第28話:査察の波紋と裏店の攻防

 都市部でのダンジョン化現象は、社会に大きな衝撃を与え、DRM(ダンジョン資源庁)の対応は、日増しに厳しさを増していた。

 封鎖エリアは拡大され、情報統制も強化される。そして、その矛先は、俺のような“規格外の存在”や、俺と繋がりのあるホーリィ商会にも、徐々に向けられつつあった。


 その日の午後、俺がホーリィ商会を訪れると、店の前には見慣れない黒塗りの車両が数台停まっており、周囲にはスーツ姿の男たちが鋭い視線を光らせていた。

 店の入り口には「臨時休業」の札がぶら下がっている。


(……これは、ただ事じゃないな)


 俺は、瞬時に状況を察し、気配を消して裏口へと回った。

 リサには、万が一のために裏口の合鍵を渡されていたのだ。


 音を立てずに店内に侵入すると、奥の事務所から、リサと複数の男たちの話し声が漏れ聞こえてきた。

 その声には、明らかに緊張感が漂っている。


 俺は、壁に身を寄せ、息を潜めて事務所の様子を窺った。


「……ですから、当ホーリィ商会は、あくまで正規のルートで入手したダンジョン素材を、適正な価格で取引しているに過ぎません。違法な物品や、出所の不明な“特異な素材”など、扱った覚えは一切ございませんが?」


 リサの声は、いつものような軽薄さは鳴りを潜め、どこか冷ややで、しかし毅然とした響きを帯びていた。

 彼女の正面には、三人の男が座っている。いずれも、以前旧地下祭壇の手前で俺に警告してきた、あのDRM特別査察課の古株職員と同じような、隙のない雰囲気を纏った連中だ。


「ほう。では、最近貴店に出入りしているという、フードを目深に被った若い男……通称“サイレント・ブレイカー”についても、ご存じないと?」


 リーダー格らしき、目つきの鋭い中年男が、ねっとりとした口調でリサに問いかける。

 その手には、俺の不鮮明な後ろ姿が写った写真が握られていた。


「さあ? ウチには、毎日色々な探索者さんが出入りしますからねぇ。いちいち、お客さんの顔や服装まで覚えてはいませんよ。それに、その“サイレント・ブレイカー”とやらが、本当に実在する人物なのかどうかも、私には分かりかねますが?」


 リサは、あくまでとぼけた表情を崩さない。

 だが、査察官たちの追及は、執拗だった。


「我々の調査では、その“サイレント・ブレイカー”が、貴店と極めて密接な関係にあるという情報が複数寄せられている。彼が持ち込むとされる“特異な素材”や、彼自身の“異常な能力”について、何かご存じのことがあるのではないかね、リサ嬢?」


「……特異な素材? 異常な能力? まるでSF映画のようなお話ですわね。残念ながら、私には何のことやら……。もしかして、最近流行りの都市伝説でも、お信じになってらっしゃるのかしら?」


 リサは、わざとらしく首を傾げ、査察官たちを挑発するような笑みを浮かべた。

 その態度は、一見すると余裕綽々に見えるが、俺には、彼女が内心でギリギリの攻防を繰り広げているのが分かった。


(……このままでは、リサがまずいかもしれない)


 俺は、事務所のドアノブに手をかけた。

 ――その瞬間、足音が近づいた。


(……まずい。ギリギリだな)


 俺は手を離し、再び壁に身を潜める。

 査察官の一人が事務所の外に目をやったが、すぐに引っ込んだ。


◇ ◇ ◇


 査察官たちの尋問は、その後も数十分にわたって続いた。

 彼らは、ホーリィ商会の取引記録や在庫リスト、果てはリサの個人的な交友関係に至るまで、ありとあらゆる情報を開示させようと、言葉巧みに、あるいは威圧的に迫ってくる。


 だが、リサは決して怯まなかった。

 時には柳に風と受け流し、時には鋭い言葉で反撃し、時には情報屋ノアから事前に得ていたDRM内部の情報をちらつかせて牽制する。


「そういえば、貴課のガーディアン殿は、確か今年度の予算執行率にお悩みだと聞いておりますが……?」


 その交渉術は、まさに百戦錬磨の女商人そのものだった。


「……どうやら、これ以上の追求は時間の無駄のようだな」


 やがて、リーダー格の査察官が、忌々しげにそう呟き、立ち上がった。

 他の二人も、渋々といった表情でそれに続く。


「リサ嬢、今日のところはこれで引き下がるが……我々の“監視”は、今後も続くということを、お忘れなく。もし、貴店が何らかの違法行為に関与している、あるいは、例の“サイレント・ブレイカー”の活動を幇助しているという確証を掴んだ場合……その時は、容赦はしない」


「あら怖い。肝に銘じておきますわ。……本日は、ご足労いただき、誠にありがとうございました。またのお越しを、心よりお待ち申し上げておりますわ、査察官様?」


 リサは、最後の最後まで皮肉たっぷりの笑顔を崩さず、査察官たちを事務所から送り出した。

 彼らが店の外へ出ていくのを見届けると、リサは大きなため息をつき、その場に崩れるようにソファへと倒れ込んだ。


「……ったく、あの狸どもめ。しつこいにも程があるよ……」


 その顔には、いつものような余裕はなく、疲労の色が濃く浮かんでいる。


「……大丈夫か、リサ?」


 俺が事務所に入っていくと、リサは驚いたように顔を上げた。


「蓮!? あんた、いつからそこに……!?」


「……最初からだ。だが、あんたの“ショー”が面白そうだったんでな。黙って見させてもらっていた」


「はっ、よく言うよ。あたしがどれだけ肝を冷やしたと思ってるんだい……」


 リサは、悪態をつきながらも、どこかホッとしたような表情を見せた。


「……それにしても、DRMの連中、思った以上に本気みたいだね。あたしの店だけじゃなく、あんた自身のことも、徹底的に調べ上げようとしてる。ノアからの情報じゃ、あんたのマンションの周辺にも、既に監視の目が光ってるらしいぜ?」


「……だろうな。覚悟はしている」


「覚悟、ねぇ……。あんた、自分がどれだけ厄介な連中に目をつけられてるか、本当に分かってるのかい?」


 リサは、心配そうな目で俺を見つめた。

 その瞳には、いつものような打算や計算高さではなく、俺の身を案じる純粋な感情が宿っているように見えた。


「……あんたこそ、大丈夫なのか? 今回の件で、DRMにあんたの店が目をつけられたのは間違いない。俺と関わっていることで、あんたにも危険が及ぶかもしれないぞ」


「馬鹿お言い。あたしは、ホーリィ商会のリサだよ? これくらいの修羅場、何度潜り抜けてきたと思ってるんだい。それに……」


 リサは、ふっと悪戯っぽく微笑んだ。


「……あんたみたいな“金のなる木”、そう簡単には手放すわけにはいかないからね、パートナー」


 その言葉は、いつものリサらしかったが、俺には、それが彼女なりの強がりであり、そして俺への信頼の証であるように感じられた。


 DRMの査察という波紋は、俺とリサの関係を、より複雑に、そしてより深く結びつけようとしているのかもしれない。

 裏店の攻防は、まだ始まったばかりだ。

 そして、その先には、さらに大きな嵐が待ち受けているような、そんな予感がしていた。

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