第9話:謎のメッセージと“観測者”の影

 リサから提案された「面白い“仕事”」――例の古地図が示す“お宝探し”について、俺は数日間、頭の中で反芻し続けていた。


 危険な任務であることは間違いない。下手をすれば、命を落とす可能性だってあるだろう。それは、俺が望む「静かな生活」とは、あまりにもかけ離れている。


 だが、一方で、あの古地図が醸し出す未知への誘惑や、リサが語った“特別な代物”への興味も、否定できなかった。

 

 異世界の探索者としての血が、微かにだが疼くのを感じる。


(……それに、このまま何もしなければ、いずれ金も尽きる)


 ホーリィ商会での取引は、当面の生活費にはなるだろう。だが、いつまでも低級ポーションや銀光苔だけで食いつなげるわけではない。


 リサとの関係を維持し、より大きな利益を得るためには、彼女の期待に応える必要があるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺はマンションの窓からぼんやりと街を眺めていた。


 平和に見えるこの日常の裏側で、あのダンジョンのように、異質なものが静かに蠢いている。その気配を、俺は確かに感じ取っていた。


◇ ◇ ◇


 数日後の午後、俺のスマートフォンに、リサからの簡潔なメッセージが届いた。


『ちょっと面白い情報が入った。店まで来てくれないかい、パートナー?』


 その文面には、いつもの彼女らしい、どこか含みのある響きがあった。


 ホーリィ商会を訪れると、リサはカウンターの奥で、何やら複雑な機械を操作していた。俺の気配に気づくと、彼女は顔を上げ、意味ありげな笑みを浮かべた。


「よう。まあ、座りなよ、パートナー」


 そう言うと、リサはカウンターの隅に置いてあったポットから、湯気の立つ紅茶を自分のマグカップに注いだ。

 

 俺には勧めないあたりが、彼女らしい。一口、ゆっくりと紅茶を啜り、それから本題に入った。


「早速で悪いんだが、あんたがこの前持ち込んだブツ……例の赤いポーションと、あの妙な石ころなんだがね」


「……それが、どうかしたのか?」


「ああ。あんたも了承してくれた通り、ウチのルートで、ちょっとした情報屋に分析を頼んでみたんだ。そいつ、表には滅多に出てこないんだが、こういう“未知のブツ”の鑑定にかけては、あたしも一目置いてるヤツでね。コードネームは……“ノア”」


 ノア――その名前に、俺は聞き覚えがなかった。だが、リサがわざわざコードネームで呼び、その実力を認めるような口ぶりから、只者ではないことが窺える。


 リサは続けた。


「で、そのノアが直接あんたの品を調べてくれてね。そしたら、とんでもない分析結果を叩きつけてきやがった」


 リサは、一枚のレポート用紙らしきものを俺に差し出した。


 そこには、俺のポーションの成分分析結果や、鉱石のエネルギーパターンの解析データらしきものが、専門用語と数式でびっしりと書き込まれている。


 レポートの末尾には、赤いインクで『――現地球上の科学では製造不可能。未知の技術、あるいは異世界の物質である可能性、極めて高し』と結論付けられていた。


 そして、そのレポートの隅には、手書きでこう書き加えられていた。


『この“サンプル”の提供者に、直接コンタクトを取りたい。仲介を頼む』


 署名はもちろん、“ノア”。


「……で、だ」とリサは、少しばかり面白がるような、それでいてどこか面倒臭そうな表情で言った。


「このノアってヤツが、あんた自身に、とてつもない興味を示しちまってね。……あのノアってのはね、面白い“サンプル”を見つけると、徹底的に“追いかけて解剖したがる”のが癖でね……。それが情報的な意味か、あるいは物理的な意味かは、相手によるけどさ」


「で、そのノアってヤツが、あんたに聞きたいことがあるそうだ」


「……俺に?」


  リサは、自分の情報端末を操作し、おもむろに画面をこちらに向けた。どうやら、例のノアとやらから、リサ宛に何らかのメッセージが届いているらしい。


「……ほらよ。例のノア様から、あんたへの“ご指名”だそうだ。あたしの端末にわざわざ送ってきやがった」


 リサが示した画面には、簡素なテキストメッセージが表示されていた。文面から察するに、ノアからのものなのだろう。


『拝啓、未知なる錬金術師殿。貴殿の“赤い水”は、いかなる“泉”より汲み出されたものか? そして、その“星の欠片”は、いつの日か再び“夜空”へと還るのだろうか? 答えを聞かせてほしい』


 ……なんだ、これは。

 詩か? それとも、何かの暗号か?


 “赤い水”とは、俺のポーションのことだろう。“星の欠片”は、あの鉱石か。


 だが、“泉”や“夜空”とは何を指しているのか、見当もつかない。


(……このノアというヤツ、俺が異世界の人間だと、あるいはそれに近い何かだと、薄々感づいている……のか?)


 背筋に、冷たいものが走った。


 このメッセージは、単なる好奇心からではない。明らかに、俺の知識や背景を試すための“問いかけ”だ。


 下手に答えれば、俺の秘密が暴かれるかもしれない。だが、無視すれば、このノアという得体の知れない存在に、さらに目をつけられることになるかもしれない。


「……どう答えるかは、あんた次第さ。もっとも、アイツ相手に、下手な嘘は通用しないと思った方がいい」


 リサは、面白がるように俺の反応を窺っている。


 クソ、面倒なことになってきた。


◇ ◇ ◇


 ノアからの謎のメッセージは、俺の心に重くのしかかった。


 ホーリィ商会からの帰り道、そして自室に戻ってからも、俺は言い知れぬ不安と焦燥感に包まれていた。


 まるで、見えない誰かに、常に一挙手一投足を“観測”されているような、不気味な感覚。


 これは、ノアの仕業なのか? それとも……。


(……静かに生きたい、だと? 笑わせるな……)


 俺の願いとは裏腹に、世界は俺を放っておいてはくれないらしい。


 リサ、そしてこのノアという謎の存在。彼らは、俺が持つ異世界の知識や技術に気づき、それを何らかの形で利用しようとしている。


 このままでは、いずれ俺の全てが暴かれ、厄介な事態に巻き込まれるのは避けられないだろう。


(……リサの言っていた“お宝探し”……)


 ふと、あの古地図のことが頭をよぎった。


 危険な任務であることは間違いない。

 

 だが、もし成功すれば、莫大な報酬と、そしてあるいは、この息苦しい状況を打開するための何らかの“力”や“情報”を手に入れられるかもしれない。


 それは、俺にとって、一つの賭けになるだろう。


 静寂を求める一方で、心のどこかでは、この退屈な日常からの変化を望んでいる自分もいるのかもしれない。


 ――抗いたいはずなのに、俺の足は、この面倒事を運んでくる女商人の店へと、また無意識のうちに向かってしまうのかもしれない。


 選べると思っていたその道も、気づけば、もう一本しか残されていないのかもしれない――そんな予感だけが、妙に確かだった。

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