第31話:“第二の帰還者”の痕跡
月詠と「虹色の水晶(星の涙)」の共鳴。それは、この都市に潜む「第二の魔力源」の存在を、俺とリサに明確に意識させる出来事だった。
“門”の可能性、そして俺以外の、何か得体の知れない存在がいるかもしれないという疑惑。
世界の歪みは、俺たちの想像を超える速度で進行しているのかもしれない。
数日後、リサから緊急の連絡が入った。
彼女は、情報屋ノアを通じて、DRM内部の極秘情報を入手したという。
「蓮、すぐに来てくれ! ヤバいもんが見つかったらしい!」
電話口の向こうのリサの声は、いつになく切迫していた。
俺は、ただならぬ気配を感じ、すぐにホーリィ商会へと向かった。
◇ ◇ ◇
「……これは、一体……」
ホーリィ商会の事務所。リサが見せてきたのは、数枚の不鮮明な画像データだった。
それらは、DRMが先日ダンジョン化した都市部エリア――駅前の再開発地区――の地下施設を調査した際に撮影されたものらしい。
画像には、薄暗いコンクリートの壁に囲まれた、だだっ広い空間が映し出されていた。
おそらく、何らかの地下駐車場か、あるいは倉庫のような場所だろう。
床には瓦礫が散乱し、壁の一部は崩落している。魔瘴による汚染の影響か、全体的に不気味な雰囲気に包まれていた。
「ノアが、DRMのデータベースにちょっかいを出して、こっそり抜き出してきたらしい。極秘扱いの調査資料だそうだ」
リサは、声を潜めて説明する。
「DRMは、このダンジョン化エリアの深部で、モンスター以外の“何者か”が活動した痕跡を発見したんだよ」
「……“何者か”……? それが、この画像に?」
俺は、目を凝らして画像の一つを注視した。
そこには、地下施設の床に、奇妙な模様が描かれているのが見て取れた。
コンクリートの床に直接刻まれたそれは、まるで黒曜石を砕いて撒いたかのような鋭角的な線が複雑に交差し、その中心部には、龍の眼を思わせる禍々しい紋様が、今も微かに青白い燐光を放っているように見えた。
その周囲には、見たこともない“曲がった文字列”が、まるで呪いのように蠢き、見る者の不安を煽る。
「そうだ。ノアの分析じゃ、これは何らかの儀式に使われた可能性が高いらしい。しかも、その儀式は、異世界の魔術体系に酷似しているそうだ」
「……異世界の、魔術体系……」
俺の脳裏に、嫌な予感がよぎる。
まさか、俺以外にも、異世界の知識や力を持つ者が、この現代に存在するというのか。
「……ちなみに、その魔法陣の中心部――一部の解析ツールが異常を起こしててな。画像データが、なぜか“空白”になってるんだとよ」
「空白……?」
「ああ。まるで、その場所だけ現実が拒絶されてるみたいに、まったくの“無”が映ってるってさ」
「それだけじゃない。この魔法陣の周辺からは、微量だが、極めて特殊な魔力残滓が検出されたらしい。それは、あんたの魔力パターンとも、既存のどのモンスターのものとも異なる……全く未知のパターンだったそうだ」
リサの言葉を要約すると、ノアはまたしても規格外の情報を盗み見たらしい。
そしてそこには――“何者かが異世界の術式を、都市の地下で再現していた”という、にわかには信じ難い事実が含まれていた。
「第二の魔力源」。JDAAが観測し、そして月詠たちが共鳴した、あの謎の存在。
そいつが、この地下施設で、何らかの儀式を行っていたというのか。
別の画像には、破壊された壁の一部が写っていた。
その破壊痕は、まるで巨大な爪で引き裂かれたかのように、鋭く、そして荒々しい。
通常の爆発物や重機による破壊とは、明らかに異なるものだった。
「……この壁の壊れ方……尋常じゃないな」
「ああ。DRMの専門家も、首を傾げているらしい。人間業とは思えない、ってね。まるで、巨大な獣か、あるいは強力な魔力を持った何者かが、力任せに破壊したかのようだ」
俺は、その破壊痕に見覚えがあるような気がした。
異世界で、高レベルの魔物や、魔力を暴走させた人間が、これと似たような破壊を行うのを、何度も目にしてきた。
(……本当に、俺以外の、異世界に関わる何かがいるというのか……? そして、そいつは、一体何者なんだ……?)
もし、そいつが俺と同じように、異世界で過酷な経験を生き延び、そして強大な力を手に入れた存在だとしたら……。
そいつの目的は何なのか。そして、なぜこの場所で、異世界の儀式などを行っていたのか。
疑問は尽きない。
だが、一つだけ確かなことがある。
そいつは、俺にとって、そしてこの世界にとって、極めて危険な存在である可能性が高いということだ。
「……その“もう一人の奴”は、一体何者なんだ? ノアは、他に何か情報を掴んでいるのか?」
「いや、今のところはこれだけだ。だが、あいつは躍起になって、その“対象B”――ノアはそう呼んでる――の正体を探ろうとしてるよ。あんたっていう“サンプルA”に加えて、新たな研究対象が見つかったってんで、相当ご執心みたいだね。……ノアの報告書を読む限りじゃ、そいつが使ったと思われる儀式や、残された魔力残滓は、どうもこの世界の法則から逸脱しているらしい。まるで……どこか“別の
(……別の、理……。異世界の魔術体系に酷似した儀式。そして、俺の魔力パターンとも異なる、未知の魔力。まさか、あの忌まわしい異世界から、俺以外にも何かが……あるいは、誰かが、この世界に来ているというのか……?)
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
もし、俺と同じように、あの地獄のような異世界を経験し、そしてこの現代に戻ってきた者がいるのだとしたら――。
そいつは、俺にとって、かつてないほどの脅威となるかもしれない。
あるいは……。同じ異界を生き延びた者が、もし存在するなら。
この底知れぬ孤独を分かち合える、唯一の理解者となる可能性も……いや、そんな甘い考えは、すぐに打ち消さねばならない。
リサは、俺の表情の変化に気づいたのか、少し心配そうな顔でこちらを見ている。
「……蓮? 大丈夫かい? 顔色が悪いぜ?」
「……いや、何でもない。少し、考え事をしていただけだ」
俺は、努めて平静を装った。
だが、心の中では、嵐のような感情が渦巻いていた。
“対象B”。ノアがそう呼ぶ、謎の存在。
そいつの出現は、俺の運命を、そしてこの世界の未来を、大きく揺るがすことになるだろう。
都市の地下施設に現れた、不気味な痕跡。
それは、新たな物語の始まりを告げる、不吉な狼煙なのかもしれない。
そして俺は、その狼煙が示す先へと、否応なく足を踏み入れていくことになるのだろう。
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