救いのない話
「それじゃあ、準備オーケー?」
「オーケー。」
渡辺が本に触れると、例のごとく佐藤が現れた。
佐藤と目が合った純太は少し気まずい気持ちに苛まれた。先日目の前で泣いてしまったところであるのに加えて、佐藤にとってはついさっきの出来事なのだ。何となく、目を合わせずらい。
だが、佐藤は気にしていない様子ですぐに話を始めた。気を使ってくれているのだろうか。
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千代は次の日も次の日も、図書室に通った。目的は、もう泉レンに会うというものから、清に会うというものに変わっていた。清は放課後毎日図書室にいた。もう図書室によるということが日課になっている。
清と話している間、千代は自分のおかれている状況を忘れ去っていた。それくらいこの時間は千代にとって楽しいものであった。主にする会話は、本のこと、最近あったこと、友達のことなど、何気ないものばかりだったが、この時間は千代にとって何気ないものでは無かった。しばらくこんなことを繰り返しているうちに、名前で呼び合うくらいには2人は仲良くなっていた。
2ヶ月そんなことを続けている。清と一緒にいると千代の胸は高鳴った。本当は心臓の病気である千代にとって良くないことだ。しかし、多少これで寿命が縮んだとしても千代にはこの時間が大事だった。
病院でのこと、千代が病室に入る前、何やら母と医者が話しているところを目撃した。盗み見る気なんてなかった。話内容もそこからは聞こえなかった。
だが、見てしまった。母は、泣いていた。
それだけで自分の命はもう長くないということを何となく察してしまった。
今日もまた図書室へ向かう。いつものように清はすみの席に座っていた。
手を振って近寄ると、向こうも手を振り返してくれる。
その日もなんでもない話を二人でする。しかし、今日の清はいつもと様子が違った。チラチラとこちらを見て何か言い出そうとしているような感じがした。しかし、清は何も言わないまま時間が過ぎる。30分くらいだった頃、ようやく清が口を開いた。
「あのさ、」
「なんですか?」
かなり挙動不審、という感じで落ち着きがない。
「千代ってさ、そういえば恋人とかいるの?」
「え?いないけど……」
(願わくば、あなたと一緒に……)
「じゃ、じゃあさ好きな人とかいたりする?」
「い、いませんけど、」
(あなたの事が、好き。)
清がまっすぐと千代の顔を見た。いつもの優しい目からは想像できない真剣な眼差しに千代はただならないものを感じた。
「それならさ、もし良かったらなんだけど……ぼ、僕と、付き合ってくれないか!」
「え?」
よく見ると清の白い肌は真っ赤に染っていた。まず千代の頭に浮かんだ感情は驚き、そして喜び、今までに無いほど千代の胸は高鳴っていた。しかし、その次に来たのは悲しみだった。本当は今すぐにでもこの告白を受け入れたい。好きだと伝えたい。だが、千代にはそれは出来なかった。
「ごめん、なさい。」
言いたくない。こんなこと、言いたくない。
「あなたとは付き合えません。」
何とか声を絞り出した。今すぐにでも撤回したい。付き合って欲しいと言いたい。
「そっか、理由を聞いてもいい?」
「清さんのこと、そういう目で見ていなかったので……」
「そっか……」
清は笑顔で答えたが、込み上げるものを隠しきれていない様子だった。
「ごめん、今日はもう帰るね。」
そういうと、清は図書室から出ていった。
図書室には千代だけが残されていた。清がいない図書室は妙に静かで落ち着かない。
もうここには千代1人だ。我慢する必要がなくなって決壊寸前で堪えていたものが一気に溢れ出した。
「清さん……きよしさん、行かないで……」
完全に目が枯れるまで涙が止まることはなかった。どうしようもなく胸が苦しかった。辛かった。
その日から、千代の病状は悪化した。
学校にも行けずにただベットの上でボーとする。長い病院生活での楽しみは泉レンの小説だった。書き途中だった【月夜の君へ】が出版されて、それを何周も読んだ。清さんに感想を言いたいな……
「清さん……」
そして学校へ行けない日々が続き、病室でそのまま……
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「というのが、話の流れです。」
一体この話の救いはどこにあるのだろうか?純太はただただ話を聞いていた。
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