第3話:路地裏の噂と最初の“仕事”

 あれから数日が過ぎた。


 俺は、日中のほとんどを自室での情報収集と、近所の散策(という名の体力維持と周囲の観察)に費やしていた。


 テレビのニュースやネット記事を漁る中で、俺は信じられない情報を目にすることになった。


 ――「ダンジョン」。


 数年前から、世界各地で謎の地下空間が出現し、そこからは「魔石」と呼ばれるエネルギー資源や、未知の素材が発見されているという。

 

 そして、それらを探索する「探索者ダンジョナ―」という職業まで存在しているらしい。


(……ダンジョンだと? 馬鹿な……ここは、地球のはずだぞ……?)


 異世界で散々潜ってきた、あの忌まわしい迷宮と同じ呼び名。


 最初はデマか何かの冗談かと思ったが、政府機関の発表や、大手メディアの記事でも取り上げられており、どうやら紛れもない事実のようだった。


 俺の知らないうちに、この平和だったはずの日本も、そして世界も、静かに変貌を遂げていたのだ。


 この衝撃的な事実は、俺に新たな可能性と、それ以上の深い困惑をもたらした。

 そして、より現実的な問題が、俺の思考を占めるようになっていた。


(……金、か)


 両親が遺してくれた貯えと、マンション購入時に手元に残った僅かな保険金。当面の生活に困るほどではないが、無収入のままではいずれ底を突くのは目に見えている。


 異世界では、金銭の心配などほとんどしたことがなかった。必要なものは自給自足するか、依頼の報酬で賄えたからだ。

 

 だが、ここは現代日本。金がなければ何も始まらない。


「探索者 素材 買取」「珍しい素材 高額」……。


 俺は、ノートパソコンの検索窓に思いつくままキーワードを打ち込み、エンターキーを押した。


 画面には、びっしりと探索者向けの掲示板や、素材買取業者のウェブサイトのリンクが並ぶ。


 現代社会でも、「ダンジョン」から得られる素材には一定の価値があるらしい。それは俺にとって、ある意味で朗報だった。

 

 異世界で培った知識や技術が、ここでも活かせるかもしれないのだから。


 しかし、いくつかのサイトを巡るうちに、新たな懸念が頭をもたげてきた。


 そこで扱われているのは、あくまで“現代のダンジョンで一般的にドロップする素材”だ。

 

 オークの牙、ゴブリンの耳、低級な魔石――俺にとっては見慣れた、ありふれたものばかり。


 俺が持つ異世界の素材や、俺が作り出せるポーションや武具が、それらと同じように評価されるとは限らない。

 

 むしろ、その特異性や、現代の常識では説明できない効能から、表のルートでは厄介事になる可能性の方が高いだろう。


(それに……俺の“品”は、おそらく規格外だ。公の場で取引すれば、間違いなく目立つ)


 俺は、自身のクラフトスキルに絶対の自信を持っていた。異世界では、俺の作るポーションや武具は、最高級品として高値で取引されていた。


 だが、それが現代で通用するかは未知数だ。そして、万が一、その価値が認められたとしても、今度はその出所や製造方法を詮索されることになるだろう。

 

 それは、俺が最も避けたい事態だった。


(……もっと専門的で、かつ“裏”の事情にも通じているような、信頼できる取引相手が必要だ)


 表のインターネットだけでは得られない情報。


 俺は、検索の範囲を、より深く、薄暗い領域へと広げていった。


 匿名掲示板の過去ログ、探索者を自称する個人のブログ、果てはダークウェブの入り口を思わせるような、怪しげな情報サイト。


 俺は、異世界で培った情報処理能力を駆使し、膨大な情報の中から、僅かな手がかりを拾い集めていく。


 ガセネタや誇張された噂も多い。だが、その中に、時折きらりと光る、真実の欠片が混じっていることがあった。


 そして、いくつかのサイトで、共通して目にする名前があった。


 ――『ホーリィ商会』。


「ホーリィ商会……ね」


 ある探索者の個人ブログには、こう書かれていた。


『駅裏の路地にある、小さな素材屋。店主は気だるげな姉ちゃんだが、持ち込んだレア素材の価値を一瞬で見抜かれた。相場よりちょい高めで買い取ってくれたが、あの眼光はヤバい。素人が下手に手を出すと食われるぞ』


 別の匿名掲示板のスレッドでは、こんな書き込みもあった。


『ホーリィ商会? ああ、あの魔女の店か。表向きは普通の素材屋だが、裏じゃ“ワケあり”の品も扱ってるって噂だぜ。俺のダチがヤバいブツを持ち込んだら、鼻で笑って門前払い食らったらしいがな。曰く「そんなガラクタ、便所の紙にもなりゃしねえ」だとよ。だが、本当に価値のあるモンなら、破格の値が付くこともあるとか』


 賛否両論。だが、どの情報にも共通しているのは、店主の鑑定眼の確かさと、何やら“裏”の顔があるらしいという点だ。


(……“ただの素材屋”にしては、やけに生々しい噂だ……)


 俺の中で、何かが静かに引っかかった。


 まるで、深い森の入り口に立つような、微かな興奮と、それ以上の得体の知れない警戒心。


 この「ホーリィ商会」ならば、俺の持ち込む“品”の真価を理解してくれるかもしれない。そして、その特異性を表沙汰にすることなく、取引してくれるかもしれない。


 リスクは高い。


 噂通りなら、店主は一筋縄ではいかない人物のようだ。下手をすれば、厄介事に巻き込まれる可能性もある。


 だが、今の俺には、他にこれといった手がかりもなかった。


 それに、異世界での経験が告げている。本当に価値のあるものは、往々にして危険と隣り合わせの場所にある、と。


「……行ってみるか」


 俺は、ノートパソコンを閉じた。


 まずは、様子見だ。


 愛用していた革製のリュックサック――『拡張カバン』を手にした。


 異世界では、空間拡張の魔術が付与され、見た目からは想像もつかないほどの物資を収納できたこのカバンも、現代に帰還してからはその効果がかなり減衰しているようだった。

 

 おそらく、魔力の供給源が異なるせいだろう。


 それでも、通常のリュックサックよりは遥かに大容量であり、俺が異世界から持ち帰った様々な“お土産”を隠しておくには十分すぎるほどの空間が残っている。


 その『拡張カバン』の奥から、普段は人目に触れさせないようにしている、異世界で使っていた低級の回復ポーションを数本と、掌サイズの、しかし微かに魔力を帯びた特徴的な鉱石のかけらをいくつか取り出す。


 これならば、万が一相手が悪質な業者だったとしても、被害は最小限で済むだろう。そして、相手の力量や誠意を試すには十分な品のはずだ。


(これが、こっちでの最初の“仕事”になるかもしれんな……)


 微かな緊張と、ほんの少しの期待を胸に、俺は立ち上がった。


 目指すは、駅裏の路地裏。

 噂の「ホーリィ商会」へと、俺は静かに歩き出した。

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