第24.5話:ざわめく街角、ささやかな声

 日向蓮が「サイレント・ブレイカー」として、あるいは「謎のヒーロー」として、人々の間でその存在感を増していく中、都市の空気は静かに、しかし確実に変化し始めていた。


 それは、大きなうねりとなりながらも、まだ多くの人々にとっては、日常の延長線上にある、どこか他人事のような出来事だったのかもしれない。


◇ ◇ ◇ 


1.カフェテラスの午後


「ねえ、見た? 昨日のニュース! また“サイレント・ブレイカー”が出たって!」

「見た見た! 今度はひったくり犯を一瞬で捕まえたんでしょ? ヤバすぎ!」


 昼下がりのオープンカフェ。テラス席でパフェを囲む女子大生二人組の会話は、自然と例の話題に移っていた。一人は興奮気味にスマートフォンを操作し、まとめサイトの記事をもう一人に見せている。


「なんかさ、動画もちょっとだけ出回ってるらしいよ? フード被ってて顔は分かんないんだけど、めっちゃスタイル良いって噂!」


「えー、イケメンだったらどうしよう! 会ってみたいなあ」


「でも、正体不明なんでしょ? ちょっと怖くない? もしかしたら、テロリストとか……」


「ええー、夢がないなあ。私は、正義の味方だって信じてるけどね!」


 彼女たちの声は、午後の陽光の中で弾んでいた。それは、まだどこか現実離れした、エンターテイメントとして消費される“都市伝説”への好奇心。


◇ ◇ ◇ 


2.薄暗い路地裏の片隅で


「……先輩、マジっすか。あの“サイレント・ブレイカー”に、助けられたんすか……」


「ああ。あの時は、マジで死んだかと思ったぜ……。ダンジョンで崩落に巻き込まれてよ。そしたら、どこからともなく現れて、素手で壁ぶち破って……」


 ダンジョン帰りの若手探索者たちが、装備を解きながら、薄暗い路地裏で缶コーヒーを片手に話し込んでいる。一人の男が、数日前の体験を、まだ興奮冷めやらぬ様子で語っていた。


「俺、あの人に憧れちまって。もっと強くなって、いつかあの人みたいに、誰かを助けられるようになりてえなって……」


「……いい心がけじゃねえか。だがな、あのレベルは異常だ。普通の探索者が目指せる領域じゃねえ。下手に真似しようもんなら、大怪我じゃ済まねえぞ」


「分かってますよ。でも、目標があるって、いいじゃないすか!」


 若者の瞳には、純粋な憧憬の光が宿っていた。それは、圧倒的な力への畏怖と、手の届かない理想への渇望。


◇ ◇ ◇ 


3.報道フロアの喧騒


「おい! “サイレント・ブレイカー”の追加情報入ったぞ! 例の工事現場の事故、目撃者の証言が取れた! 鉄パイプが落ちる寸前に、女性を突き飛ばして助けたらしい! その時の動画、不鮮明だが入手したぞ!」


「よし、すぐに解析班に回せ! 各SNSの反応もまとめろ! 今夜のトップニュースはこれで決まりだ!」


 大手テレビ局の報道フロア。記者やディレクターたちが、怒号に近い声で情報をやり取りし、慌ただしく動き回っている。彼らにとっては、「サイレント・ブレイカー」は視聴率を稼げる格好のネタであり、スクープの対象だ。


「警察関係のソースにも当たれ! 正体不明のヒーローなんて、美味しいネタはそうそうないぞ!」


「デスク! 専門家のコメント取りはどうします? いつもの危機管理コンサルタントで?」


「ああ、それでいい! 適当に煽らせておけ! 不安と期待、両方煽るんだよ!」


 真実の追求よりも、センセーショナルな報道。それが、彼らの仕事の流儀。


◇ ◇ ◇ 


4.とある家庭の食卓


「パパ、見て見て! これ、サイレント・ブレイカー!」


 夕食の準備をする母親の傍らで、小さな男の子が、タブレット端末を嬉しそうに見せている。画面には、デフォルメされたヒーロー風のイラスト。「今日のヒーローニュース! サイレント・ブレイカー、またまたお手柄!」という子供向けのニュースサイトの記事だ。


「あらあら、サイレント・ブレイカー、また何かしたの?」


「うん! わるいやつをやっつけたんだって! かっこいいなあ。僕も、大きくなったらサイレント・ブレイカーみたいになるんだ!」


「ふふ、そうね。でも、危ないことはしちゃダメよ。それに、本当に強い人はね、あんな風に壁を壊したりしないものよ。もっと、静かに、誰にも気づかれずに人を助けるものなの」


「えー、そうなのー?」


 子供の無邪気な憧れと、それを優しく諭す母親の言葉。それは、日常の中に現れた非日常への、ささやかな戸惑いと、変わらない日常への願い。


◇ ◇ ◇ 


5.日本ダンジョン探索者協会JDAA 支部


「……それで、例の“サイレント・ブレイカー”と称される人物の正体は、依然として不明、と」


「はい。目撃情報は多数ありますが、いずれも断片的で、決定的なものはありません。ただ、その行動範囲や、ダンジョン内外での異常な能力を見る限り、単なる腕利きの探索者とは考えにくいかと……」


 JDAAの会議室。数人のベテラン職員たちが、難しい顔で報告書に目を通している。

 最近頻発するダンジョンの異常現象と、この謎の人物の出現。それらが無関係とは思えなかった。


「DRM側からは、何か情報は?」


「いえ、現時点では公式な発表はありません。ただ、水面下では何らかの調査を進めているようですが……」


「このまま放置しておけば、一般市民の間に無用な混乱を招く可能性もある。協会としても、何らかの声明を出すべきでは……」


「しかし、相手の正体も目的も不明な以上、下手に動けば火に油を注ぐことにもなりかねんぞ」


 彼らの会話は、慎重で、そしてどこか手詰まり感を漂わせていた。未知の存在に対する、組織としての戸惑いと警戒。


◇ ◇ ◇ 


6.街角の片隅、フードの男は


 夕暮れの雑踏。俺は、フードを目深に被り、行き交う人々の流れに紛れながら、ただ黙って歩いていた。


 カフェから漏れ聞こえる、女子大生たちの無邪気な噂話。

 路地裏で交わされる、若い探索者たちの熱っぽい会話。

 スマートフォンから流れてくる、センセーショナルなニュースの見出し。

 すれ違う親子連れの、子供の弾んだ声。


 それら全てが、俺の鼓膜を通り過ぎていく。

 彼らの言葉は、俺という存在を、それぞれの都合の良い形に歪め、消費していく。


(……これが、俺のいる世界か……)


 英雄でも、救世主でもない。

 ただ、静かに生きたいと願う、一人の帰還者。

 だが、そのささやかな願いすら、この世界の喧騒は許してはくれないらしい。


 俺は、誰にも気づかれることなく、深くため息をついた。

 空には、一番星が瞬き始めていた。

 その星の光は、今の俺には、あまりにも遠く、そして冷たく感じられた。

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