒事に関わってしまった」という思いの方が強かった。早く町に帰って、ガンツさんの工房で静かに道具いじりでもしていたい。
そんなフィーリアの心中を知ってか知らずか、討伐の指揮を執っていたドレイクが、満足げな表情で近づいてきた。
「フィーリア、お前の力、見込んだ通りだ。いや、それ以上かもしれん。大した活躍だった」
「……そんなことないよ。みんなが頑張ったから」
「謙遜するな。……実はな、お前にしか頼めないかもしれん仕事があるんだが」
ドレイクの目が、真剣な光を帯びる。
「今回のオークの襲撃、どうもただ事ではないような気がする。あれだけの数が、何の予兆もなく現れるのはおかしい。その原因を……調査してほしいんだ」
(えぇー……また面倒なこと?)
フィーリアの顔には出なかったが、内心では大きなため息が漏れていた。どうやら、厄介事はまだ始まったばかりのようだった。
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