第4話:気だるげな店主と“曰く付き”の品

 駅裏の喧騒を抜け、一本奥の細い路地へ足を踏み入れた瞬間、空気ががらりと変わった。


 昼間にもかかわらず、辺りは薄暗く、湿気と埃の混ざったような匂いが鼻をつく。


 人通りはない。物音すらほとんどしない、都会の中の“死角”。その静けさが、逆に不穏だった。


 スマートフォンの地図アプリを見下ろしながら、俺は慎重に足を進める。


 路地の奥、雑居ビルの間にぽつんと佇む一軒の店――それが、目当ての場所だった。


 掠れた文字で『ホーリィ商会』と記された看板が掲げられている。


 色褪せたガラス戸の奥は暗く、営業しているのかどうかも一見では判断できない。


 一歩間違えば廃業した古本屋か、倉庫にしか見えない外観だった。


 (……本当に、ここで合ってるのか?)


 僅かな不安が胸をよぎる。だが、ここまで来て引き返す理由はない。


 この数日、情報を追い、足を運び、精査し続けて辿り着いた場所。


 それが、いくら“曰く付き”だろうと、もう躊躇する段階ではなかった。


 古びたドアノブに手をかける。

 金属が軋む感触に、無意識のうちに呼吸が浅くなる。


 そして――。


 カラン。


 乾いたドアベルの音が、小さな店舗の空気を切り裂くように鳴り響いた。


 薄暗い店内に一歩足を踏み入れると、微かに乾いた薬草と金属の匂いが鼻をかすめた。


 外観の印象そのままに、照明は最低限。だが、目が慣れてくるにつれて、店内に漂う奇妙な秩序が見えてきた。


 壁一面の棚には、乾燥された植物の束がいくつも吊るされ、木箱には艶やかな鉱石や、なめされた動物の皮、加工された骨のようなものが整然と並べられている。


 一見すると雑多に見える陳列にも、素材の種別ごとの分類、手入れの程度、保管方法など、明らかに“分かる者の手”が入っている気配があった。


(……想像より、ずっとちゃんとしてるな)


 ダンジョン素材としては、質も保管も悪くない。


 異世界で見慣れたそれとは異なるが、素材に触れたときの感触や、ほのかに残る魔力の残滓が懐かしい。


 店の奥、古びたカウンター。その向こうに、人影がひとつ――。


 長めの髪を無造作に後ろで束ねた、ラフな服装の女性が、肘をついてこちらをじっと見ていた。


 やや伏せたままの瞳は、眠たげな印象すらある。だが、そこに宿る光には、ひと目で見抜く鋭さがあった。


 彼女は、何も言わずにこちらを一瞥し、わずかに顎を上げる。


 まるで「お前の番だ」とでも言いたげな仕草だった。


(……間違いない。噂の店主、ってわけか)


 口調も表情もまだ知らない。だが、油断ならないタイプだ――直感が告げている。


 俺がカウンターに近づくと、女性――リサはゆっくりと顔を上げた。


 その眠たげだった目が、こちらを捉えた瞬間、鋭さを増す。


 軽く流すような仕草の奥に、こちらの挙動すべてを見逃さない観察眼が潜んでいた。


「……いらっしゃい。何かお探し? それとも、何か売りたいものでもあるのかい?」


 ややハスキーな声。男勝りの軽口めいた口調だが、声の奥に探るような色がある。


 応対に慣れているというより、“客の値踏みに慣れている”といったほうが正確かもしれない。


「……少し、見てもらいたいものがある」


 俺は、必要最低限の言葉だけを返す。


「ふぅん? 見るだけならタダだけど、鑑定料はきっちり貰うよ。ウチの流儀だからさ」


 どこか楽しげに笑みを浮かべながら、リサは俺を試すように言う。

 冗談のようでいて、目は笑っていない。


 俺は懐から、あらかじめ用意していた数枚の紙幣を取り出し、カウンターの上に静かに置いた。


「……それで足りるか」


 金額は、それなり。相場よりやや多めだ。


 だが、リサは紙幣に目もくれず、ただじっと俺の顔を見つめてくる。


「へえ。威勢がいいじゃないか、お兄さん」


 にやりと唇の端を吊り上げたその表情に、どこかで見たような“商売人の顔”が重なる。


 腹の探り合い――相手が何者か、何を狙っているのか。

 異世界では、こうした駆け引きが日常だった。


 互いにカードを伏せたまま、間合いだけを読み合う沈黙が、ひととき店内に張り詰めた空気をもたらした。


「……これだ」


 俺は、カバンの奥から丁寧に取り出した品を、カウンターの上に静かに並べた。


 低級ポーションが数本。そして、微かに魔力を帯びた鉱石のかけら。


 どちらも、外見だけならただのガラス瓶と石ころにしか見えない。


 だが、俺にとっては“証”だった。異世界で積み重ねてきた日々の、微かで確かな名残。


 リサは最初、面倒そうにそれらを一瞥しただけだった。

 その目には、「なんだいこりゃ」と言いたげな色すら浮かんでいた。


「……冗談抜きで、ただのガラス瓶と石ころじゃないか。まさか、ウチをからかいに来たわけじゃないよね?」


 彼女はそう言いながら、ポーションの一本を手に取った。

 そして、何気なく蓋を開け――。


 その瞬間、空気が変わった。


 気だるげだったリサの顔が、ぴたりと止まる。


 ほんの僅か、鼻先を液面に近づけただけで、彼女の表情から力が抜けたように消えた。


 代わりに現れたのは、眉間に刻まれる皺と、言葉を飲み込むような沈黙。


 続けて、鉱石のかけらを指先で摘み上げる。

 その手の動きも、まるで別人のように慎重だった。

 目を細め、角度を変え、光にかざすようにしてじっと観察する。


 沈黙。

 何秒――いや、何十秒だったかもしれない。


 やがて、リサはゆっくりと顔を上げた。

 その目には、先ほどまでの眠たげな光など微塵も残っていない。

 

 獣が獲物を見つけたときのような、鋭く、研ぎ澄まされた光。


「……へえ。こいつは……」


 一拍、言葉を探すような間。


「……ちょっとどころじゃないね。かなり、面白いモンを持ってきたじゃないか――お兄さん」


 声のトーンが変わっていた。


 明らかに、俺への“評価”が切り替わった瞬間だった。


 俺は、その変化を静かに受け止めながら、心の奥で手応えを感じていた。

 この女なら、話が通じるかもしれない――いや、通じるからこそ、気を抜けない。


 ようやく、この世界でも“始まりの扉”が音を立てて開いた気がした。


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