第5話 初仕事は素材採取、ただし効率重視で

ギルドの奥から現れたのは、熊のように大柄な、厳つい顔つきの男だった。左目には大きな傷跡があり、鋭い眼光は部屋の隅々まで見通すようだ。彼が纏う威圧感に、騒がしかったギルド内が一瞬で静まり返る。この男こそ、リコリスの町の冒険者ギルドを束ねるギルドマスター、ドレイクその人だった。

ドレイクは、ヒビの入った水晶玉と、フィーリアが叩き出した身体能力テストの結果が書かれた羊皮紙に目を落とし、それから小さな銀髪の少女に視線を移した。

「……ほう。これはまた、面白い小鳥が迷い込んできたもんだな」

低い、よく通る声だった。ドレイクはフィーリアの前に屈み込み、その大きな碧眼をじっと覗き込むようにして言った。

「嬢ちゃん、名は?」

「……フィーリア、です」

「フィーリアか。年は? 親はどこにいる?」

「年は……よく、わかりません。親も……いません。一人です」

フィーリアは正直に、しかし余計なことは話さなかった。ドレイクはその答えに眉一つ動かさず、ふむ、と短く唸る。

「そうか……。まあ、ギルドは実力主義だ。過去や素性は問わん。お前のその力、本物と見える。いいだろう、フィーリア。お前を今日からギルドの一員として認める。だが、無茶はするなよ。最初は簡単な依頼からだ。それと、何か困ったことがあれば、そこの受付のネリーか、わしに言え」

ドレイクはそう言うと、懐から真新しい銅製のギルドカードを取り出し、フィーリアに手渡した。

「はい。ありがとう、ございます。ギルドマスターさん」

フィーリアは小さな両手でそれを受け取り、丁寧に頭を下げた。カードには「フィーリア」という名と、最下級を示す「Gランク」の文字が刻まれていた。

こうして、フィーリアは正式に冒険者となった。

最初の仕事を選ぶため、依頼が張り出された掲示板の前に立つ。魔物討伐、迷子のペット探し、荷物運び、そして薬草採取。様々な依頼が並んでいる。

「フィーリアちゃん、最初はこれなんかどうかしら? 町の近くの森での薬草採取よ。危険も少ないし、あなたならきっとできるわ」

受付のネリーが、一枚の依頼書を指差して勧めてくれた。指定された薬草は「月見草」と「陽光苔」。どちらも比較的見つけやすい薬草で、報酬は銅貨5枚。決して高くはないが、最初の仕事としては妥当だろう。

「これなら、わたしにもできる。場所は……町の近くの『ささやきの森』だね」

フィーリアはその依頼を受け取ることにした。

ギルドで一番小さな採集袋と、子供用の小さなナイフ(それでもフィーリアには少し大きい)を借り受け、水筒に水を入れてもらうと、フィーリアは一人で「ささやきの森」へと向かった。ミモザ村の森ほどではないが、ここも木々が鬱蒼と茂っている。

(月見草は、少し湿った日陰に……。陽光苔は、日の当たる岩肌に生えてるはず)

前世の知識と、ギルドで聞いた情報を頼りに、慎重に森の中を進む。持ち前の観察眼はここでも健在だ。木の葉の裏、岩の隙間、地面の僅かな変化も見逃さない。

思ったよりも早く、指定された薬草を見つけ出すことができた。月見草は青白い可憐な花を咲かせており、陽光苔は太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

「あった。これね」

丁寧に採取し、袋に入れていく。依頼分の量はすぐに集まったが、フィーリアの収集はそれだけでは終わらなかった。

「この草も、何かに使えそう……薬草図鑑で見たような気がする。一応、持っていこうかな」

「あ、この石、ちょっと綺麗だね。何かの役に立つかな?」

道中、目についた他の薬草や、光沢のある小さな鉱石、綺麗な鳥の羽根なども「ついで」とばかりに採取していく。彼女の行動は常に効率優先。一度森に入ったのなら、得られるものは全て得ておこうという考えだった。

