第3話 最初の接触と、観察対象としての「人間」

小鳥のさえずりでフィーリアは目を覚ました。焚き火はいつの間にか消えていたが、夜の間に獣が近づいた形跡はなかった。冷たい朝の空気を吸い込み、ゆっくりと身体を伸ばす。幼い身体はまだ少し重たいけれど、昨日よりは動かしやすくなっている気がした。

「さてと……朝ごはん、どうしよう」

まず確認したのは、昨日仕掛けておいた罠だ。期待半分、諦め半分で見に行くと、一つの輪っかに灰色の毛をしたウサギのような小動物がかかっていた。

「あ……かかってる。よかった」

思わず安堵の声が漏れる。初めてのまともな食料だ。

フィーリアはためらうことなく、石のナイフで手際よく獲物を処理していく。その手つきは、この幼い外見からは想像もつかないほど慣れたものだった。もちろん、前世でこんな経験をしたわけではない。ただ、頭の中にある知識と、持ち前の器用さが自然とそうさせていた。

焚き火の跡で再び火を起こし、解体した肉を木の枝に刺して炙る。香ばしい匂いが立ち上り、フィーリアのお腹が小さく鳴った。木の実と一緒に、ありがたくいただく。

腹ごしらえを終え、フィーリアはもう少し広範囲を探索することにした。昨日見つけた泉を中心に、少しずつ行動範囲を広げていく。食料の確保も大事だが、何よりも情報が欲しい。ここがどんな場所で、他に誰かいるのかどうか。

しばらく森の中を進むと、微かに何かが焦げるような匂いが風に乗って運ばれてきた。

「ん……? 何か匂いがする……?」

鼻をひくつかせ、匂いのする方へと慎重に進む。すると、昨日までは気づかなかった、うっすらと踏み固められたような道らしきものが見えてきた。

「こっちの方、少しだけ道みたいになってる……?」

明らかに獣道とは違う。人が通った痕跡かもしれない。期待と警戒が入り混じる。フィーリアは息を潜め、足音を立てないように注意しながら、その痕跡を追った。

道の痕跡を辿っていくと、やがて少し開けた場所に出た。そして、そこに倒木に腰掛け、がっくりと肩を落としている人影を見つけた。

(……人?)

フィーリアは咄嗟に木の陰に隠れ、その人物を観察する。荷物を背負った、中年の男性のようだ。服装は質素だが、旅慣れた雰囲気がある。しかし、今はひどく落ち込んでいるように見えた。周囲には、荷物が散乱したような跡もある。

(もしかして、何かトラブルに遭ったのかな……? 盗賊とか……)

しばらく様子を窺っていたが、男性は動く気配がない。疲労困憊といった感じで、危険な人物には見えなかった。

情報を得るには、接触するしかない。でも、どうやって声をかけようか。

フィーリアは少し迷った後、意を決して木の陰からそっと顔を出した。

「……あのぅ」

か細い、しかし芯のある声で呼びかける。

男性は、突然の声に驚いたように顔を上げた。そして、声の主であるフィーリアの姿を認めると、さらに目を丸くした。無理もない。こんな森の奥で、およそ場違いなほど可憐な幼女が一人で立っているのだから。

「なっ……き、君は……? 一体どこから……?」

男性は動揺しながらも、警戒するようにフィーリアを見つめる。

「わたし……森で迷ってしまって」

フィーリアは、少し不安そうな表情を作って(半分は演技、半分は素の警戒心からくる緊張だった)答える。言葉が通じることに内心で安堵しつつも、相手の反応を注意深く観察していた。

「迷った、だって? こんな小さな子が一人でか? ご両親は?」

男性は立ち上がり、フィーリアに近づこうとするが、フィーリアは無意識に一歩後ずさる。その仕草に、男性はハッとしたように動きを止めた。

「あ、あぁ、すまない。驚かせたな。わしはマルコ。行商人だ。実は、わしも少し前に盗賊に襲われてしまってな……荷物のほとんどを奪われて、途方に暮れていたところなんだ」

マルコと名乗った男性は、困ったように頭を掻いた。その表情や口調からは、人の良さが滲み出ているように感じられた。少なくとも、今のところ敵意はなさそうだ。

「行商人さん……。わたしはフィーリア、です。あのここから一番近い村とかって、ご存知ですか?」

フィーリアは、自分の名前を(今、思いついた名前だが)告げ、一番聞きたかったことを尋ねる。

「フィーリアちゃんか。村なら、ここから半日も歩けば着くはずだが……君のような小さな子が一人で行くのは危険だ。もしよかったら、わしと一緒に村まで行かないか? 正直、一人じゃ心細かったんだ」

マルコは、フィーリアの無事と、自分の道連れができたことの両方に安堵したような顔で言った。

フィーリアは少し考える。この男が本当に信用できるかはまだ分からない。けれど、単独で村を探すよりは安全だし、情報も得られる可能性が高い。

「……はい。ありがとうございます、マルコさん。わたしも、どこか人のいるところに行きたいと思ってました」

にこり、とぎこちない笑顔を作ってみせる。マルコは「おお、そうかそうか!」と嬉しそうに頷いた。

マルコの残った僅かな荷物をフィーリアも少しだけ手伝って持ち、二人は村へと向かって歩き出した。

道すがら、フィーリアはマルコからこの世界の基本的な情報を巧みに聞き出していく。この辺りはアルトリア王国という国の一部であること。王都はずっと東にあること。そして、この世界には「魔法」が実在し、それを使う「魔術師」がいること。凶暴な「魔物」が森や山には生息しており、それらを討伐したり、様々な依頼をこなしたりする「冒険者ギルド」という組織があることなど。

「魔法……本当に、あるんですね」

「ああ、貴族様や一部の才能ある者しか使えんがな。わしら庶民には縁遠いもんだ」

「冒険者ギルドっていうのは、何するところなんですか?」

「ん? ああ、魔物退治から薬草採取、時には護衛なんかも請け負う、何でも屋みたいなもんだな。腕に覚えのある連中が集まっとる」

マルコは親切に、フィーリアの素朴な(と彼には思える)質問に答えてくれる。フィーリアは興味深そうに相槌を打ちながらも、内心ではそれらの情報を冷静に整理し、分析していた。

(魔法、魔物、ギルド……。思ったよりファンタジーな世界みたい。これは……ちょっと厄介だけど、面白くもあるかも)

やがて、森の木々が途切れ、前方に畑や家々が見えてきた。どうやら、最初の目的地である村に到着したようだ。

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