第6話:現代ダンジョン入門
リサとビジネスパートナーとしての関係を結んでから数日後、俺は再びホーリィ商会のドアを叩いた。
相変わらず気だるそうなリサだったが、俺の顔を見るなり、カウンターの奥から数枚の資料を取り出してきた。
「よう、パートナー。早速だが、あんたに一つ儲け話がある」
「……儲け話、ね」
俺が警戒心を滲ませて聞き返すと、リサはニヤリと笑って資料をカウンターに広げた。
そこには、いくつかのダンジョンの見取り図らしきものや、そこで採れる素材のリスト、そして探索者と思しき人々の写真などが並んでいた。
「あんた、ダンジョンってのは知ってるだろ? 最近じゃあ、テレビやネットでもちょくちょく話題になってる、例の地下迷宮のことさ。で、だ。この“旧渋谷地下街ダンジョン”ってのが、初心者向けの割にちょっとしたレア素材がドロップするってんで、密かなブームでね」
俺は黙ってリサの言葉を聞いていた。もちろん、ダンジョンの存在は数日前にネットで調べて知っている。
だが、それをこの女に悟らせる必要はない。あくまで、世間知らずの素人を装っておいた方が、何かと都合がいいだろう。
「……それが、どうしたんだ?」
リサは、資料の一枚を指差した。
そこには、薄暗い地下道の写真と、「ゴブリンの粘液」「ラットの毛皮」「低級魔石」といった、俺にとっては鼻で笑ってしまうような素材の名前が並んでいる。
「まあ、そう焦るなよ。実はな、このダンジョンで稀に採れる“
銀光苔……。異世界じゃ、湿気が多い洞窟の壁なんかに、それこそ石ころみたいにいくらでも生えていた、“ただの光る苔”だ。
あれで顔パックとは……文明の差ってやつか、あるいは美的感覚の違いか。まあ、金になるなら何でもいいが。
だが、リサの提案は、俺にとって悪い話ではなかった。
現代のダンジョンがどんなものか、この目で確かめてみたかったし、何より、リサが俺に何を期待しているのか、その真意を探る良い機会にもなるだろう。
「……分かった。行ってみる」
「話が早くて助かるよ。ああ、それと、探索者ライセンスは持ってるのかい? 一応、あそこもダンジョン資源庁(Dungeon Resource Management : DRM)の管轄だからね」
探索者ライセンス。そんなもの、持っているはずがない。
俺が首を横に振ると、リサは「だろうね」と肩をすくめ、カウンターの下から一枚のカードを取り出した。
「ほらよ。これ、ウチの“お得意様”が使ってたヤツ。顔写真は適当なのに差し替えてあるから、まあ、バレやしないだろ。ただし、あくまで“お守り”だからな。あまり無茶はするなよ」
渡されたライセンスカードは、ラミネート加工こそされているものの、どう見ても素人が作ったような安っぽい偽造品だった。
顔写真も、どこかのフリー素材から持ってきたような、全く見覚えのない男の笑顔だ。
(……いや、これ、どう見てもアウトだろ。子供の工作レベルじゃないか……)
そんなツッコミを内心で入れつつも、俺は黙ってそれを受け取った。
リサは「大丈夫、大丈夫。受付の連中なんて、こんなもん真面目に見てやしないから」と、どこ吹く風だ。
まあ、確かに、必要なのは“通るかどうか”だけだ。今の俺には、これでも十分すぎるほどだった。
◇ ◇ ◇
ホーリィ商会を出て、俺は一旦マンションに戻り、ダンジョンへ行く準備を始めた。
異世界で使っていた装備――フード付きの『旅人の外套』、様々な小物を収納できる『万能ポーチ』、そして護身用の『サバイバルナイフ』。
これらは、現代の探索者の装備と比べると、いささか古風で地味に見えるかもしれないが、その性能は折り紙付きだ。何よりも、俺の身体に一番馴染んでいる。
(……『
愛剣である『月詠』は、その切れ味も、宿す力も、現代のダンジョンで使うにはあまりにも規格外すぎる。下手に使えば、間違いなく目立つことになるだろう。
俺は、『月詠』を拡張カバンの奥深くにしまい込み、代わりにサバイバルナイフを腰のベルトに差した。
未知の環境への最低限の備え。そして、力のセーブ。
異世界の常識と現代の常識を、頭の中で慎重にすり合わせていく。
◇ ◇ ◇
リサに教えられた「旧渋谷地下街ダンジョン」の入口は、かつて駅と繋がっていた地下街の、今は閉鎖された一角にあった。
薄暗いコンクリートの通路の先に、鉄格子で仕切られた受付のような施設があり、その奥にダンジョンへと続く階段が見える。
入口付近には、俺と同じようにダンジョンへ向かおうとする探索者たちが数人たむろしていた。
派手な色の戦闘服に身を包んだ若者のグループ、軽装だが歴戦の雰囲気を漂わせる中年のソロ探索者、中には学生服姿の少女までいる。
(……これが、現代の探索者か)
装備も練度も、異世界のそれとは比較にならないほど稚拙に見えたが、彼らなりに真剣なのだろう。
受付では、探索者ライセンスの提示と、何やら何枚も綴られた書類へのサインが求められた。
「ダンジョン入域同意書」だの「緊急連絡先確認票」だの、細かい文字がびっしりと並んでいる。
(……探索者ライセンス? レベル認定? 申請書だぁ? こんな形式ばった手続きに命を預けてるのか、こいつらは……)
異世界では、ダンジョンに入るのに許可など必要なかったし、自分の身は自分で守るのが当然だった。あまりのギャップに、俺は内心で毒づいた。
リサから渡された、見るからに安っぽい偽造ライセンスを提示すると、受付の係員は慣れた手つきでそれをスキャンし、特に疑う様子もなく、あっさりと通してくれた。
どうやら、形骸化している部分も多いらしい。
それにしても、現代のダンジョンは、ある程度社会システムとして、そしてビジネスとして機能しているようだ。
入口には、素材の一次買取所らしきカウンターまで設けられていた。
鉄格子の向こう側、ダンジョンへと続く階段を下りていく。
ひんやりとした、湿った空気が肌を撫でた。カビ臭いような、埃っぽいような、独特の匂い。
そして――。
(……ん? この気配は……)
ごく微量。だが、間違いなく感じる。
鼻の奥が微かに焼けるような、ツンとした違和感。そして、肌を這うような、ぞわりとした悪寒。
異世界で何度も嗅いだ、血と腐臭を混ぜたような、あの不快な気配が確かにここにも漂っている。
――魔瘴。
俺の仲間たちを狂わせ、多くの悲劇を生み出した、あの冒涜的なエネルギーの気配だ。
(……まさか。こんな場所にまで、魔瘴が……? 異世界だけのものじゃなかったのか……?)
俺は、思わず足を止めた。
異世界特有のものだと思っていた、あの忌まわしい瘴気が、なぜ現代日本の、それもこんな低レベルのダンジョンで感じられるのか。
偶然か? それとも……。
俺の知らないところで、この世界は、もっと深刻な問題を抱え込んでいるのかもしれない。
現代ダンジョンの成り立ちに対する、最初の、そして根深い疑問が、俺の胸の内に静かに芽生え始めていた。
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