第17話:踏み込むな、という警告
リサから「旧地下祭壇」への地図を受け取ったその日の夜。俺は、人目を忍び、再び旧渋谷地下街ダンジョンへと足を踏み入れていた。
リサが用意したメモによれば、隠し通路への入り口は、ダンジョンの比較的浅い階層、以前シルバーウルフが異常発生したエリアの近くにあるらしい。
そこは、表向きには行き止まりとされている壁の一部が、巧妙な仕掛けによって開閉するようになっているのだという。
(……こんな場所に、隠し通路とはな。リサの奴、どこからこんな情報を仕入れてくるんだか)
俺は、感心するやら呆れるやら、複雑な思いでメモに記された場所へと向かった。
周囲に他の探索者の気配がないことを確認し、壁の一見何の変哲もないレンガに、特定の順番で触れていく。
すると、ゴゴゴ……という低い音と共に、壁の一部が静かに横へとスライドし、その奥に暗い通路が現れた。
(……ビンゴ、か)
俺は、懐中電灯で通路の奥を照らしながら、慎重に足を踏み入れた。
通路は狭く、湿っぽい空気が漂っている。明らかに、長い間誰も立ち入っていない場所のようだ。
しばらく進むと、やがて開けた空間に出た。
そこは、旧渋谷地下街ダンジョンの通常のルートとは明らかに異質な、古代の遺跡を思わせるような広大な地下神殿の一角だった。
高い天井、太い石柱、そして壁面には、風化した奇妙な壁画が描かれている。
そして何より、この空間を満たしているのは、これまで感じたことのないほど濃密な魔瘴の気配だった。
(……ここが、旧地下祭壇の入り口……。リサの奴、とんでもない場所に俺を送り込んだもんだ)
俺は、気を引き締め直し、サバイバルナイフを抜き放った。
この先は、これまでのダンジョン探索とは比較にならないほど危険な道のりになるだろう。
◇ ◇ ◇
神殿の奥へと続く通路を進み始めた、その時だった。
「――待ちなさい」
静かで、しかし有無を言わせぬ威厳を秘めた声が、背後から俺を呼び止めた。
俺は、反射的に振り返り、身構える。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
年の頃は四十代半ばだろうか。くたびれたスーツ姿だが、その立ち姿には隙がなく、鋭い眼光は俺の全てを見透かすように射抜いている。
その男の胸元には、ダンジョン
だが、その雰囲気は、以前ダンジョンの入り口で見かけたような、ただの事務職員とは明らかに異なっていた。
(……DRMの人間か? なぜ、こんな場所に……?)
男は、俺の警戒を意に介するでもなく、ゆっくりと近づいてきた。
「君が、日向蓮君、だね?」
「……そうだと言ったら?」
「単刀直入に言おう。この先へ進むのは、お勧めしない」
男の言葉は、穏やかでありながら、その奥には明確な警告の色が滲んでいた。
「ここは、君のような若い探索者が、興味本位で立ち入っていい場所ではない。……いや、正確に言えば、誰であっても、だ」
「……あんたは、一体何者だ? ただのDRMの職員が、こんな場所にいるはずがない」
俺の問いに、男はふっと自嘲めいた笑みを浮かべた。
「まあ、そうだな。私は、ダンジョン資源庁・特別査察課に所属している、古株の職員、とでも名乗っておこうか。君がホーリィ商会のリサ嬢と懇意にしていることも、そして君が“普通ではない力”を持っていることも、我々は把握している」
特別査察課。聞いたことのない部署だ。
だが、その響きからして、DRMの中でも特殊な任務を負っている部署であることは間違いないだろう。
(……俺の行動は、やはりDRMにもマークされていたか)
リサとの繋がり、そして俺の力。それらが、この男をここまで導いたというわけか。
「……把握している、というなら話は早い。俺は、リサからの依頼で、この先にある“何か”を探索しに来た。あんたに、それを止める権利があるのか?」
俺は、男を挑発するように言った。
男は、俺の言葉に眉一つ動かさず、静かに答える。
「権利、という話ではない。忠告だと言っている。この旧地下祭壇は、あまりにも危険すぎる。そして、ここに眠るものは、君や、あるいはリサ嬢のような“個人”が手にしていい代物ではない」
「……危険かどうかは、俺自身が判断する。そして、何を手にするかも、俺の自由だ」
「そうかな? 君のその“自由”が、この世界にどんな影響を及ぼすか、考えたことはあるかね?」
男の言葉は、まるで俺の心を見透かしているようだった。
魔瘴の脅威、そして世界の法則を書き換えるかもしれないアーティファクト。
それらが、もし悪用されれば、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性は、俺自身も薄々感じていた。
「……あんたは、この先に何があるか知っているのか?」
「全てを知っているわけではない。だが、この場所が、古来より“禁足地”として扱われてきたこと、そして、ここに封印されている“何か”が、途方もない力を秘めているらしい、ということだけは確かだ。我々DRMも、長年その調査を続けてきたが、未だに全容は掴めていない」
男は、苦々しげにそう語った。
彼の言葉からは、この旧地下祭壇に対する、深い畏敬と警戒の念が感じられた。
「……それでも、俺は行く」
俺は、はっきりとした口調で言った。
男は、俺の言葉に、わずかに悲しそうな表情を見せた。
「……そうか。やはり、君も“そちら側”の人間、というわけか」
「そちら側?」
「この世界には、ダンジョンやそこに眠る力を、個人的な利益や、あるいは歪んだ理想のために利用しようとする者たちがいる。君が、その一人でないことを願っていたのだがね」
男の言葉は、俺の胸に重く突き刺さった。
俺は、金や力のために、この旧地下祭壇へ来たわけではない。
だが、その真意を、この男に理解してもらうことは難しいだろう。
「……俺は、俺のやり方で、この世界と向き合うつもりだ。あんたに、それをとやかく言われる筋合いはない」
「……忠告はしたぞ、日向蓮君。この先で何が起きても、それは全て君自身の責任だ。そして、もし君が、この世界の秩序を乱すような行動を取るのであれば……その時は、我々DRMも、相応の対応を取らざるを得なくなるだろう」
男は、それだけを言い残すと、静かに踵を返し、闇の中へと消えていった。
その背中には、どこか諦観にも似た寂しさが漂っているように見えた。
(……DRMの、警告か)
俺は、男が消えた方向をしばらく見つめていた。
彼の言葉は、俺の心に新たな迷いと、そして決意を刻み付けた。
この旧地下祭壇の探索は、単なる“お宝探し”では終わらないのかもしれない。
俺は、この世界の深淵に、否応なく足を踏み入れようとしているのだ。
フードを目深に被り直し、俺は再び、暗い通路の奥へと歩き出した。
警告は受けた。だが、引き返すという選択肢は、もはや俺の中にはなかった。
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