第14話:裏通りの影、興味を持った者たち

 俺がホーリィ商会でシルバーウルフの素材と、試作の投げナイフを取引してから数日。

 街は、表面上はいつもと変わらない平穏な日常を繰り返しているように見えた。


 だが、水面下では、俺の存在が僅かな波紋を広げ始めているのを、俺自身も、そしてリサも感じ取っていた。


 きっかけは、やはりあの旧渋谷地下街ダンジョンでの一件だろう。

 シルバーウルフの異常発生と、それを単独で鎮圧した「謎のフードの男」。そして、崩落現場での救出劇。


 これらの出来事は、探索者たちの間で瞬く間に噂となり、匿名掲示板やSNSを通じて、尾ひれがついて拡散されていた。


「なあ、リサ。最近、妙な連中が店を嗅ぎ回っている気がするんだが」


 ある日の午後、俺がホーリィ商会を訪れると、リサは珍しく眉間に皺を寄せ、カウンターの奥で帳簿らしきものと格闘していた。


「……ああ、あんたも気づいてたかい、蓮。全く、鼻の利くハイエナどもだよ」


 リサは、忌々しげに吐き捨てると、ペンを置いてこちらに向き直った。


「どうやら、あんたが持ち込む“上質な素材”の噂が、どこからか漏れちまったみたいでね。この数日、ウチの店を遠巻きに監視してるチンピラ崩れの探索者や、見るからに胡散臭い情報屋崩れが、後を絶たないのさ」


 リサの言葉に、俺は眉をひそめた。

 面倒なことになった。


(……俺としたことが、少し油断しすぎたか)


 シルバーウルフの素材や、あの投げナイフ。

 それらは確かに高値で売れたが、同時に、俺の“異質さ”を裏社会の人間たちに嗅ぎつけられるリスクも高めてしまったのかもしれない。


「で、どうするんだ、リサ? あの連中を放っておくのか?」


「まさか。あんな連中に店の周りをうろつかれちゃ、他のまともな客まで寄り付かなくなるからね。それに……あんたの“秘密”が、あんな下衆な連中の手に渡るのは、あたしとしても面白くない」


 リサは、どこか楽しむような、それでいて冷徹な光を目に宿して言った。


「だから、ちょっとした“お灸”を据えてやろうと思ってね。まあ、見てなよ、蓮」


 そう言うと、リサは店の奥から、古びた金属製のバットのようなもの――よく見ると、それは魔物の骨か何かを加工して作られた特殊な警棒のようだった――を持ち出してきた。


「あたしが昔、骨を折った魔物の骨さ」


 そして、店のドアを乱暴に開け放つと、路地の向こうでホーリィ商会を窺っていた数人の男たちに向かって、威圧的な声を張り上げた。


「おい、そこのコソ泥ども! いつまでウチの店をストーキングしてるつもりだい!? 用がないなら、とっとと失せな!」


 リサの突然の剣幕に、男たちは一瞬怯んだように見えた。

 だが、すぐにリーダー格らしき、ガラの悪い男が前に進み出て、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。


「よう、ホーリィ商会の姐さん。そんなにカリカリしないでくれよ。俺たちは、ただアンタの店が扱ってるっていう“極上の素材”に、ちょっと興味があるだけなんでね」


「ああ? ウチは、しがない素材屋だよ。そんな大層なモンは扱っちゃいないね」


「またまたご冗談を。噂じゃあ、あんたの店には、そこらのダンジョンじゃお目にかかれないような“逸品”が、定期的に持ち込まれてるって話じゃないか。なあ、少しばかり、その“仕入れ先”を教えてもらえねえかなあ?」


 男は、明らかに俺のことを指して言っている。

 その目は、俺が店の中にいることを確信しているようだった。


(……やはり、俺の行動はマークされていたか)


