第30話:開闢の予感と共鳴する星々
月詠が見せた過去のビジョン――異邦の女騎士の姿は、その後も俺の脳裏に焼き付き、離れなかった。
あの女騎士は誰なのか。そして、月詠はなぜ俺にあの記憶を見せたのか。
答えの出ない問いは、俺の心をますます混乱させる。
そんな俺の葛藤とは別に、ホーリィ商会のリサは、独自の情報網と分析によって、この世界に起きている異変の核心に迫りつつあった。
ある日の午後、リサは俺を事務所に呼び出すと、興奮を隠せない様子で一枚の報告書を突きつけてきた。
それは、情報屋ノアから送られてきた、最新の解析データだった。
「見なよ、蓮! やっぱり、あたしの思った通りだったみたいだ!」
報告書には、俺が旧地下祭壇から持ち帰った「虹色の水晶」と「呪われた指輪」、そして以前リサが分析していた「旧地下祭壇の石片」に関する、詳細なエネルギーパターンの比較分析結果が記されていた。
「……これは?」
「ノアの解析によれば、この三つの物質は、それぞれ異なる特性を持ちながらも、その根源的なエネルギー構造において、極めて類似した“波長”を示しているらしい。そして、その波長は、現地球上の既知のいかなる物質とも一致しない、完全に未知のものだそうだ」
リサは、早口で説明を続ける。
「さらに、ノアが過去の文献やオーパーツの記録を洗い直した結果、これらの物質が、古代に存在したとされる、ある種の“次元転送装置”の一部である可能性が浮上してきたんだよ!」
「……次元転送装置……? まさか、異世界とこの世界を繋ぐ、“
俺の言葉に、リサは大きく頷いた。
「その通りさ、蓮! あんたが言っていた『大昔、この国で一度だけ、異界の門が開いたという記録があるらしい』って話……あれは、ただの都市伝説じゃなかったのかもしれない。そして、その“門”を制御し、あるいは封印するための鍵となるのが、あんたが持ち帰った、これらのアーティファクトなんじゃないかって、ノアは推測してるんだ!」
リサの瞳は、興奮と、そしてどこか畏怖の色をたたえて輝いている。
“門”の存在。それは、この世界に起きている全ての異変の根源に関わる、重大な可能性を示唆していた。
魔瘴の発生、ダンジョン化現象、そして俺のような帰還者の出現――それら全てが、この“門”と深く結びついているのかもしれない。
リサの話を聞きながら、俺は言い知れぬ胸騒ぎを覚えていた。
もし本当に“門”が存在し、そしてそれが活性化しつつあるのだとしたら……この世界は、取り返しのつかない事態へと向かっているのかもしれない。
異世界での、あの終末戦争の記憶が蘇る。
制御不能となった“門”から溢れ出した魔瘴が、世界を覆い尽くし、文明を滅ぼしていく、あの地獄のような光景。
(……この世界も、同じ運命を辿るというのか……?)
俺は、思わず拳を強く握りしめた。
そんなことは、絶対にあってはならない。
その時だった。
俺が腰に差していた『月詠』が、ふいにカタカタと震え始めた。
そして、万能ポーチに入れていた「虹色の水晶」――リサが“星の涙”と呼んだそれもまた、月詠の振動に呼応するように、淡い光を放ち始めたのだ。
「……なんだ、これは……!?」
リサが、驚きの声を上げる。
月詠と水晶は、まるで互いに呼びかけ合うかのように、その輝きと振動を強めていく。
事務所全体が、清浄な、しかしどこか張り詰めたエネルギーに満たされていくのを感じる。
――キテ……イル……。
――アタラシイ……ナニカガ……。
月詠から、再びあの“想念”が流れ込んできた。
それは、警告のようにも、あるいは何かの到来を告げる予兆のようにも感じられた。
「蓮! あんたのその水晶、それに剣も……何かに反応してるんじゃないのかい!?」
リサが、緊張した面持ちで俺に問いかける。
俺は、月詠と水晶が示す方向――それは、都市部の、最近ダンジョン化が報告されたエリア――を睨みつけた。
(……DRMが観測した、“第二の魔力源”……。まさか、それと関係があるのか……?)
JDAAの会議で報告されたという、蓮以外の未知の強大な魔力反応。
月詠と水晶は、その存在に気づき、共鳴しているのかもしれない。
そして、その“第二の魔力源”こそが、「もう一つの鍵」あるいは「鍵を持つ者」なのではないか――。
◇ ◇ ◇
その頃、都市の一角にある、古びた喫茶店。
窓際の席で、数人の客たちが、テーブルの上に置かれたスマートフォンを囲み、不安げな表情で話し込んでいた。
「おい、見たか? さっきSNSで流れてきた動画。〇〇地区の地下駐車場、また何か光ってたって……」
「マジかよ……。最近、ああいうの多くないか? 地震の前触れじゃなきゃいいけど……」
「専門家は、原因不明のプラズマ現象だとか言ってるけど、絶対嘘だろ。政府は何か隠してるって……」
彼らの会話は、最近頻発する都市の異常現象と、それに対する政府やメディアの曖昧な報道への不信感に満ちている。
テレビのワイドショーでは、相変わらず「サイレント・ブレイカー」の正体に関する憶測や、専門家と称する人物の無責任な解説が垂れ流されている。
人々の日常は、まだ表面上は保たれている。
だが、その足元では、確実に何かが崩れ始めていた。
誰もが、その異変の正体を知りたいと願いながらも、同時に、知りたくないという恐怖も抱えている。
◇ ◇ ◇
ホーリィ商会の事務所。
月詠と水晶の共鳴は、依然として続いていた。
それは、まるで嵐の前の静けさのように、不気味な緊張感を孕んでいる。
「……リサ。どうやら、俺たちは、とんでもないものに首を突っ込んじまったみたいだな」
「はっ、今更気づいたのかい、蓮。だが、もう後戻りはできないぜ? この街も、そしてあんた自身もな」
リサは、不敵な笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には、かつてないほどの覚悟の色を宿していた。
彼女もまた、この世界の歪みと、そして俺の運命に、深く関わっていくことを決意したのかもしれない。
開闢の予感。
共鳴する星々――月詠と、虹色の水晶、そしてまだ見ぬ“何か”。
それらが示す未来は、希望か、それとも絶望か。
俺は、腰の月詠の柄を強く握りしめた。
どんな運命が待ち受けていようとも、俺は、俺自身の意志で、その道を切り開いていくしかないのだから。
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