第3話 怒り

 彼が十歳になる頃には、数十人もの人を手にかけてきた。


 だが、いつも彼に飛んでくる依頼は、復讐や、個人的な悪意という訳では無い。


 病気で苦しんでいる親を安らかに眠らせてあげたい、人生に疲れたから彼の手でゆっくりと眠りたい。そのような人たちが依頼するのだ。


 なぜ、彼がそのような依頼をされるのか。それは、彼の殺し方であった。


 普通の殺し屋は、周りの衛兵や、メイドなどを巻き込んででも目標ターゲットを殺すのだが、彼の場合は、敵対をしない限りは殺されることはなく、ただただ指定された人だけを殺す。


 そして、その殺し方としても、心臓を一突きで終わらせるなど、痛みを極力感じさせない戦い方をしていたからだ。


 皮肉なことだがそれのおかげで、彼にも二つ名が出来た。


慈愛の貴公子じあいのきこうし

 殺し屋には絶対に似つかない二つ名。だが、彼自身はこの二つ名を気に入っている。


 それはそうだろう。例えば、ルヤにも二つ名はある。


終焉の策士ぜつぼうのしきかん

 もちろん、この二つ名をルヤは嫌っているのだが、彼がやってきたことを見ると、この二つ名を付けられても不思議では無い。


 集団である貴族の城を襲った際、彼が立てた策略で、外側から制圧していく。ということをやったのだ。そうすることにより、強制的に籠城戦に持ち込み、城の内部の人々を全員餓死させたことがあった。


 その二つ名か、それとも別の理由か、彼は殺し屋の中でも一目置かれる存在になっていた。


 だが、その平穏…とも言い難いが、住心地が良くなって来たときに、その出来事が起こった。


 今日も任務をこなし、水に濡れたタオルで体を拭き、ベッドに入る。

 多少、水をこぼしてしまったが、ここに今日は誰も居ないため、何か言われることはないだろう。


 まどろみに身を任せ、目を瞑った瞬間、警報が鳴り響いた。

 いつもは鳴りを潜めている侵入者用の警報と認識した瞬間には、彼は剣を持って階段を飛び降りていた。


 向かってくる敵を一時的に足止め、かつ、後遺症が残らない位置を狙って刺す。


 一撃で全ての敵は動けなくなるのだが、味方の屍を乗り越えて人がなだれ込んでくるため、際限がない。


 一つ一つの動作は最小限に抑えているつもりだが、それでも長時間、戦闘をしているとどうしても隙というものが出来てしまう。


 ざっと百人を倒した頃だろうか。対応しきれなかった突きが、左上腕を捉える。


 意識が飛びそうな痛みと、深い絶望を歯を食いしばって噛み殺す。


 刺してきた男が、剣を捻ろうとしてきたので、自ら肩の部分を切断し、男がバランスを崩したところに、一度も放ったことがなかった、突きではない、斬撃を食らわせる。


 魔鋼まこうでできた剣は、細ければ細いほど切れ味が良くなるのが剣のことわりである。よって、針を巨大化したような形の剣を全力で振ったらどうなるか。


 答えは一つである。その男の肩口から腰にかけて、ゆっくりと分断されていく。


 彼の感情が一つ増えた瞬間だった。

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