第16話:新たな依頼と“旧地下祭壇”
呪われた指輪の一件から数日後。俺は、リサに再びホーリィ商会へと呼び出された。
いつものように気だるげな表情でカウンターに座る彼女だったが、その瞳の奥には、普段とは異なる種類の、ギラギラとした光が宿っているように見えた。
「よう、蓮。あんたに、とっておきの“仕事”の話があるんだが……興味あるかい?」
リサは、勿体ぶった口調でそう切り出した。
俺は、無言で彼女の次の言葉を待つ。この女が「とっておき」などと言う時は、大抵、ろくでもない面倒事が絡んでいるのが常だからだ。
「まあ、そう警戒するなよ。今回の話は、あんたにとっても、かなり“美味しい”はずだからさ」
リサは、カウンターの下から一枚の古びた羊皮紙のようなものを取り出し、広げた。
そこには、手書きで描かれた、複雑な地下迷宮の見取り図らしきものが記されている。
一見して、それが現代日本のダンジョンのものではないことが分かった。
描かれている通路の構造や、記号の使われ方が、異世界のそれに酷似している。
「……これは?」
「最近、ウチの“情報網”に引っかかってきた、とある未踏破ダンジョンの地図さ。場所は……まあ、この街の地下深く、ってことにしておこうか。表向きには存在しないことになっている、かなり“ヤバい”エリアらしい」
リサは、地図の一点を指差した。
そこには、「旧地下祭壇」と小さな文字で記されている。
「旧地下祭壇……ね。曰く付きの場所、というわけか」
「その通り。噂じゃあ、過去に何人もの腕利きの探索者が挑んでは、誰一人として生きて帰ってこなかったっていう、いわくつき中のいわくつきさ。DRMも、その存在自体を隠蔽してるって話だ」
リサの言葉には、明らかに挑戦的な響きがあった。
彼女は、俺の反応を試しているのだ。
(……行方不明者多数、生還者なし、か。確かに、厄介な場所だな)
だが、俺の心は、意外なほど冷静だった。
異世界では、これ以上の危険なダンジョンなど、それこそ掃いて捨てるほど経験してきた。
「で、その“旧地下祭壇”に、一体何があるっていうんだ? あんたが、そこまでして俺に行かせようとするからには、それ相応の“お宝”でも眠っているんだろうな?」
俺がそう尋ねると、リサは満足そうに口の端を吊り上げた。
「話が早くて助かるよ、蓮。ああ、その通りさ。この旧地下祭壇の最深部には、とんでもない“代物”が眠っているって噂でね」
リサは、声を潜め、秘密を打ち明けるように続けた。
「――“世界の法則を書き換える力を持つアーティファクト”。それが、そこに隠されていると言われているんだ」
「……世界の法則を、書き換える?」
思わず、聞き返してしまった。
いくら何でも、それは荒唐無稽すぎる話ではないか。
だが、リサの表情は真剣そのものだった。
「まあ、あくまで噂だよ。だが、火のない所に煙は立たないって言うだろ? それに、そのアーティファクトの他にも、古代文明の遺物や、未知の魔石なんかが、ゴロゴロしてる可能性も高い。もし、その一欠片でも持ち帰ることができれば……」
リサの目が、金の光を宿してギラリと輝いた。
この女にとって、世界の法則などどうでもいい。重要なのは、それが莫大な利益を生むかどうか、ただそれだけなのだろう。
「……報酬は?」
「成功報酬だ。持ち帰った“お宝”の価値に応じて、そうだな……最低でも、あんたがこれまで手にした金額の、十倍は下らないと約束しよう。もちろん、危険手当も上乗せする。どうだい、蓮? 悪くない話だろう?」
十倍。確かに、金額だけ見れば破格の条件だ。
だが、それだけのリスクを伴うということでもある。
(……リサの狙いは、俺の能力の“底”を見極めることか……? あるいは、本当にそのアーティファクトとやらを欲しているのか……?)
俺は、リサの真意を探るように、彼女の瞳をじっと見つめた。
だが、その瞳の奥は、いつものように深い霧に包まれていて、何も読み取ることはできない。
「……分かった。その話、乗ってやろう」
しばらくの沈黙の後、俺はそう答えた。
リサは、意外そうな顔を一瞬だけ見せたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「へえ。即決とは、あんたも隅に置けないねぇ、蓮。てっきり、もう少し渋るかと思ったが」
「条件は悪くない。それに……俺も、その“旧地下祭壇”とやらに、少し興味が湧いてきたんでな」
嘘ではない。
世界の法則を書き換えるアーティファクトなどというものは、眉唾だとしても、異世界のそれに酷似したダンジョンの構造や、そこに眠るかもしれない古代文明の遺物には、純粋な探求心をそそられる。
そして、何よりも。
この依頼を成功させれば、俺はリサに対して、より大きな貸しを作ることができる。それは、今後の関係において、決して悪いことではないはずだ。
「……ただし、リサ。一つだけ約束してほしい」
「ほう? なんだい、改まって」
「この依頼に関しては、外部の人間――例えば、あんたの言う“情報屋ノア”や、あの“番頭さん”の“あるじ”とやらに、情報を漏らさないでもらいたい。これは、俺とあんただけの“仕事”だ」
俺の言葉に、リサは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、面白そうに口元を歪める。
「……へえ。あんた、意外と独占欲が強いんだねぇ。それとも、あたしのことを信用してない、とでも言いたいのかな?」
「どちらとも言える。だが、今回の件は、あまり多くの人間を巻き込むべきではないと、俺の勘が告げている」
旧地下祭壇。そして、そこに眠るかもしれないアーティファクト。
これらは、下手に情報が漏れれば、DRMだけでなく、アークライトのような危険な組織まで引き寄せる可能性がある。
俺は、それを危惧していた。
「……分かったよ、蓮。その条件、飲もう。この件は、あたしとあんただけの秘密だ。他の誰にも漏らさないと約束する」
リサは、珍しく真剣な表情で頷いた。
その瞳には、嘘の色は見えない。
「それで、いつ出発するんだい? 準備は、もうできているのか?」
「ああ。いつでも行ける」
俺は、背負っていた拡張カバンを軽く叩いた。
中には、最低限の装備と、そして万が一のための『月詠』も忍ばせてある。
「そうかい。じゃあ、早速だが、今夜にでも出発と行こうか。……場所は、あんたも薄々感づいているかもしれないが、例の旧渋谷地下街ダンジョンの、さらに奥深くさ。表向きには存在しない、隠されたルートがあるらしい」
リサは、一枚のメモを俺に手渡した。
そこには、旧渋谷地下街ダンジョンの特定区画の、さらに詳細な地図と、隠し通路の入り口らしき場所が記されている。
「……これは、あんたが用意したのか?」
「まあね。これでも、裏社会じゃちょっとは顔が利くんでね。……気をつけて行けよ、蓮。そして、必ず“お宝”を持ち帰ってこい。期待してるぜ、パートナー」
リサは、いつものように不敵な笑みを浮かべ、俺の背中を叩いた。
その言葉には、彼女なりの激励と、そして俺への絶対的な信頼が込められているような気がした。
俺は、無言で頷くと、ホーリィ商会を後にした。
目指すは、旧地下祭壇。
そこに何が待ち受けているのか、今はまだ分からない。
だが、俺の心は、不思議と高揚していた。
静かに生きたいという願いとは裏腹に、未知への挑戦と、そこに潜む危険に対する、探索者としての本能が、再び目を覚まそうとしているのかもしれない。
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