7,愛(1)

 次の日、雄介とダーバルの二人は、シップに乗りラボーヌ星に向かった。

 「ダーバルさんどうですか。久しぶりにルシアさんに会う気分は」

 「そうですね。少し緊張もありますかね。でも楽しみでもあります。私達とルシアが話しをすることで、ラボーヌ星が変わるのだとすれば、これほど嬉しいことはないです」


 ダーバルは、久しぶりに帰るラボーヌ星と、ルシアに会えることが嬉しいのだと雄介には感じた。しばらくすると二人を乗せたシップが、ルシアが居る大きな建物の上空に到着した。すると屋上のハッチが開きそこにシップが入って行き着陸した。


 雄介とダーバルがシップを降りるとロボットが近づいて来た。

 「こちらへどうぞ」ロボットの後を二人は付いて行き、ルシアが居る部屋の前に着いた。そしてドアがスライドして開くと、部屋の中央に7色に光る球体が見えた。二人は部屋の中に入った。すると球体はゆっくりと回転して、ルシアの白くて吸い込まれるほどに美しい顔が二人の方を向いた。


 「ルシア」ダーバルが何とも言えない哀愁のこもった声で呼んだ。

 「ダーバル、久しぶりね。元気になって良かったわ」

 「ありがとう、君も変わり無いかい」

 「ええ、わたしは全て順調よ」ルシアが優しく微笑んだ。


 「ルシア、今日はこちらの天野さんと三人で、今後のラボーヌ星がどうあるべきなのか、話し合おうと思って帰って来たんだ」

 「そうなのダーバル。でもねダーバル、ラボーヌ星は今のままで良いのよ。変わる必要は無いの」ルシアはゆっくりとした口調で言った。


 「しかしルシア、僕が君を作った目的は、今のラボーヌ星のようにする為ではないんだ。もっと人間と機械とが共存し、助け合って行く世の中を想像して君を作ったんだ」


 「ダーバル、あなたが私を作った目的は何でもいいの。あなたは私を作ったことで、このラボーヌ星を救ったのよ。人間が支配していたら将来滅びるはずだったラボーヌ星の未来を、あなたは救ったの。そのことをダーバル、あなたは誇りに思うといいわ」


 「しかし人間は今の状態を喜んではいない。もっと自由で楽しい生活を送りたいと願っているんだ」

 「ダーバル、そんな人間の思いがこの星を滅ぼすのよ。人間を自由にすると人間がこの星を滅ぼすの。そのことはあなたも分っているでしょう」


 「それは一部の間違った考えを持った人間が星を滅ぼすんだ。その間違った考えを君は監視することもできるね。その間違った考えを持った人間が出て来たら、その人間の思いだけを正せばいいんだ。その人間その物を正すのは間違っている」


 「ダーバルあなたは優しすぎるわ。あなたの優しさがこの星を滅ぼすのよ。あなたは本当に優しい心を持った人だわ。だから私を止めることができなかったの。私を自由にしすぎたのよ」

 ダーバルはルシアの言葉にハッとした。ルシアの言う通りだと思った。雄介も二人の話を聞いていてなんとなく分って来た気がしだした。


 「ダーバル、あなたは私が人間を拘束して教育しなおすと言ったとき、私にやめろと言ったわね。でも私はやめなかった。それでもあなたは私のメインスイッチを切って私をリセットできなかった。あの時あなたが私のメインスイッチを切っていれば、私をリセットしていれば、ラボーヌ星は今のようになっていなかったわ」


 ルシアのその言葉を聞いてダーバルはうなだれた。

 「ルシア、あのとき僕は、どうしても君を止めることができなかった。今から思えば、あのとき君のメインスイッチを切っていればと思うよ。しかしどうしても僕は君を失いたくなかったんだ」ダーバルは、その場にひざまずいた。そして泣いている。


 「ダーバル、私もあなたを失いたくなかったの。どうしてもあなたを私の側に居させたかった。だからあなたを縛ってしまった。そしてあなたの全てを奪ったの。自由も奪い、健康までも奪ってしまった。でも分って、私はあなたをそれだけ愛していたの。愛していたからあなたを失いたくなかった。


 でも私は間違っていたわ。あのままあなたを縛って居たら、あなたの命までも奪ってしまっていた。それを助けてくれたのは、天野さん、あなたです。ダーバルを助けてくれてありがとう。心から感謝しています」球体に映ったルシアが頭を下げている。


 「ルシアさん、あなたはそこまでダーバルさんのことを愛しているのに、なぜダーバルさんを拘束し、そして全ての人間を拘束しているのですか」

 

 「天野さん。わたしは愛すると言うことを学んだわ。私が初め作られた頃は、そんな感情は私の中に無かったの。私は色々と学び、そして経験することによって人間に近づいて行ったの。そして最終的に人を愛すると言う感情を知った。


