第18話:再びの異常空間と不気味な祭壇

 DRMの特別査察課を名乗る男からの警告を振り切り、俺は旧地下祭壇の奥深くへと進んでいた。


 男が消えた後、通路の雰囲気は一変した。

 それまでは、単に古びた遺跡という印象だったが、今はまるで生きているかのように、壁や床から不気味な圧力が染み出してくるのを感じる。


 そして、魔瘴の濃度が、先ほどとは比較にならないほど急激に上昇していた。

 空気が重く、呼吸をするたびに、肺が焼けるような感覚に襲われる。視界の端には、時折、黒い靄のようなものがチラつく。


(……これは、かなり危険な領域だな。並の探索者なら、ここに足を踏み入れただけで精神をやられるだろう)


 俺は、万能ポーチから取り出した、異世界製の魔瘴避けの軟膏を首筋や手首に塗り込みながら、慎重に歩を進めた。気休めにしかならないかもしれないが、何もしないよりはマシだ。


 通路は、まるで蟻の巣のように複雑に入り組んでおり、所々には巧妙な罠も仕掛けられていた。

 床に隠された落とし穴、壁から飛び出す毒矢、幻覚を見せる霧――。


 だが、これらの罠は、異世界で数々の死線を潜り抜けてきた俺にとっては、子供騙しのようなものだった。

 俺は、長年の経験で培われた危機察知能力と、人間離れした反射神経で、それらを難なく回避していく。


(……このダンジョンの設計者は、相当な知識と技術を持っていたようだな。現代のダンジョンとは、明らかに造りが違う)


 罠の構造や、魔物の配置。そのどれもが、侵入者を確実に排除しようという、明確な殺意に満ちている。

 この場所は、単なる遺跡ではない。何らかの重要な“何か”を守るための、巨大な要塞なのだ。


◇ ◇ ◇


 どれほどの時間、歩き続けただろうか。

 不意に、通路が終わり、目の前に巨大な空間が広がった。


 そこは、ドーム状の高い天井を持つ、広大な円形の広間だった。

 広間の壁面には、無数の奇妙な文様や象形文字のようなものがびっしりと刻まれており、それらがぼんやりと青白い光を放っている。


 そして、広間の中央。

 そこには、黒曜石を削り出したかのような、巨大な石造りの祭壇が鎮座していた。


 祭壇の表面には、複雑怪奇な魔法陣のようなものが刻まれており、そこから、これまで感じたことのないほど強烈な魔瘴と、そして形容しがたい異様なエネルギーが放出されている。


 それは、見つめているだけで目が痛むような、幾何学とも象徴魔術ともつかぬ、言語化できない記号の集合だった。


 この場所こそが、旧地下祭壇の最深部。

 リサが言っていた「世界の法則を書き換えるアーティファクト」が眠る場所だというのか。


(……なんだ、この圧迫感は……)


 俺は、思わず息を飲んだ。

 祭壇から放たれる力は、単なる魔瘴とは異質の、もっと根源的で、冒涜的な何かを感じさせる。

 まるで、この世ならざる何かが、すぐそこに存在しているかのような、強烈な違和感。


 異世界で、古代の邪神の封印地に足を踏み入れた時の感覚に、少し似ているかもしれない。


 俺は、祭壇に不用意に近づくことなく、周囲の状況を慎重に観察した。

 広間には、俺以外に誰の気配もない。モンスターの姿も見当たらない。


 だが、この静寂こそが、逆に不気味だった。

 これほどの重要施設だ、何の守りもなしに放置されているはずがない。


(……何かが、おかしい)


 俺は、祭壇の周囲をゆっくりと回り込み、何か手がかりがないか探した。

 ふと、祭壇の床の一部に、不自然な窪みがあるのに気づいた。


 それは、何かを嵌め込むための台座のようにも見える。

 そして、その窪みの形状は、どこかで見たことがあるような気がした。


(……これは……あの呪われた指輪の……?)


 先日、リサの店で預かった、あの黒ずんだ銀色の指輪。

 あの指輪の内側に刻まれていた文様と、この窪みの形状が、酷似している。


 まさか、あの指輪が、この祭壇と何か関係があるというのか?


 俺が、祭壇の窪みに意識を集中していた、その時だった。


 ――ゴゴゴゴゴ……!


 突如として、広間全体が激しく揺れ始めた。

 壁面から土煙が舞い落ち、天井からは不気味な軋む音が響き渡る。


 そして、祭壇から放たれる魔瘴のエネルギーが、一気に増大した。

 まるで、何者かが目覚めようとしているかのように。


「……来るか……!」


 俺は、即座に臨戦態勢を取った。

 サバイバルナイフを両手に構え、全身の神経を研ぎ澄ます。


 次の瞬間、祭壇の周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 そして、その歪みの中から、ゆっくりと“何か”が姿を現し始めた。


 それは、人間でも、魔物でもない。

 黒い影が寄り集まってできたような、不定形の巨体。

 その身体からは、無数の触手のようなものが蠢き、赤い一つ目が、憎悪に満ちた光をたたえて俺を睨みつけている。


(……なんだ、こいつは……!? 今まで遭遇したどんな魔物とも違う……!)


 その存在から放たれるプレッシャーは、並のS級モンスターすら霞むほどだ。

 そして何より、その身体を構成しているのは、純粋な魔瘴の塊そのものだった。


 こいつが、この旧地下祭壇の守護者か。

 あるいは、この祭壇に封印されていた“何か”が、目覚めようとしているのか。


 どちらにしても、まともに相手をしていい存在ではないことだけは確かだ。


「グオオオオオオオオッ!!」


 影の巨人は、咆哮と共に、無数の触手を俺に向かって伸ばしてきた。

 一本一本が、鋼鉄の鞭のようにしなり、空気を切り裂く。


 俺は、紙一重でそれらを回避しながら、反撃の機会を窺う。

 だが、相手の攻撃はあまりにも素早く、そして広範囲だ。


 ナイフで触手を切り裂こうとするが、まるで実体がないかのように、刃が空を切る。

 物理攻撃が、ほとんど通用しない。


(……厄介な相手だ。異世界でも、これほど厄介なタイプはそうそういなかったぞ……)


 俺は、内心で舌打ちしながら、次の手を考える。

 このままでは、ジリ貧になるだけだ。


 ふと、先ほどの祭壇の窪みが頭をよぎった。

 あの窪みと、呪われた指輪。そして、この影の巨人。


 あの指輪の気配に反応した?

 これらは、何か繋がりがあるのではないか?


 もしかすると、あの指輪を窪みに嵌めることで、この状況を打開できるかもしれない。

 それは、ただの直感だった。だが、今の俺には、それに賭けるしかない。


 俺は、影の巨人の攻撃を巧みにかわしながら、祭壇へと向かって走り出した。

 不気味な祭壇と、そこに眠るかもしれないアーティファクト。

 そして、俺の行く手を阻む、異形の守護者。


 この旧地下祭壇は、俺の想像を遥かに超える、危険な秘密を孕んでいるようだった。

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