 俺は、カウンターの陰から、リサと男たちのやり取りを静かに観察していた。

 下手に表に出れば、それこそ相手の思う壺だ。


「仕入れ先、ねぇ……。残念だが、それは企業秘密でね。お前らみたいなハイエナに教える筋合いはないよ」


 リサは、一歩も引かずに言い放った。

 その毅然とした態度に、男たちの顔色が変わる。


「……へえ、強気じゃねえか、姐さん。だがな、こっちも商売でやってんだ。そう簡単には引き下がれねえんだよ」


 リーダー格の男が、懐からナイフを取り出した。

 他の男たちも、それぞれ武器らしきものを手に、じりじりとリサに詰め寄ってくる。


 まずい。このままでは、リサが危険だ。


 俺が助けに入ろうと腰を浮かせかけた、その時。


「――いい加減にしないか、お前たち」


 凛とした、しかし有無を言わせぬ低い声が、路地に響き渡った。

 声の主は、いつの間にかリサの背後に立っていた、初老の男性だった。


 背筋の伸びた、細身の体躯。仕立ての良い、しかし古びた執事服のようなものを身にまとっている。その穏やかな表情とは裏腹に、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。


「……番頭さん……!」


 リサが、驚いたように声を上げる。


 番頭と呼ばれたその老人は、チンピラたちを一瞥すると、静かに、しかしはっきりとした口調で言った。


「ホーリィ商会は、私の長年の得意先であり、リサ嬢は、我が主が目をかけている人物でもある。これ以上の狼藉は、見過ごすわけにはいかない。……お分かりかな?」


 老人の言葉には、不思議な威圧感があった。

 チンピラたちは、その老人のただならぬ雰囲気に気圧されたのか、先ほどまでの威勢が嘘のように萎縮している。


「な、なんだよ、アンタは……! 俺たちの邪魔をするってのか……!」


 リーダー格の男が、虚勢を張って怒鳴る。

 だが、老人は表情一つ変えずに、ゆっくりと一歩前に出た。


「邪魔、ではない。ただ、“分不相応な望み”は身を滅ぼすことになると、忠告しているだけだ。……賢明なる諸君ならば、この意味が理解できるはずだがね」


 老人の言葉は、穏やかでありながら、その裏には絶対的な自信と、そして容赦のない冷徹さが感じられた。


 チンピラたちは、顔を見合わせ、やがて気まずそうに武器を収めた。


「……ちっ、覚えてやがれ……!」


 リーダー格の男が捨て台詞を残し、仲間たちと共にそそくさと路地裏へと逃げていく。


「……助かったよ、番頭さん。まさか、あんたが出てきてくれるとは思わなかった」


 チンピラたちが去った後、リサは安堵したように息を吐きながら、老人に礼を言った。


「リサ嬢の危機とあらば、いつでも馳せ参じますとも。……それより、そちらの“お客様”は?」


 番頭と呼ばれた老人は、初めて俺の方へと視線を向けた。

 その目は、俺の全てを見透かすような、鋭く深い光を湛えている。


「ああ、こいつは蓮。あたしの新しい“パートナー”さ。……蓮、こっちは番頭さん。あたしが昔から世話になってる、まあ、色々と“頼りになる”人だよ」


 リサの紹介を受け、俺は無言で老人に一礼した。

 この老人は、ただ者ではない。リサが「頼りになる」と言うからには、相当な実力者か、あるいは裏社会に大きな影響力を持つ人物なのだろう。


「……日向蓮、と申します」


「これはご丁寧に。……リサ嬢の選んだ方なら、間違いはないでしょうな」


 番頭さんは、意味ありげに微笑むと、再びリサに向き直った。


「リサ嬢、例の“品”の件ですが、我が主も大変興味をお持ちです。近いうちに、一度お話を伺いたいと……」


「ああ、分かってるよ。こっちも準備はできてる。……蓮、あんたも、その時は同席してもらうことになるかもしれないから、覚悟しときな」


 リサの言葉に、俺は眉をひそめた。

 この女は、一体俺をどこまで面倒事に巻き込むつもりなのだろうか。


 裏通りの影は、俺の想像以上に深く、そして複雑に絡み合っているようだった。

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