第6話 厄介な依頼と、図らずも共闘

フィーリアが冒険者としてリコリスの町で活動を始めてから、数週間が過ぎた。最初の依頼での鮮烈なデビューは瞬く間にギルド中に知れ渡り、彼女はいつしか「銀色の妖精ちゃん」や、その実力を知る者たちからは畏敬の念を込めて「小さな怪物(リトルモンスター)」などと呼ばれるようになっていた。


本人はそんな周囲の評判をどこ吹く風と受け流し、毎日淡々と依頼をこなしていた。薬草採取、町のお使い、時には迷子の猫探しまで。報酬額と危険度、そして何より「効率」を天秤にかけ、自分にできる範囲で堅実に稼ぐ。その姿は、幼い外見とは裏腹に、ベテラン冒jęciaのような風格すら漂わせていた。


「フィーリア、ちょっといいか」


その日も、手頃な依頼はないかと掲示板を眺めていたフィーリアに、ギルドマスターのドレイクが声をかけてきた。


「ギルドマスターさん。何か御用かな?」


「ああ。お前に頼みたい仕事があるんだが……少し骨が折れるかもしれん。どうする?」


ドレイクが示したのは、「隣村ミストラルへの薬草配達と、その護衛」という依頼だった。ミストラル村は最近、原因不明の熱病が流行しており、特効薬となる薬草の輸送が急がれているらしい。しかし、問題はその道中だった。


「ミストラル村へ続く森道なんだが、最近、小規模な盗賊団の目撃情報が相次いでいてな。荷物を狙われる可能性がある」


「盗賊……」


フィーリアは眉をひそめる。面倒ごとはごめんだが、報酬は銀貨5枚と、これまでの依頼と比べるとかなり良い。それに、病に苦しむ人たちがいるというのも、少しだけ気にかかった。


「……わたし、やってみるよ」


「そうか、引き受けてくれるか。助かる。だが、今回は一人じゃない方がいいだろう。ちょうど同じ依頼を検討しているパーティーがいる。彼らと協力してくれないか?」


ドレイクに紹介されたのは、三人組の若手冒険者パーティーだった。リーダーらしき赤毛の快活な剣士「レオン」、少し気弱そうな眼鏡の魔法使いの少年「ティム」、そしてお調子者っぽい雰囲気の斥候の少女「リリィ」。彼らはフィーリアの実力の噂は耳にしていたものの、実際に目の前に現れたあまりにも幼い少女の姿を見て、明らかに戸惑いの表情を浮かべた。


「こ、こいつが……あのフィーリアか? ドレイクさん、冗談だろ? こんなチビッ子と一緒にか? 足手まといにならなきゃいいけどな!」


レオンが遠慮なく言うと、ティムがおろおろとしながら彼を諌める。


「レ、レオン! 失礼だよ! で、でも、ギルドマスターが言うなら……」


リリィは興味深そうにフィーリアの周りをくるくる回りながら、「へえー、あなたが噂の。本当に小さいんだねー。ちゃんと戦えるのー?」と屈託なく尋ねてくる。


フィーリアは彼らの反応にも特に表情を変えず、小さく頭を下げた。


「……よろしく、お願いします」


その淡々とした態度に、三人は逆に面食らったようだった。こうして、フィーリアと若手パーティー「ブレイブ・ハーツ」(レオンが名付けたらしい)の、ぎこちない一時的な共闘が始まった。


翌朝、一行は薬草の入った荷物を積み、ミストラル村へと出発した。道中、レオンはリーダーらしく振る舞おうとするが、フィーリアの存在がどうにも気になるのか、ちらちらと様子を窺っている。ティムはフィーリアに話しかけようとしてはどもってしまい、リリィは何かとフィーリアにちょっかいを出しては、その反応の薄さを面白がっていた。


フィーリアはと言えば、必要最低限の返事しかせず、黙々と周囲の状況を観察し続けていた。


「……この先、少し開けてるけど、左右の茂みが深いね。待ち伏せに注意した方がいい、かも」


「あ、あそこに鳥が何羽も飛び立ったよ。何か大きなものが近づいてるサイン、かな?」


時折ぽつりと呟くフィーリアの言葉は、斥候であるリリィよりも早く危険を察知したり、的確に状況を指摘したりすることがあり、レオンたちは内心驚かされることが度々あった。フィーリアの観察眼と知識は、明らかに彼らの想像を超えていたのだ。


町を出て半日ほど進んだ頃、森が深くなり、道幅が狭くなった場所で、それは起こった。


「止まれ! 積荷を全部置いていけ! そうすりゃあ、命だけは助けてやるぜ!」


木々の間から、五人の薄汚れた身なりの男たちが姿を現した。手には錆びた剣や斧を持っている。盗賊だ。


「ちっ、やっぱり出やがったか! ティム、リリィ、準備はいいな! フィーリアちゃんは俺の後ろに隠れてろ!」


レオンが剣を抜き、前に出る。ティムは杖を構え、リリィは短剣を逆手に持つ。


しかし、盗賊たちはレオンたち三人に意識を集中している隙に、フィーリアは音もなく彼らの背後に回り込もうとしていた。その動きはまるで影のようだ。


戦闘が始まり、レオンが先頭の盗賊に斬りかかる。ティムは後方から魔法の準備を始めるが、盗賊の一人がそれに気づき、ティムに襲いかかろうとした。


「危ないっ!」


レオンが叫ぶが間に合わない――かと思われた瞬間、どこからか飛んできた石が盗賊の側頭部を強打し、その動きを止めた。フィーリアが投げた石だった。


「え……?」


ティムが驚いている間に、フィーリアは別の盗賊の足元に、森で拾っておいた丈夫な蔓で作った即席のロープを投げつけ、足をもつれさせて転倒させる。


「そっちじゃなくて、右!」


レオンが複数の盗賊に囲まれそうになった時、フィーリアの短い指示が飛ぶ。レオンが咄嗟に右側の盗賊に意識を向けると、左側の死角から迫っていた別の盗賊の攻撃を、フィーリアがナイフで弾いていた。


彼女は単独で華麗に戦うというより、まるで盤上の駒を動かすように、的確なタイミングで仲間を助け、敵の意表を突く。その動きには一切の無駄がなく、驚くほど効率的だった。


やがて、ティムの放った火球が盗賊の一人を吹き飛ばし、レオンが最後の一人を打ち倒したことで、戦闘は終わりを告げた。


「はぁ……はぁ……な、何とか、なったな……」


レオンは息を切らしながら剣を収める。ティムとリリィも、緊張から解放されてへたり込んでいた。


そして、三人の視線は、いつの間にか木の枝に腰掛けていたフィーリアに集まった。その小さな身体には返り血一つついていない。


「す、すげぇ……お前、本当に何者なんだ……?」


レオンが呆然と呟くと、リリィが駆け寄ってきてフィーリアの手を握った。


「フィーリアちゃんのおかげだよ! ありがとう! あなたがいなかったら、危なかったかも!」


ティムもこくこくと頷いている。


「……別に。やるべきことをやっただけ、だよ」


フィーリアはそっけなく答えるが、その声にはほんの少しだけ、照れのようなものが混じっているようにも聞こえた。


(みんなで戦うのも……たまには、悪くない、かもね)


そんな言葉が、小さな胸の内でぽつりと生まれた。もちろん、口に出したりはしないけれど。


一行は、盗賊たちを縛り上げ、薬草の荷物を改めて確認すると、再びミストラル村を目指して歩き始めた。先程までのぎこちなさは少しだけ薄れ、レオンたちはフィーリアに対して明確な信頼と敬意を抱き始めていた。


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