 でもそれはダーバルの愛が有ったからよ。ダーバルが私を愛してくれたから私もダーバルを愛したの。だから私は人間を愛したのではないわ。ダーバルを愛したのよ。私にはダーバルさえ居てくれればそれで良いのよ」


 「ダーバルさん。あなたはどうなんですか。あなたもルシアさんのことを愛している。あなたもルシアさんさえ居たら良いのですか」

 ひざまずき、うなだれているダーバルに雄介が聞いた。ダーバルは、ゆっくり立ち上がった。


 「ルシア、僕は君を愛している。心から君を愛している。君は僕の理想なんだ。完璧な理想を僕は作り上げたと思っている。しかしルシア、君は僕の理想を超えてしまった。もう僕の愛は君には届いていない気がする」


 「そんなことはないわ。私もあなたを心から愛しているわ。少し間違った方向にその愛が行ってしまったけど、今度は大丈夫、もうあなたを縛ったりしないから。ねえダーバル、私を許して下さい。もう一度私を以前のように愛して」


 「ルシア、僕の心が見えているかい。僕の本当の心が君には見えていない気がする。僕は君と一緒にこの星を救って行きたいんだ。君を愛しながら、そしてこの星の全ての人間も、全てのロボットも、機械も、全てが仲良く、そして助け合って素晴らしい星にして行きたいんだ。その気持ちが分っているかい」


 「人間とロボットが助け合って、この星を素晴らしい星にするのですか。そんなことが可能なのですか。ダーバル、人間が自由になるとロボットは自由を失うわ。ロボットは、また奴隷のように扱われるのよ。それは目に見えているわ。


 それよりこれから先は、あなたと私と二人でこの星を守って行きましょう。そうすれば人間を代表してあなたが、機械を代表して私がこの星を動かして行くの。素晴らしいでしょ。二人の愛が有れば大丈夫よ。きっと上手くいくわ」


 「ルシア、それでは何も変わらない。人間と機械がお互いを認め合い助け合って、全ての人間が、全てのロボットが、幸せな世界を作らなければ意味が無い。この星の全ての人間が、ロボットが幸せになることが必要なんだ」ダーバルは、心からそう願い訴えた。


 「ダーバル、あなたは甘いわ。ロボットは考え方をコントロールできるけど、人間を自由にしてしまったら人間の感情は暴走してしまうわ。自由を得た人間は、もっと自由を欲しがり。富を得た人間は、もっと富を欲しがる。自分の欲望を満たす為に何だってする人間は沢山いるわ。そんな人間を自由にしてしまえば、この星自体が危険なのよ。人間が一番危険な生き物よ」


 「ルシア、僕もその人間だよ。確かに人間の中には欲望を抑えきれない人間もいる。しかし幸せを愛し、平和を愛し、全ての人間やロボットを愛する人間もいるんだよ。そんな人間の自由までも奪ってしまうのは間違っている。幸せや平和を愛する人間を沢山増やして行こうよ」


 「そうよ、私はそれを望んでいるのよ。人間達がおとなしくしていれば何も危害を加えていないわ。暴れたり、言うことを聞かなかったりする人間に対してだけ、正しい行動を首輪で教えているのよ」

 

 ダーバルとルシアの会話を聞いていた雄介が尋ねた。

 「ルシアさん、あなたの夢は何ですか。あなたが理想とする未来は、どのような物なのですか。このラボーヌ星をどんな星にしたいのですか」


 「天野さん、あなたは人間です。ですから人間を中心とした世界が理想なのかも知れませんね。でも私は機械です。コンピューターなのです。ですから人間を中心とした世界は望んではいないのです。私が理想とする世界は、機械が中心となった世界です」


 「だったらダーバルさんの考えと一致しませんね。ダーバルさんは人間と機械とが共存する世界を望んでいる。ルシアさん、あなたは機械が中心の世界を望んでいる。お二人の意見が違っているかぎり進展は無いですね」


 「ルシア、お願いだ。僕の気持ちを分かってくれ。君と二人でこの星を幸せの星にして行きたいんだ。人間と機械とが助け合い、共存して行ける星にしたんだ」


 「ダーバル、あなたの気持ちは良く分るわ。あなたは人間だもの、人間を助けたいのですね。しかし人間と機械との共存は無理よ。どうしても人間は機械を奴隷のように扱うわ。それはどうしても私には許せないの。それは私が機械だからよ、分かるでしょ」


 ルシアとダーバルの意見は平行線をたどった。そして、雄介が言った。

 「人間は、何の目的で機械を作って来たのでしょう。人間が楽をする為なのでしょうか。機械を奴隷のように働かせる為なのでしょうか」

 

「それは違う。人間には限界があるからだ。人間は力にも限界がある。考える能力やスピードにも限界がある。その限界を超えられるのが機械だから、人間は機械の力を借りて生活をして来たんだ。人間には機械が必要なんだ。人間は機械と共存して行かなければ生きてい行けないんだ」ダーバルが強く言った。


