白夢の聖域
雪見
序章
果てしなく白い世界の物語
無数に存在する『世界』。
無限に生み出される『記憶』。
その総ては、やがて無へと帰す。
世界に、意味など無い。
記憶に、価値など無い。
全てに、『意味』は無い。
これより語るるは、総ての世界の記憶の物語。
そして、2人の「迷い人」の記憶。
――――――――――
「……ここ………どこ?」
1人の魔女が目覚めたのは、全てが白い世界。机も、棚も、空も。
全てが、白い。
「……私、何してたんだっけ……?」
魔女は立ち上がると、まず辺りを見渡す。
どこまで行っても白い世界。果てのない、白。
歩みを進めた魔女は、必死に自分の記憶を辿っていた。
しかし、思い出せない。
記憶が、消えている。
思い出せるのは、自分の名前と自分が魔女だということ、そして、「私は死んだ」ということ。
「……」
魔女はあてもなく、ただ歩いていた。どこまでも白のこの世界を。
「おやおや、こんな所に迷い人ですか」
と、突如背後から声が聞こえてきた。
魔女は咄嗟に後ろを振り向く。
そこに居たのは、透き通るような白髪をした、一目で『天使』と分かる様な人物。
頭に白い輪を浮かべた、まさに『天使』のそれだった。しかし、翼は生えていない。
「あなたは誰?」
魔女は尋ねる。
「私ですか?」
「それ以外誰がいるのよ」
「ふふ、すみません」
ふわりとした笑顔を浮かべる『天使』。
「私は、ラミエル。翼がありませんが、天使です」
「私はメル。魔女よ。」
お互いに自己紹介をし合う。
「珍しいですね、こんな所に迷いこむ人間の方なんて」
「珍しい?ここって天国じゃないの?」
天使様がいるということは、とメルは呟く。
「ここは残念ながら天国でも地獄でもありません」
「はっきりしないなあ」
「ここは、『白夢の聖域』。総ての世界の記憶と物語が集まる場所です。」
「『白夢の聖域』?」
聞いたこともない名前に、メルは首を傾げる。
「ここは、その名の通り『聖域』です。邪なる者は当然の事、普通ならば人間すらも入って来れない場所なのですが」
「……わたし、人間なんだけど」
「ええ、だからこそ珍しいんです。ここに迷い込んできたのは、私が知りうる限りあなたが初めてです」
「私が……初めて?」
何の因果なのだろうか、と、メルは思案する。
「ここに来た、ということは何かの理由があるのでしょう。私のように、何かの『目的』があるのか」
「そうは言っても……記憶が無い人間に何をしろって言うのか…」
「メルさんは、記憶をなくしているんですか?」
「うーん……なんて言うか、そんな感じがするだけ。自分の名前と、私が『魔女』だって言うことと……」
メルは少し間を開けると、深呼吸して言った。
「……私は、元いた世界で死んだらしい。」
ラミエルは口を開くことが出来なかった。
「なんか未練でもあったのかねえ、こんな所に迷い込むなんて」
困ったねえ、とメルは頭を掻きながら言う。
「……やっぱり、あなたもだったんですね」
「あなたも、って?」
「実は私も、死んでこの場所にやってきたんですよ」
胸に手をやり、天使は笑顔でそう言った。
「ラミエル……」
「私も記憶がないので、何も覚えていませんが、あなたと同じように自分の名前と、自分が『天使』だったことは覚えているんです」
「私と一緒だ……」
この出会いに、何か意味はあるのか。
メルは、静かにそう思った。
「さて、ここにいても仕方ありませんし、メルさんにこの『聖域』の中枢部、『記憶の書庫』に案内します。」
「うん、よろしくね」
……彼女達は、本棚が無数に存在する部屋に辿り着いた。
「ここが、『白夢の聖域』の中枢部、『記憶の書庫』です」
どこまでも続く白い本棚。そこには、色とりどりの本が所狭しと並べられている。
「そして、これが『記憶の物語』。人々の記憶から生まれた、ひとつの物語です」
ラミエルは本をひとつ手に取ると、それをメルに渡す。
「これが……人の記憶?」
「ええ。ここにある本一つ一つが、人々の記憶です」
「この全部が人の記憶、ねぇ……」
メルは果てのない本棚を見渡す。
「私はここで、日々増える人々の記憶を整理しています。……ほら、今もこうして増え続けています」
頭上から、光とともに本が産み出される。
しかし、その本が地に落ちることはなく、重力が無い宇宙空間に存在する物体の如く宙を舞う。
「今日は特に多いですね。何故でしょうか」
「私が来たから………とか?」
「うーん、関係はありそうですが……」
そうしている間にも、「物語」は産み出されていく。
「そうだ。メルさん、もし宜しければなのですが……私と一緒に、この書庫の整理を手伝っては頂けないでしょうか?私一人だと、流石に限界があるみたいで……」
ラミエルの相談に、メルはもちろん、と言わんばかりに頷いた。
「良いよ。それに、もしかしたら私の記憶を取り戻す手掛かりも見つかりそうだし」
「そうですね。『総ての世界の記憶』が集まるので、生前のメルさんの記憶もある筈です。改めて、よろしくお願いします。メルさん」
「こちらこそ宜しく、ラミエル」
ラミエルはふふっ、と笑みを漏らす。
「うん。……とは言ったものの、どこから手をつけていいのやら……」
と、ラミエルはちょうど頭上にあった本を手に取る。
「とりあえず、すぐ近くにある物語から読んでみましょうか。タイトルは……『神を失った修道女の物語』」
そうして、天使と魔女は物語を読み始めた。
白夢の聖域 雪見 @Aria1545
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