第13話:材料ではなく、兵器だ

 ダンジョンでの騒動から数日後。俺は再びホーリィ商会を訪れていた。


 目的は、先日討伐したシルバーウルフの素材の換金だ。

 あれだけの騒ぎになったのだ、素材を持ち帰らない手はない。それに、リサがあの銀色の毛皮や鋭い牙にどんな値を付けるのか、少し興味もあった。


「よう、蓮。また何か面白いモンでも持ってきたのかい?」


 カウンターの奥で、リサが気だるそうに俺を迎えた。

 彼女の口ぶりから察するに、先日のダンジョンでの騒動は、まだ彼女の耳には入っていないようだ。


 あるいは、知っていて知らないフリをしているのか。あの女なら、やりかねない。


「……これを、見てほしい」


 俺は、拡張カバンから取り出した数枚のシルバーウルフの毛皮と、数本の牙をカウンターの上に置いた。

 どちらも、俺が丁寧に血抜きと下処理を施した、傷一つない極上品だ。


 リサは最初、無関心そうにそれらを一瞥しただけだった。

 だが、その毛皮の艶やかさと、牙の鋭利さに気づいた瞬間、彼女の目の色が変わった。


「……ほう。こいつはまた、随分と上等なシロモノじゃないか。シルバーウルフ……それも、かなり状態がいい。どこで手に入れたんだい、こんなもの?」


 リサは、毛皮の一枚を手に取り、その手触りを確かめるように指先で撫でた。

 そして、牙の一本を摘み上げ、その鋭い先端をじっと見つめる。


 彼女の鑑定するような鋭い視線に、俺は内心でほくそ笑んだ。

 この女の、この表情が見たかった。


「……旧渋谷地下街ダンジョンだ」


「は? 旧渋……? あんた、冗談だろ? あんな低レベルダンジョンで、こんな上等なシルバーウルフが獲れるわけ……」


 リサは、信じられないというように目を見開いた。

 だが、すぐに何かを察したように、ふっと表情を緩める。


「……ああ、そうかい。例の“騒ぎ”ってやつは、あんたの仕業だったわけだね、蓮」


 やはり、知っていたか。

 この女の情報網は、侮れない。


「で、だ。この“お土産”、いくらで買い取ってくれるんだい? まさか、また足元を見るような真似はしないだろうね、リサ?」


 俺は、前回と同じように、リサに探りを入れた。


「はっ、そりゃあ、これだけの品だ。前回みたいなケチな値段はつけられないさ。……そうだな、毛皮一枚につき五万、牙一本につき一万。全部で……三十五万ってとこかい?」


 三十五万。俺にとっては、悪くない金額だ。

 だが、俺の目的は、単なる金銭だけではない。


「……リサ。あんた、この素材で何を作るつもりだ?」


「ん? まあ、毛皮は防具にでもなるだろうし、牙は武器や装飾品に加工できるだろうね。特に、この銀色の毛皮は、魔力抵抗がそこそこ高いから、魔法使い系の探索者には人気があるんだよ」


 リサは、こともなげに答えた。

 俺は、その言葉を聞いて、あらかじめ用意していた“もう一つのお土産”をカバンから取り出した。


 それは、俺がシルバーウルフの牙を数本使い、異世界の知識で試作してみた、一本の投げナイフだった。

 長さは十五センチほど。バランスを重視し、無駄な装飾は一切ない、実用本位のデザインだ。


「……例えば、こんなものはどうだ?」


 俺は、その投げナイフを、カウンターの上に静かに置いた。


 リサは、訝しげな表情でそれを見つめた。

 そして、おもむろに手に取り、その鋭利な刃先と、絶妙な重心バランスを確かめるように、軽く指先で弾いた。


 ヒュン、と澄んだ金属音が、店内に小さく響く。


「……ほう。これはまた、随分と……“よく切れそう”なナイフだねぇ。あんたが作ったのかい、蓮?」


「……まあな。護身用に、少しばかり」


 リサは、そのナイフを様々な角度から眺め回し、やがて、店の隅に置かれていた古い鉄製の盾――おそらく、どこかのダンジョンで拾ってきたガラクタだろう――を指差した。


「……なあ、蓮。ちょっと、試してみてもいいかい?」


 俺は、無言で頷いた。


 リサは、投げナイフを手に、鉄盾の前に立った。

 そして、軽く腕を振りかぶると、鋭い呼気と共にナイフを投擲した。


 シュッ!


 ナイフは、まるで吸い込まれるように鉄盾へと飛んでいき――。


 ズブリ、という鈍い音と共に、その刃先が、分厚い鉄の盾に深々と突き刺さった。

 まるで、熱したナイフでバターを切るかのように。


「……なっ!?」


 リサは、信じられないという表情で、盾に突き刺さったナイフを見つめている。

 彼女の顔から、いつもの余裕が消え、代わりに驚愕と、そして微かな戦慄の色が浮かんでいた。


 俺が作ったこの投げナイフは、単にシルバーウルフの牙を削り出しただけのものではない。

 異世界の冶金技術と、僅かな魔力付与の知識を応用し、その切れ味と貫通力を極限まで高めた、いわば“魔術兵器”に近い代物だ。


 現代の技術で作られた鉄盾など、紙同然に貫通できて当然だった。


「……おい、蓮。これは……なんだ? ただの牙を削っただけじゃないだろ、これ……」


 リサは、震える声で俺に尋ねた。

 その瞳には、俺の“異質さ”に対する、新たな認識と警戒心が宿っている。


「……だから言っただろう? 護身用だ、と」


 俺は、あくまでとぼけた表情を崩さない。

 だが、リサはもう、俺の言葉を額面通りには受け取らないだろう。


 彼女は、俺が持ち込む素材の価値だけでなく、俺自身が持つ“技術”の価値――あるいは、その“危険性”――に、気づき始めてしまったのだから。


 リサの目が、一瞬だけ計算高い商人ではなく、目新しい兵器を見つけた“兵器商人”のそれに変わった気がした


「……このナイフ、一本いくらで売ってくれるんだい?」


 しばらくの沈黙の後、リサは、まるで獲物を狙う獣のような目で、俺にそう問いかけた。

 その声には、先ほどまでの驚きとは異なる、商売人としての強い欲が滲んでいる。


 材料は、ただのシルバーウルフの牙。

 だが、俺の技術が加わることで、それは単なる素材ではなく、強力な“兵器”へと変貌する。


 リサは、その事実に気づいたのだ。

 そして、それを独占したいと、強く願っている。


「……値段は、あんたが決めろ、リサ。ただし、これが“ただの材料”ではないことは、理解した上でな」


 俺は、静かにそう告げた。

 リサとの駆け引きは、新たな局面に入ろうとしていた。


 俺が持つ力の一端が、彼女の野心に火をつけてしまったのかもしれない。

 それは、俺が望む「静かな日常」とは、ますますかけ離れた未来を暗示しているようだった。

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