第5話:裏通りの取引とビジネスパートナー

「……ほう。こいつは……ちょっと、いや、かなり面白いモンを持ってきたねぇ、お兄さん」


 リサの言葉には、先ほどまでの気だるさは消え失せ、代わりに商売人の顔が覗いていた。

 

 その鋭い眼光は、俺がカウンターに置いたポーションと鉱石のかけらを、まるで獲物を定めるかのように捉えている。


(……やはり、食いついてきたか)


 俺は内心で息を吐きつつ、リサの次の言葉を待った。


「この赤い液体……そこらの安物とは明らかにモノが違うね。微かにだが、生命力を活性化させるような……妙な匂いがする。それに、こっちの石ころ……ただの石じゃないだろ? 何か、こう……ゾクゾクするような力を感じるんだが」


 リサは、カウンターの下から小さなルーペと、何やら薬品の入った小瓶を取り出し、手際よく鑑定を始めた。

 

 その手つきは慣れたもので、彼女が普段から様々な“品”を扱っていることを窺わせる。


 俺は黙ってその様子を見守った。下手に口を挟めば、ボロが出る可能性もある。


「……ふむ。なるほどねぇ……」


 しばらくして、リサは満足げに頷き、こちらに向き直った。


「あんた、一体どこでこんなものを手に入れたんだい? そこらのダンジョンで拾えるような代物じゃないことは、このリサ様が見抜いているよ」


 探るような視線。俺は肩をすくめてみせる。


「……さあな。ただ、これと同じようなものは、まだいくつか持っている」


「へえ……」


 リサは、意味ありげに口の端を吊り上げた。


「で、だ。この“面白いモン”、いくらで売ってくれるんだい?」


 リサは、カウンターに肘をつき、値切り交渉の体勢に入った。

 俺は、少し考える素振りを見せてから口を開く。


「……そっちの言い値を聞こうか。俺は、こっちの相場には疎いんでな」


「はっ、正直だねぇ。だが、そういう手合いが一番タチが悪いことも、俺は知ってるよ」


 リサは笑うが、目は笑っていない。


「そうだな……このポーションが三本と、石ころが五つ。まとめて……そうさね、20万ってとこかい?」


 20万。


 異世界での価値を考えれば、冗談のような金額だ。このポーション一本で、腕の良い傭兵を一日雇えるくらいの価値はあった。

 

 鉱石に至っては、希少な魔法金属の素材として、もっと高値で取引されていた。


 だが、ここは現代日本。異世界の常識が通用するとは思っていない。


「……なるほど。それが、こっちでの“評価”というわけか」


「まあね。もっとも、こんな得体の知れないモンに値段が付くだけでも、ありがたいと思った方がいいかもしれないよ?」


 リサは、明らかに買い叩こうとしてきている。

 俺は、少し間を置いてから、静かに言った。


「……そのポーションは、瀕死の重傷でも数分で完治させる。その鉱石は、微弱だが安定した魔力を放ち続けている。それでも、20万か?」


「……!」


 リサの眉が、ピクリと動いた。


 彼女は、俺の言葉がハッタリではないこと、そして俺がこれらの品の価値をある程度理解していることを見抜いたのだろう。


「……お兄さん、なかなか食えないねぇ。分かったよ、じゃあ50万。これ以上は無理だ」


 俺は、リサの目を数秒間じっと見つめた。彼女の瞳の奥に、まだ余裕があるのか、それとも本気でこれが限界なのかを探るように。


 やがて、小さく息を吐き、頷いた。


「……いいだろう。それで手を打つ」


 俺の言葉に、リサはわずかに息を止めたように見えた。


 そしてすぐに、いつもの不敵な笑みを取り戻しながら――だが、口元にだけ僅かな悔しさを滲ませて――頷いた。


「まいったね、こりゃ一本取られたよ」


「……ところで、お兄さん」


 金を数え終えたリサが、ふと改まった口調で俺に話しかけてきた。


 カウンターの奥、薄暗い事務所らしきスペースへ手招きされる。俺は警戒しつつも、それに従った。


「もし、今後も今日みたいな“面白いモン”を持ち込めるっていうなら……ウチと、専門で取引しないかい?」


「……専門で、とは?」


 リサは、革張りのソファにどっかりと腰を下ろし、慣れた手つきで細い煙草に火をつけた。


 指に挟んだそれをゆっくりと燻らせながら、脚を組み替える。

 