依頼の品も、それ以外の収集品も袋に詰め込み、そろそろ町に戻ろうかと考えた時だった。

ガサガサッ、と前方の茂みが揺れ、緑色の肌をした小柄な人型の魔物が三体、姿を現した。鋭い爪と、粗末な棍棒を手にしている。ゴブリンだ。

「……ちょっと、面倒なことになったかな」

フィーリアは呟くが、その表情に恐怖はない。むしろ、どう対処すべきか、冷静に思考を巡らせている。

(数は三体。武器は棍棒と爪。動きは……そんなに速くないみたい)

フィーリアは咄嗟に近くの太い木の陰に隠れると、足元に転がっていた手頃な大きさの石をいくつか拾い上げた。そして、ゴブリンたちが油断してキョロキョロと獲物を探している隙を突き、一体のゴブリンの頭部めがけて石を正確に投げつける。

「ギャッ!」

石は見事命中し、ゴブリンは短い悲鳴を上げてその場に倒れた。残りの二体が驚いてこちらを向く。フィーリアはすかさず次の石を投げ、もう一体のゴブリンの足を狙う。

「ギギィ!?」

足に石を受けたゴブリンが体勢を崩したところへ、フィーリアは木の陰から飛び出し、借り物のナイフを逆手に持って素早く接近。狙いすました一撃で、そのゴブリンの喉元を切り裂いた。返り血を浴びる間もなく、すぐに最後の一体に向き直る。

最後の一体は、仲間が次々と倒されたことに怯んだのか、棍棒を振り回しながら威嚇してくる。フィーリアはそれを冷静にかわし、懐に忍ばせていた、森で拾った硬くて尖った木の枝――即席の槍のようなもの――をゴブリンの胸に突き立てた。

「グ……」

ゴブリンは短い呻き声を残して、その場に崩れ落ちた。

戦闘は、ほんの数十秒で終わった。フィーリアの額にはうっすらと汗が滲んでいたが、息は少しも乱れていない。

「……でも、やるしかなかったよね」

彼女は倒したゴブリンを観察し、その耳を証拠品として切り取ると、粗末な棍棒も一応拾い上げた。これも何かの役に立つかもしれない。

ギルドに戻り、受付のネリーに依頼達成を報告すると、フィーリアは薬草の入った袋と、ゴブリンの耳、そして「ついで」に集めた様々な素材をカウンターの上に並べた。

「ネリーさん、月見草と陽光苔、採ってきたよ。それと、これと……これも」

ネリーは、山積みになった薬草と素材、そして血のついたゴブリンの耳を見て、目を丸くした。

「こ、これ……全部フィーリアちゃんが? しかも、ゴブリンまで討伐したっていうの!?」

その声に気づいたドレイクも奥から出てきて、カウンターの上の品々を見て驚きの表情を浮かべる。

「……おいおい、初めての依頼でこれだけの成果とはな。薬草の質も量も申し分ない。それに、この鉱石は『星屑石』じゃないか。なかなかの値打ちもんだぞ。ゴブリン三体の討伐も大したもんだ」

ドレイクは感心したように言い、フィーリアの頭を大きな手でわしわしと撫でた。

「えへへ……」

フィーリアは少しだけくすぐったそうに笑った。

結局、フィーリアは依頼の報酬銅貨5枚に加え、追加の薬草代、星屑石の買い取り料、そしてゴブリン討伐の報奨金として、合計で銀貨2枚という、最初の仕事にしては破格の報酬を手にすることになった。

「ふぅ……これで、少しはお金持ちになれたかな?」

ずっしりと重い革袋を握りしめ、フィーリアは小さな満足感を覚える。

この日、リコリスのギルドに現れた銀髪の美幼女冒険者の噂は、瞬く間に町中に広まり始めるのだった。

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