第22話:情報屋の囁きと監視者の瞳
日向蓮が「サイレント・ブレイカー」として世間の注目を集め始めている頃、ホーリィ商会の薄暗い事務所では、リサが情報屋ノアと秘密裏の通信を行っていた。
リサの目の前には、複数のディスプレイが並び、そこにはリアルタイムで更新されるネット上の噂、DRM内部の動向を示唆する断片的な情報、そしてノアから送られてくる暗号化されたデータなどが映し出されている。
「……で、ノア。あんたの見立てじゃ、この“サイレント・ブレイカー”騒動、どこまで広がると思うかい?」
リサは、スピーカーモードにした通信機に向かって、面白がるような口調で尋ねた。
『現時点では予測困難。ただし、対象A――日向蓮の行動は、一般市民の承認欲求と、社会不安が複雑に絡み合い、一種のカリスマ性を帯び始めている。これは、情報統制を試みる側にとっては、極めて厄介な状況と言える』
ノアの合成音声は、相変わらず感情の起伏を感じさせない、フラットなものだった。
だが、その言葉の端々には、この状況に対する強い興味と、ある種の計算高さが滲んでいる。
「カリスマ性、ねぇ。あいつにそんな大層なモンがあるとは思えないけどね。ただの朴念仁だよ、あれは」
リサは、肩をすくめてみせる。
だが、内心では、ノアの分析が的を射ていることを理解していた。
蓮の無自覚な行動と、その圧倒的な力。それが、人々の心を惹きつけ、ある種の熱狂を生み出しているのだ。
『朴念仁だからこそ、純粋な“力”の象徴として認識されやすい。大衆は、常に分かりやすい英雄か、あるいは絶対的な悪を求めるものだ。日向蓮は、そのどちらにもなり得る可能性を秘めている』
「……あんたは、あいつをどっちにしたいんだい? 英雄か、悪党か?」
『私は観測者であり、分析者だ。彼の役割は、彼自身と、彼を取り巻く環境が決定する。私は、そのプロセスを記録し、理解したいだけだ』
ノアの言葉は、どこまでも客観的で、そして冷徹だった。
リサは、この得体の知れない情報屋との付き合いの長さを改めて感じながら、本題を切り出した。
「……それで、DRMの動きはどうなんだい? あの“サイレント・ブレイカー”様のおかげで、連中もかなりピリピリしてるみたいじゃないか」
『肯定。DRM内部では、旧渋谷地下街ダンジョンでのシルバーウルフ異常発生事案、及び同時刻に発生した大規模崩落、そしてその際の日向蓮による“介入”について、極秘裏に調査委員会が設置された模様。表向きは、ダンジョン内の安全管理体制の見直し、となっているがな』
ノアから送られてきたデータには、DRM内部の会議資料らしきものの断片や、職員間のメールのやり取りの一部などが含まれていた。
その情報収集能力は、相変わらず常軌を逸している。
「調査委員会、ねぇ。で、その結論は?」
『日向蓮を「特異能力を有する可能性のある要注意人物」としてリストアップ。コードネーム“アンノウン”を付与。特別査察課による24時間体制での監視、及び行動パターンの分析を強化する方針が決定された』
「アンノウン、か。ベタな名前をつけやがるねぇ、お役所仕事は」
リサは、鼻で笑った。
だが、DRMの監視強化は、蓮にとっても、そして彼と繋がりのある自分にとっても、無視できない脅威だ。
『特筆すべきは、特別査察課の指揮を執る人物だ。コードネーム“ガーディアン”。DRM設立当初からの古参であり、過去にも数々の“イレギュラー案件”を処理してきた、影の実力者と目されている』
「ガーディアン……。確か、蓮が旧地下祭壇へ行く前に接触してきたっていう、あのクソ真面目そうなオッサンのことかい?」
『その可能性が高い。彼は、日向蓮の能力の危険性と、その利用価値について、冷静に分析を進めているようだ。現時点では、直接的な排除よりも、組織への取り込み、あるいはコントロール下に置くことを優先していると推測される』
リサは、眉間に皺を寄せた。
DRMが、蓮を本格的にマークし始めた。それは、予想以上に早い動きだった。
(……あの朴念仁、本当に面倒な連中を呼び寄せちまったもんだねぇ……)
「……なあ、ノア。あんたは、DRMが蓮をどうすると思う?」
『選択肢は三つ。第一に、彼の能力を評価し、DRMの管理下で“公的な力”として利用する。第二に、彼の存在を危険視し、社会から隔離、あるいは無力化する。そして第三に――彼の力を制御できず、結果として彼自身が暴走し、DRMが対処不能な脅威となる』
「……ろくな未来が見えないねぇ」
『現時点では、ガーディアンは第一の選択肢を模索しているように見える。だが、日向蓮の“異質さ”は、彼らの想定を遥かに超えている可能性が高い。状況次第では、第二、第三のシナリオも十分にあり得るだろう』
ノアの言葉は、淡々としていながらも、不気味な確信に満ちていた。
リサは、指先でカウンターを軽く叩きながら、思考を巡らせる。
(……DRMが蓮を取り込もうとするなら、それはそれで厄介だ。あの男が、お役所の犬に成り下がるとは思えないが……もし、何らかの形で利用されることになれば、それはそれで面倒なことになる)
だが、それ以上に懸念すべきは、第二、第三のシナリオだ。
蓮が社会から排除されるか、あるいは暴走するか。どちらも、リサにとっては望ましくない結末だった。
「……ノア。あんたの“雇い主”は、この状況をどう見ているんだい? まさか、ただ指をくわえて見ているだけ、なんてことはないんだろうね?」
リサは、探るような目で、通信機の向こうにいるはずのノアに問いかけた。
ノアの背後には、さらに大きな組織、あるいは何らかの意図を持った存在がいることを、リサは薄々感づいていた。
『……我々は、世界の“調和”と“均衡”を望んでいる。日向蓮の存在が、そのどちらに作用するか、注意深く見守っている段階だ。現時点では、積極的な介入は控える方針だが――必要と判断されれば、躊躇はしない』
「調和と均衡、ね。聞こえはいいが、胡散臭いことこの上ないねぇ」
リサは、わざとらしくため息をついた。
ノアの言葉は、常に核心をぼかし、真意を隠している。
『リサ。君の“パートナー”は、良くも悪くも、この世界のターニングポイントになり得る存在だ。彼の選択が、未来を大きく左右するだろう。君自身の選択もまた、同様に重要だということを、忘れない方がいい』
「……お説教は間に合ってるよ、ノア。あたしは、あたしのやり方で、このゲームを楽しむつもりさ」
リサは、そう言うと、一方的に通信を切った。
事務所には、再び静寂が戻る。
リサは、ディスプレイに映し出された蓮の不鮮明な画像――ネット上で「サイレント・ブレイカー」として拡散されているもの――をじっと見つめた。
(……ターニングポイント、ねぇ。大袈裟な話だよ、全く……)
だが、心のどこかでは、ノアの言葉が真実味を帯びて響いているのを感じていた。
日向蓮という男は、確かに、何か大きなものを動かす力を持っている。
それが、希望なのか、それとも破滅なのか、今はまだ分からない。
リサは、細い煙草に火をつけ、紫煙をゆっくりと吐き出した。
DRM、ノア、そして蓮。
駒は、盤上に揃いつつある。
後は、誰が最初に、決定的な一手を打つか、だ。
その時が来るまで、リサはただ、このスリリングなゲームを楽しみ続けるつもりだった。
たとえ、その先にどんな結末が待っていようとも。
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