第25話:ギルドの懸念と第二の魔力源
「サイレント・ブレイカー」の噂が都市伝説のように広まり、一般市民の間で様々な憶測が飛び交う中、その影響は探索者たちの活動を統括する組織、
JDAA本部、会議室。
集められたのは、各支部から選抜されたベテラン職員と、高ランク探索者の代表者たちだった。
部屋の空気は重く、テーブルの上に広げられた資料には、最近のダンジョン内外での異常事態に関する報告がびっしりと記されている。
「……以上が、ここ数週間で報告された、主な特異事案だ」
報告を終えた若い職員が、緊張した面持ちで席に着く。
資料に目を通していた壮年の男性――JDAAの理事の一人であり、かつては伝説的な探索者として名を馳せた人物――が、険しい表情で口を開いた。
「旧渋谷地下街ダンジョンでのシルバーウルフの異常発生と大規模崩落。そして、その場に居合わせ、超人的な力で事態を収拾したとされる、正体不明のフードの男……。さらに、都市部でのひったくり犯の制圧、工事現場での落下物からの人命救助。いずれも、同一人物によるものと見て間違いないだろうな」
「はい。目撃情報やSNSでの拡散状況を分析する限り、その可能性は極めて高いかと。通称“サイレント・ブレイカー”……あるいは“銀光苔マスター”とも呼ばれているようですが」
「ふざけた呼び名だ。だが、その行動と能力は、明らかに常軌を逸している。単なる腕利きの探索者というレベルではない。これは、我々JDAAとしても、看過できない事態だ」
理事の言葉に、他の出席者たちも同意するように頷いた。
彼らにとっては、この謎の人物の出現は、探索者社会の秩序を揺るがしかねない、潜在的な脅威と映っていた。
「問題は、その“サイレント・ブレイカー”とやらの正体と目的だ。一体何者で、何をしようとしているのか。それが全く見えてこない」
別の職員が、懸念を口にする。
「今のところ、彼の行動は結果的に人助けになっているものが多い。だが、その力の行使方法はあまりにも荒っぽく、そして何よりも、我々JDAAやDRMの管理外にある。これは、非常に危険な兆候だ」
「DRM側からは、何か情報は入っているのかね?」
「いえ、現時点では公式なコメントはありません。ただ、水面下では特別査察課が動いているという未確認情報もありますが……彼らも、まだ決定的な手がかりは掴めていないようです」
会議室に、重苦しい沈黙が落ちる。
JDAAとしても、この正体不明の超人に対して、どう対応すべきか決めかねているのだ。
下手に刺激すれば、どんな反応が返ってくるか分からない。かといって、このまま放置しておけば、いずれ取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれない。
「……いずれにせよ、この件はDRMと連携し、慎重に情報を収集していくしかないだろう。協会としても、独自の調査チームを編成し、この“サイレント・ブレイカー”の素性解明に全力を挙げるべきだ」
理事がそう結論づけようとした、その時。
一人の分析官が、慌てた様子で会議室に駆け込んできた。
「失礼します! 緊急報告です!」
「……なんだ、騒々しい」
理事は、不快感を露わに分析官を睨みつけた。
だが、分析官の切羽詰まった表情を見て、ただ事ではないと察したようだ。
「DRMの広域魔力観測システムから、異常なデータが送られてきました! これを……!」
分析官が差し出したタブレット端末の画面には、日本列島の地図が表示され、その上にいくつかの赤い警告マーカーが点滅していた。
そのマーカーは、いずれも最近になって魔瘴濃度が急上昇したり、モンスターの異常発生が報告されたりしているダンジョンや、その周辺地域を示している。
「……これは、各地のダンジョンの魔瘴汚染状況か。確かに、最近拡大傾向にあるとは聞いていたが……」
「いえ、問題はそこではありません! こちらのデータをご覧ください!」
分析官は、画面を切り替え、別のグラフを表示させた。
そこには、複雑な波形がいくつも描かれており、その中の一つが、ひときわ奇妙なパターンを示している。
「これは、各地で観測された魔力パターンの解析結果です。そして、この赤線で示された異常な波形……これは、例の“サイレント・ブレイカー”が出現したとされる現場周辺で、過去数回にわたって観測されたものと、酷似しています」
「……つまり、この異常な魔力パターンが、“サイレント・ブレイカー”のものだというのか?」
「断定はできません。ですが、その可能性は非常に高い。そして、さらに厄介なことに……」
分析官は、ゴクリと唾を飲み込み、言葉を続けた。
「……この“サイレント・ブレイカー”のものと思われる魔力パターンとは別に、もう一つ、全く異なるパターンの、しかし同様に強大で、そして不気味な“未知の魔力源”が、最近になって複数箇所で、断片的にですが観測されているのです」
「……なんだと……? 第二の魔力源、だと……?」
会議室に、衝撃と動揺が走った。
“サイレント・ブレイカー”だけでも手に余るというのに、それとは別の、未知の強大な魔力を持つ存在が、他にもいるというのか。
「その“第二の魔力源”の詳細は?」
「……まだ、データが断片的すぎて、正確な位置や規模、特性などは不明です。ただ……その魔力パターンは、既存のどのモンスターや、既知の魔力現象とも一致しません。そして……非常に不安定で、周囲の魔瘴を活性化させるような、危険な特性を持っている可能性が……」
分析官の言葉は、出席者たちに新たな戦慄をもたらした。
この世界は、彼らが認識している以上に、急速に、そして静かに、未知の脅威に侵食されつつあるのかもしれない。
“サイレント・ブレイカー”、そして“第二の魔力源”。
これらが、偶然同じ時期に出現したとは考えにくい。
二つの異常は、何か深遠なレベルで繋がっているのではないか――。
JDAAの会議室は、新たな謎と、そして得体の知れない恐怖に包まれていた。
彼らがこれから直面するであろう世界の歪みは、まだそのほんの入り口を見せたに過ぎなかったのだ。
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