第4話 村での情報収集と、ギルドという合理システム

森を抜けると、視界が開け、のどかな田園風景が広がった。その奥に、藁葺き屋根の家々が十数軒ほど集まっているのが見える。マルコが指差したその場所が、アルトリア王国の辺境に位置する「ミモザ村」だった。

「わぁ……ここが村なんだね」

フィーリアは、初めて見る異世界の集落に素直な感想を漏らす。土壁の家、畑仕事にいそしむ人々、元気に走り回る子供たち。全てが新鮮で、観察対象として興味深い。

しかし、それ以上にフィーリアが感じたのは、村人たちからの奇異の視線だった。マルコと一緒に村に入ると、畑仕事をしていた農夫も、井戸端会議をしていた女性たちも、皆一様に手を止め、驚いたような、あるいは好奇に満ちた目でフィーリアを見つめてくる。

「みんな、わたしのこと見てる?なんで?」

フィーリアが小首を傾げると、マルコは苦笑しながら言った。

「ははは、無理もないさ。こんな可愛らしい銀髪のお嬢ちゃんが、わしみたいなむさ苦しい男と一緒に森から出てきたんだからな。それに、その髪の色も目も、この辺りじゃ滅多に見ないからだろう」

フィーリアは自分の銀髪にそっと触れる。なるほど、この外見は目立つらしい。それは情報収集には少し不利かもしれないが、今は仕方ない。彼女は特に気にする素振りも見せず、冷静に村の様子を観察し続けた。

マルコは村のまとめ役らしき初老の男性――村長だという――に事情を説明し、フィーリアのことを頼んでくれた。村長は最初こそ訝しげな顔をしていたが、マルコの言葉と、何よりフィーリアの幼い姿を見て、しばらくの間ならと預かることを了承してくれた。マルコはフィーリアに「何かあったら、いつでもわしを頼ってくれ」と言い残し、盗まれた荷物の報告と次の仕事のために、翌日には慌ただしく村を去っていった。

「マルコさん、ありがとう。助かったよ」

フィーリアは素直に礼を言うと、マルコは「気にするな!」と豪快に笑って手を振った。

村長の家の一室を借りることになったフィーリアは、数日間、静かに村での生活を送った。村長夫妻は親切で、食事や寝床の心配はなかったが、フィーリアはどこか落ち着かなかった。いつまでも他人の世話になっているのは、彼女の性に合わない。

そんな中、マルコから聞いた「冒険者ギルド」という存在が、フィーリアの中で大きな位置を占め始めていた。

「冒険者ギルドって、わたしみたいな子供でも入れるの?」

食事の時、村長にそっと尋ねてみる。村長は驚いた顔をして、

「ギルドにかい? いやいや、あそこは腕っぷしの強い大人たちの行くところだ。フィーリアちゃんのような子供が行く場所じゃないよ。危険な魔物も出るし、怪我でもしたら大変だ」

と、やんわりと諭された。

「でも……お仕事すれば、お金がもらえるんだよね? わたし、自分のことは自分でできるようになりたい」

フィーリアの言葉には、子供らしからぬ強い意志が込められていた。実力次第で報酬が得られる。依頼をこなし、対価を得る。そのシンプルなシステムは、フィーリアにとって非常に合理的で魅力的に思えたのだ。自立して生きていくための、最も確実な手段だと。

村長や村の人々は、フィーリアがギルドに興味を持っていることを知ると、口々に危険だと説いた。しかし、フィーリアの決意は変わらなかった。数日後、彼女は村長夫妻に置き手紙を残し、ギルドがあるという一番近い町「リコリス」へと一人で向かうことにした。

手紙には、感謝の言葉と共に、「わたし、自分のことは自分でできるようになりたいんだ。だから、ギルドに行ってみるね。心配しないで」と、拙いながらも丁寧な文字で書かれていた。

ミモザ村からリコリスの町までは、徒歩で半日ほどの距離だった。道中、森で培った警戒心を怠らず、時には身を隠しながら進んだ。幸い、危険な魔物に出会うこともなく、フィーリアは無事にリコリスの町に到着した。

ミモザ村よりもずっと大きく、活気のある町だ。石造りの建物が並び、多くの人々が行き交っている。その一角に、ひときわ大きく、そして少しばかり荒っぽい雰囲気の建物があった。木の看板には剣と盾の紋章が描かれている。あれが冒険者ギルドだろう。

フィーリアは一度深呼吸をし、意を決してその扉を押した。

ギルドの中は、昼間だというのに薄暗く、酒と汗の匂いが混じり合った独特の熱気に満ちていた。屈強な体つきの男たち、軽装の女剣士、ローブをまとった魔術師らしき人々が、酒場で騒いだり、掲示板に貼られた依頼書を眺めたりしている。

その中に足を踏み入れた幼い銀髪の少女の姿は、あまりにも場違いだった。周囲の視線が一斉にフィーリアに集まる。好奇、侮り、驚き――様々な感情が向けられるが、フィーリアは臆することなく、まっすぐに受付カウンターへと向かった。

カウンターの向こうには、少し疲れた顔つきの女性職員が座っていた。

「あの……わたし、冒険者になりたいんだけど」

フィーリアが声をかけると、女性職員は一瞬きょとんとした顔をし、それから困ったように微笑んだ。

「あら、お嬢ちゃん、ここは遊ぶところじゃないのよ。迷子かしら? お母さんは?」

「迷子じゃない。わたし、真面目に冒険者になりたいの」

フィーリアは真剣な目で職員を見つめる。そのあまりにも真摯な瞳に、職員もただの子供の遊びではない何かを感じ取ったのかもしれない。

「……本気なのね? 冒険者になるには、登録と簡単な能力測定が必要だけど……あなたのようなお歳では、普通は……」

「受けられるなら、受けたいな」

食い下がるフィーリアに、職員はため息をつきつつも、奥から一枚の羊皮紙とペンを持ってきた。

「……分かったわ。じゃあ、まずここに名前と年齢を書いて。それから、あちらで魔力測定と身体能力の確認をするわよ」

言われるがままに「フィーリア」と名前を書き(年齢は正直に「よくわからないけど、多分これくらい?」と指で示すと、職員はさらに困った顔をした)、測定の場所へと案内された。

最初に案内されたのは、水晶玉が置かれた台だった。

「この水晶に手を触れてみて。魔力があれば光るわ」

フィーリアがおそるおそる小さな手を水晶玉に乗せると、次の瞬間、水晶玉はまばゆいばかりの光を放ち、バチバチと火花を散らせ始めた。

「きゃっ!?」

職員が驚きの声を上げる。水晶玉の光はギルド全体を照らすほどに強まり、やがてパリン!と小さな音を立ててヒビが入ってしまった。

「す、水晶が……こんなに強く光るなんて……しかもヒビまで……」

周囲で見ていた冒険者たちも、何事かとざわめき始める。

次に、重りのついたバーを持ち上げたり、的当てをしたりする簡単な身体能力テストが行われた。華奢な見た目からは想像もつかない力で軽々と重りを持ち上げ、投げた小石は寸分違わず的の中心を射抜く。

ギルドの中は、先程までの喧騒が嘘のように静まり返り、誰もが唖然としてフィーリアを見つめていた。

当のフィーリア本人は、そんな周囲の反応には気づかないのか、あるいは気にしていないのか、

「ふむ……こんなものかな? これで、わたしも冒険者になれるの?」

と、無邪気に(しかしその目はどこまでも真剣に)首を傾げた。

その時、ギルドの奥の扉が開き、恰幅のいい髭面の男が姿を現した。その鋭い眼光は、まっすぐにフィーリアに向けられていた。

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