第2章:歪む世界と、迫る選択
第21話:都市の喧騒とフードの影
旧地下祭壇での一件から、およそ一週間が過ぎようとしていた。
俺、日向蓮は、表向きには以前と変わらない日々を送っていた。リサからの細々とした依頼をこなし、時折ダンジョンに潜っては素材を調達する。
その合間には、力の制御のための鍛錬と、街中での魔瘴の気配の探索。
だが、水面下では、確実に何かが変わり始めていた。
俺自身も、そして俺を取り巻くこの世界も。
(……また、見られているな)
雑踏の中を歩いていると、ふとした瞬間に、背後や遠くから突き刺さるような視線を感じることが増えた。
それは、DRMの監視か、あるいは別の何者か。特定には至らないが、常に誰かに見られているという不快感は、じわじわと俺の神経をすり減らしていく。
そして、それ以上に厄介なのが、インターネット上で急速に広まっている、俺に関する“噂”だった。
「なあ、聞いたか? また出たらしいぜ、“サイレント・ブレイカー”!」
「マジで!? 今度はどこだよ!?」
昼下がりのファミレス。隣のテーブルに座る学生らしきグループの会話が、嫌でも耳に入ってくる。
俺は、コーヒーカップを口に運びながら、気づかれないように聞き耳を立てた。
「なんか、駅前の雑居ビルで火事騒ぎがあったんだけどさ、逃げ遅れた人がいたらしくて。そしたら、どこからともなくフード被った男が現れて、壁ぶち抜いて助け出したんだと!」
「うわー、カッケー! 写真とか動画は!?」
「それがさ、今回も一瞬で消えちまったらしくて、まともな映像はないんだよ。でも、SNSじゃ目撃情報がガンガン上がってるぜ!」
“サイレント・ブレイカー”。
いつの間にか、俺はそんな珍妙な名前で呼ばれるようになっていた。
発端は、旧渋谷地下街ダンジョンでの崩落事故の際に、俺が壁を破壊して探索者を救助した一件だろう。
あの時は、人命優先でやむを得なかったとはいえ、まさかこんな形で噂が独り歩きするとは、思いもよらなかった。
(……迷惑な話だ)
俺は、内心で悪態をついた。
静かに生きたいと願っている俺にとって、こんな形で注目を浴びるのは、本意ではない。
だが、噂は噂を呼び、人々の想像力は無限に膨れ上がっていく。
『【速報】謎のヒーロー“サイレント・ブレイカー”、今度は火災現場に出現! 正体は一体何者なのか!?』
『徹底考察! “サイレント・ブレイカー”はダンジョン由来の超能力者か、それとも異世界の使者か!?』
『目撃情報多数! “サイレント・ブレイカー”の次なる出現場所を大胆予測!』
スマートフォンの画面には、そんな見出しのまとめサイトの記事が、うんざりするほど表示される。
コメント欄には、憶測や願望、果ては陰謀論までが入り乱れ、一種の社会現象になりつつあるようだった。
「おい、蓮。あんた、また何かやらかしたのかい?」
ホーリィ商会を訪れると、リサがカウンターの奥で、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて俺を迎えた。
彼女の端末にも、例のまとめサイトの記事が表示されている。
「……俺は何もしていない。ただ、目の前で困っている人間がいたら、助けるのは当然だろう」
「はっ、殊勝な心がけだねぇ。だが、その“お助け”が、あんたをますます面倒な状況に追い込んでるって自覚はあるのかい?」
リサの言葉は、的を射ていた。
俺の行動は、善意から出たものであれ、結果として俺の“異質さ”を世間に晒し、様々な憶測を呼ぶ原因となっている。
「……分かっている。だが、見過ごすこともできない」
「まあ、あんたらしいと言えば、あんたらしいけどね。……で、その“サイレント・ブレイカー”様のおかげで、ウチの店にも、またハイエナどもが群がり始めてるんだが、どうしてくれるんだい?」
リサは、わざとらしくため息をついてみせた。
どうやら、俺の噂が広まるにつれて、ホーリィ商会にも「何か知っているのではないか」と探りを入れてくる連中が増えているらしい。
「……迷惑をかけてすまない」
「別に、謝るこたぁないさ。むしろ、この騒ぎは利用させてもらうつもりだからね。あんたの“商品価値”を、最大限に高めるためにさ」
リサは、商売人の顔でそう言ってのけた。
この女は、どんな状況でも自分の利益に繋げようとする、本当に食えない奴だ。
◇ ◇ ◇
街の喧騒は、インターネットの世界だけに留まらなかった。
テレビのワイドショーやニュース番組でも、「謎の救助者」として、俺のことが取り上げられるようになっていた。
『専門家によりますと、このような常人離れした力は、ダンジョンで発生する特殊なエネルギーフィールドの影響、あるいは未知の薬物による肉体改造の可能性も否定できないとのことですが……』
リビングのテレビから流れてくる、したり顔のコメンテーターの言葉に、俺は思わず舌打ちした。
憶測だけで、無責任なことを言うものだ。
だが、そんな報道に、人々は熱狂し、一喜一憂している。
彼らにとって、俺は得体の知れないヒーローであり、同時に、社会の秩序を乱すかもしれない危険因子でもあるのだろう。
近所の公園を散歩していると、子供たちが「サイレント・ブレイカーごっこ」と称して、ヒーローショーのような遊びをしているのを見かけた。
彼らは、俺が壁を壊し、人々を助ける姿を想像し、目を輝かせている。
その無邪気な光景に、俺の胸はチクリと痛んだ。
彼らが憧れているのは、俺の本当の姿ではない。彼らが作り上げた、都合の良いヒーロー像だ。
(……俺は、英雄なんかじゃない……)
むしろ、異世界では、多くの仲間を守れず、その手を血に染めてきた、ただの敗残者だ。
そんな俺が、この世界で英雄視されるなど、あまりにも皮肉な話だった。
◇ ◇ ◇
都市のざわめきは、日増しに大きくなっていく。
SNSには、俺の姿を捉えようとする「目撃情報募集」のハッシュタグが溢れ、まとめサイトは、日夜新たな憶測記事をアップロードし続けている。
それは、まるで巨大な雪だるまのように、人々の興味と不安を巻き込みながら、どこまでも転がっていこうとしているかのようだった。
俺は、その喧騒の中心にいながら、しかし誰にも理解されることのない孤独を感じていた。
静かに生きたいという願いは、もはや風前の灯火だ。
だが、それでも――。
(……俺は、俺でいるしかない)
周囲がどう騒ごうと、俺がやるべきことは変わらない。
力を隠し、魔瘴の気配を探り、そして、もしもの時には、誰にも知られず、静かに事を収める。
それが、今の俺にできる、唯一の選択のはずだった。
だが、この世界の歪みは、そんな俺のささやかな覚悟すら、嘲笑うかのように、静かに、しかし確実に、その深さを増していくのだった。
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