 紫煙が、彼女の艶やかな黒髪に絡みつき、薄暗い事務所のぼんやりとした光の中で、その瞳がまるで猫のように妖しく光って見えた。


 その姿は、ただの素材屋の店主というには、あまりにも色気と、そして底知れない狡猾さを漂わせていた。


「つまり、独占契約だよ。あんたが持ってくる品は、他のどこにも流さず、全部ウチが買い取る。その代わり、こっちも色々と便宜を図ってやる。例えば……あんたが欲しがりそうな情報とか、あるいは、あんたの“秘密”を守る手伝い、とかな。……こういう得体の知れないモンは、黙って処理できる“仕組み”が必要なのさ。万が一、警察沙汰にでもなったら困るのはあんたも同じだろ?」


 リサの言葉には、抗いがたい魅力があった。


 安定した換金ルート。情報提供。そして、何よりも「秘密を守る手伝い」という言葉は、今の俺にとって魅力的だ。


 だが、同時に、この女に首輪をつけられるような危険も感じた。


「……メリットは分かる。デメリットは?」


「デメリットねぇ……。まあ、あたしにいいように使われるかもしんないってことくらいかな?」


 リサは、悪戯っぽく笑う。

 そして、少し真剣な表情に戻り、言葉を続けた。


「それと、もう一つ。あんたが持ってくる“品”が、本当に特別なものなら、その価値を最大限に引き出すためには、あたしの目利きだけじゃ足りない場合もあるかもしれない。そういう時は、あたしが信頼している、ごく限られた専門家に分析を依頼することもあるかもしれないんだが……それは構わないかい? もちろん、あんたの秘密は絶対に漏らさないし、その専門家ってのも口の堅さは保証付きさ。むしろ、より正確な価値が分かれば、あんたへの支払いも上乗せできる可能性がある」


 リサの言葉には、商売人としての抜け目のなさと、俺の持ち込む品への強い興味が滲んでいた。


 外部の専門家……それは、俺の秘密が漏れるリスクを意味する。

 

 だが、リサの言う通り、より正確な価値判断は俺にとっても悪い話ではない。それに、この女が「信頼している」というからには、よほど確かな筋なのだろう。


(……この女、どこまで本気で、どこまでが計算なんだか……)


 俺は、しばらく黙って考え込んだ。


 この女は信用できるのか? いや、信用などという言葉は、異世界でとっくに捨ててきた。


 問題は、利用できるかどうかだ。


(……他に、安全かつ確実に換金できるアテもない。それに、この女の情報網は、あるいは……)


 俺の持つ規格外の品を、表沙汰にせずに扱える人間はそう多くないだろう。

 そして、このリサという女は、その数少ない一人である可能性が高い。


「……その“専門家”とやらに、俺の情報をどこまで渡すつもりだ?」


「品物そのものの分析に必要な情報だけさ。あんたの個人的なことや、品の入手経路なんて、聞かれなきゃ話さないし、聞かれても話すつもりはないよ。あたしが興味あるのは、あくまで“品”そのものの価値と、それを継続的に供給してくれる“パートナー”としてのあんただけだからね」


 リサは、淀みなく答えた。その目には、嘘の色は見えない。

 少なくとも、今のところは。


「……いいだろう。ただし、条件がある」


「ほう、聞こうじゃないか」


 俺は、リサの目を真っ直ぐに見据えて言った。


「俺の素性や、品の出所については詮索しないこと。そして、取引は常に双方合意の上で行うこと。この条件が守られる限り、あんたと組むのも悪くない」


「……はっ。お堅いねぇ、お兄さんは。だが、嫌いじゃないよ、そういうの」


 リサは、ふっと煙を吐き出し、満足げに微笑んだ。


「オーケー、その条件、飲んだ。よろしく頼むよ、パートナー」


 差し出されたリサの手を、俺は無言で握り返した。

 その手は、見た目によらず、少し冷たく、そして力強かった。


(……これで、ようやく一歩前進、か)


 現代社会での最初の足がかりを得たという、僅かな安堵。


 そして同時に、この気だるげで胡散臭い女商人との間に結ばれた奇妙な関係が、これから俺をどんな面倒事に巻き込んでいくのかという、新たな予感。


 俺の静かな日常は、どうやら、もう始まっていた喧騒から逃れることはできそうになかった。

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