第2話 サバイバルスキルと観察眼

小さな決意を胸に、フィーリアは一歩を踏み出した。背後には、自分が何者なのか、なぜこんな姿で森にいるのか、答えの出ない疑問が山積している。けれど、今はまず生き延びること。それが最優先事項だと、彼女の合理的な思考が告げていた。

「まずは、食べられるものと安全な寝床ね……」

幼いながらも真剣な眼差しで、周囲の植物を一つ一つ観察していく。前世で培った雑多な知識――図鑑で見た山野草、キャンプ番組で紹介されていたサバイバル術――それらが頭の中で高速で検索されていく。

ふと、足元に赤く熟した実をつけた低木が目に入った。形は木苺に似ている。

「これは……食べられるかも? でも、似たような毒のある実もあるから、慎重にしないと」

指で一つ摘み、そっと匂いを嗅ぎ、断面を観察する。前世の記憶では、鳥が食べているものは比較的安全だという話もあった。周囲を見回すが、鳥の姿は見当たらない。

「うーん……ちょっとだけ、試してみようか」

ごく少量、舌先で味を確かめる。甘酸っぱい味が口に広がった。すぐに体に異変がないことを確認し、いくつか実を摘んで、着ている簡素な服の端で作った即席の袋に入れた。

次に必要なのは、道具だ。素手ではできることが限られている。

「何か、切ったり削ったりできるものが欲しいな」

キョロキョロと地面を探し、手頃な大きさの、角が鋭く欠けた石を見つけ出す。さらに硬そうな別の石で叩いて、より鋭利な刃のような部分を作り出した。完璧とは言えないが、木の枝を削るくらいならできそうだ。

「よし、これでナイフの代わり。次は……槍」

比較的まっすぐで丈夫そうな枝を見つけると、石のナイフで先端を斜めに削り、さらに火で炙って硬化させる――つもりだったが、まだ火がない。

「火も起こさないと。やることがいっぱいだ」

小さな肩をすくめるが、その表情に焦りはない。一つ一つ、淡々と課題をクリアしていく。それが彼女のやり方だった。

しばらく森を歩くと、水の流れる音が聞こえてきた。音のする方へ向かうと、岩間から清らかな水が湧き出している小さな泉を見つけた。

「わぁ……綺麗な水」

思わず小さな感嘆の声が漏れる。手ですくって一口飲むと、冷たくてほんのり甘い味がした。これで飲み水の心配はなさそうだ。

水場の近くには、動物の足跡もいくつか残っていた。

「これは鹿? こっちはうさぎっぽい小さい足跡。罠を仕掛けるなら、この辺りがいいかも」

石のナイフで木の蔓を切り、簡単な輪っかの罠をいくつか作って、獣道のようになっていそうな場所に仕掛けてみる。獲物がかかるかは運次第だが、やらないよりはマシだろう。

日が傾き始め、森の色が濃くなってきた。そろそろ寝床を確保しなければならない。

「風を避けられて、獣に見つかりにくい場所」

大きな木の根元で、岩が少しだけ屋根のように張り出している場所を見つけた。ここなら雨風を多少はしのげるし、背後を気にしなくて済む。

枯れ葉や乾いた苔をたくさん集めてきて、即席の寝床を作る。問題は火だ。

「火起こし…木の棒をこすり合わせるのが基本だけど、結構大変なんだよね」

前世で動画で見た知識を頼りに、火錐式火起こしを試みる。乾いた木の板とまっすぐな棒きれを見つけ、ひたすら棒を回転させる。小さな手はすぐに痛くなり、汗が滲む。何度も失敗し、さすがに少しだけ眉間にシワが寄った。

「……んっ!」

それでも諦めずに続けていると、やがて摩擦熱で煙が立ち上り、火口(ほくち)として用意していた乾燥した苔に赤い火種が宿った。

「つ、ついた……!」

そっと息を吹きかけ、小さな炎を育てる。ぱちぱちと音を立てて燃え広がる炎を見ると、さすがにほっとしたのか、フィーリアの口元がわずかに緩んだ。これで夜の寒さと、ある程度の獣避けにはなるだろう。

焚き火の前に座り込み、先ほど採った木苺をいくつか口に運ぶ。甘酸っぱさが空腹に染みた。罠にかかった獲物はいなかったが、それは明日また確認すればいい。

パチパチと燃える炎を見つめながら、フィーリアは今日一日の出来事を反芻する。

(この世界の物理法則は、地球とほとんど同じみたい。重力も、摩擦も、燃焼も……。でも、あの銀色の髪や碧い目は、地球じゃ普通じゃないよね)

森の生態系も、地球と似ているようでどこか違う。見たことのない植物や、聞いたことのない動物の鳴き声。

(魔法とか、そういう非科学的なものは……あるのかな? あったらちょっと面倒だけど、便利なら使ってみたい気もする)

思考はどこまでも冷静で分析的だ。感情の起伏は少ないが、未知の状況に対する静かな好奇心は確かに存在していた。

夜空を見上げると、見たこともない星座が瞬いている。

「本当に……違う世界に来ちゃったんだ、わたし」

小さな呟きは、夜の闇に吸い込まれていった。明日もまた、生きるための作業が待っている。フィーリアはゆっくりと目を閉じ、束の間の休息に入るのだった。

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