勇気
窓の外を見る。日本には後どのくらいで着くのだろうか?思えば、アメリカの会社に就職してから9年程度、一度も日本に帰っていなかった。それだけ忙しい毎日だっただけに、リターンも大きかった。とてもいい経験と技術をみっちり学ぶことが出来た。
ただもういい歳と言うのに、結婚の兆しも見えないというのはかなり厳しい状況だが……別にモテないという訳では無い。よくこんな質問をされる。
Q結婚とか、考えてないんですか?
そういう時、決まって僕はこう答える。
A女々しいと思うかもしれないけど、初恋をこじらせていてね……
僕、泉清(いずみきよし)は昔小説を書いていた。ペンネームは泉レン。泉は苗字から、レンは清→清く正しいという意味の廉という漢字から来たという繋がりである。そこまでヒットはしなかったけど、書いていてとても楽しかった。
そんな自分の小説をすごく褒めてくれた女の子がいた。その子はとても丁寧な言葉使いで、話すことも面白くて、褒めるのがとても上手くて……我ながらチョロイもんだ。すぐにその女の子、千代に恋心を抱いてしまった。
それからはほぼ毎日のように図書室に通った。どうでもいい話をするのが楽しくて仕方がなかった。
だからその関係を少し、進展させたくなった。自信はあった。向こうもおそらく自分のことを好意的に見てくれているだろうなんて、甘い考えがあった。
そしてあっけなく振られてしまった。
それから何故か、千代は図書室に来なくなった。学年が違うから、休んでいるのかどうかは分からない。もしかしたら、告白を断って気まずくなったのかもしれない。それで、自分とはもう顔を合わせたくないと思っているのかもしれない。そう思って、変に詮索することはしなかった。
結局清が卒業するまで千代は現れることはなかった。
彼女は今どうしているだろうか?元気にしているだろうか?結婚なんてしていたり、幸せになったのだろうか?ちょっと寂しいけど、そうだったらいいな……
清は一人飛行機の中でこんなことを考えていた。
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佐藤の話を聞いた後、案の定空気は重くなっていた。結局空気は変わらず、少し気まずいまま解散となってしまった。純太が黙っていると、渡辺から話し始めた。
「なんというか、スッキリしない話だったね。」
「そうだな。」
しかも、これは物語ではなく、昔本当にあった出来事なのだ。このままバッドエンドで終わらせていいのだろうか。どうにかして、この話をトゥルーエンドで終わるせたい。それを見届けたい。そんな情が、純太にはわいていた。
「そういえば、清さんっていつ帰って来るんだっけ?」
「あー!そうだった。えーとね、明後日日本に帰って来て、おじいちゃん家に寄ってからこっちの方に1回来るらしい。」
「こっちに来るのはいつ頃になりそう?」
渡辺は、少し考えてから言った。
「来週の月曜日とかかな……」
「来週、か。」
今日は火曜日だからまだ少し先のようだ。
どうやって清さんをここへ連れてこようか、今から悩みものである。明日、佐藤さんに清さんを学校に呼ぶという旨を伝えよう。
次の日、学校は何やら騒がしかった。体育祭が近づいてきて、どこのクラスも気合いを入れて練習を始めていた。うちの学校は夏休み前に体育祭をする。この忙しい時に……と言っても仕方がない。適当な種目で、適当に済ませるとしよう。
だが、こういう時は思ったように行かないのがお決まりである。
体育祭実行委員決めの時のこと、
「誰か、やりたいやつはいるか?」
いるわけが無い。去年の体育祭で実行委員の過酷さが明らかになり、進んでするようなやつはいなくなった。しかし、一人の生徒が手を挙げた。
「はいはーい。」
「お!鈴木、立候補か?」
鈴木、最近クラスメイトをちゃんと見るようになって気づいたが、いわゆる一軍女子、純太が苦手な部類の人間だ。
「いえ、立候補するのは私じゃなくてー、唯ちゃんが、やりたいって言ってまーす。」
「え?!」
渡辺はキョロキョロと周りを見渡す。しかし、誰もそのことを咎めない。それどころか、
「唯、本当はやりたかったらしいんだけどー、手を挙げる勇気がなかったみたいでー。」
鈴木に便乗して、ほかの女子たちも口を揃えてそんなことを言った。
「ほんとか?渡辺。」
渡辺はもう否定できる状況ではなかった。
「はい……」
女子たちは顔を見合ってクスクスと笑っている。なんという悪逆非道。ただモテるからという理由だけでここまでするとは……嫉妬というのは恐ろしいものである。
普通にしているだけだなのにムカつかれて、その理不尽な怒りをスッキリさせるためだけに嫌がらせをされる。彼女たちには彼女たちなりの葛藤があるのだろうが、嫌がらせを正当化する理由にはおそらくなり得ないだろう。そんなことがわかっていても、純太にはそこに割って入る勇気などなかった。おそらくこのクラスの全員、その勇気を持ち合わせていない。
「じゃあ女子は渡辺で決まりだな。じゃあ男子。立候補者がいないならくじ引きにするぞ。」
(実行委員だけはやりたくない!)
そんな願いを込めて純太はくじ引きを引いた。
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放課後、渡辺と純太は教室に残っていた。体育祭の資料をまとめるためだ。
「なんというか、災難だったな。」
渡辺は少し暗い顔をしてから。
「そうだね、とんだ災難だよ。園田くんは……運が無かったね。」
なんて笑いながら言った。
「でも、ハズレくじを引いたのが園田くんでよかったよ。それ以外の人だったらあんまり会話弾んでなかったし。」
「そうか?まあ俺も男子の注目の的である君と仕事が出来るなんて、役得だね。」
からかい口調でそんなことを言う。
「ばか、本当はそんなこと思ってないでしょ。」
そう言いつつも渡辺耳のあたりは少し赤くなっていた。意外とわかりやすいものだ。
「今日のうちに結構進めて、明日は図書室に行こうか、」
「りょうかい。」
夏は日が沈むのが遅い。まだ外は明るいが、時計を見るとかなり時間が経っていることがわかった。
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