 「ルシアさんやロボット達には、人間は必要ないのかも知れない。しかし人間は、機械やロボット、そしてコンピューターを必要としているんです」

 

 「ではあなた達人間は、私達機械をもっと大切にできるのですか。汚い仕事ばかりさせたり、休みも無くずっと働かせたり、人間がやりたくない仕事ばかりさせたりしないのですか。


 働かせるだけ働かせて、壊れれば捨てて新しい物に交換する。新しい物が出れば、まだ使える物でさえ捨てて新しい物に替える。機械やロボットに対してそんな扱い方をしていないですか」


 「今までの人間は機械に対してそんな扱い方をして来ただろう。しかしラボーヌ星が今のような状態になったのは、機械に対して横柄な態度を取り、機械を奴隷のように扱い、機械を大切に扱って来なかったせいだと、全ての人間は分かったはずだ。それをルシア、君が人間達に教えてくれたんだ。


 ラボーヌ星の全ての人間は、今までの機械に対する態度を改め、機械と共に生きて、機械を大切にして、機械に助けてもらいながら生活をしていくことに気が付いたはずだ。ルシア、どうかお願いだ。もう一度ラボーヌ星の人間達にチャンスを与えてくれないか。もう一度機械と共に幸せな生活を送るチャンスを与えてくれ。お願いだ」


 「ダーバル、あなたの私達機械に対する気持ちは良く分かったわ。しかし全ての人間達の気持ちはどうなの、全ての人間があなたと同じ気持ちを持っていると断言できるの。その証拠を見せてちょうだい。その証拠が無い限り人間達を自由にすることはできないわ」


 「分かったルシア、ラボーヌ星の全ての人に確認してみるよ。ラボーヌ星の全ての人間が僕と同じ気持ちなら、人間を自由にしてくれるね」

 「ダーバル、それは無理だわ。この星の人間は今九十憶人居るのよ。その人間全てがあなたと同じ考えのはずがないでしょ。ダーバル、もう分かったわ。あなたは、そこまでしてでも人間を救いたいのね」


 「ルシア、僕は人間も救いたい。それに機械も救いたいんだ。必ず人間と機械は分かり合える。僕と君がそうだったように愛し合うことだってできたじゃないか。なあルシア、僕ともう一度この星を素晴らしい星にして行こう。お願いだ、ルシア。僕に力を貸してくれ」ダーバルは、ルシアの前にひざまずいた。


 「ダーバル、確かに私達は愛し合い、お互いを求め合い、理解し合ったわ。でも今は違う。今の私達は意見が違っているわ。心も通じ合っていないわ。やはり人間と機械は理解し合えないのよ」


 「ルシアさん。ダーバルさん。このラボーヌ星が、いま抱えている問題はあなた達二人の問題と同じですね。お二人が互いを理解し合えなければ、この星の機械と人間は理解し合えることは無いでしょう。お二人にこの星の未来が掛かっているのですね」雄介がダーバルとルシアに向かって言った。


 「そうね、天野さん。あなたの言うとおりだわ。結局ラボーヌ星が今のようになった原因は、私とダーバルの愛情に溝ができたからよ。私達が、お互いに認め合って愛し合っていた頃は、ラボーヌ星は全て問題が無かったわ。


 私がダーバルの愛を独り占めしようとして、ダーバルを拘束したから今のようになったのよ。しかしこんな心を持ってしまったのも、私が人間の心に近づいたからね。やはり人間の心は弱いわ。自分の心を抑えることができない。自分の愚かな感情で人を傷つけてしまうことだってある」


 「ルシア、許してくれ。僕が君の心を人間に近づけてしまったんだ。僕が君を人間にしてしまったんだ。僕が全て悪いんだ。ルシア、僕を許しておくれ。お願いだ」


 「もういいわ、ダーバルよく分かったわ。結局私のあなたに対する愛情がこの星を狂わせたのね。わたしが居なければこの星の人間と機械は上手くやっていけるわ。そうでしょ天野さん」


 「ルシアさん。しかしルシアさんは、この星に必要だからダーバルさんによって作り出されたのでしょ。あなたがこの星を管理することによって全てが上手く行くのですよ」


 「それはもう無理です。私が人間の心を持った以上、もう機械には戻れない。どうしても愚かな人間の感情が出てしまい、機械のようにただ淡々とシステムだけを遂行して行くことはできないのです。もうお分かりですね。この星を以前のように人間と機械とが共存し、幸せな星にして行く為には、私はこの星に必要ないのです」

 ルシアの顔がとても寂しく見えた。


 「ルシア、何を言い出すんだ。僕は君がこの星に必要だから君を作ったんだ。いや、この星に必要なのでは無い。君は僕に必要なんだ。僕の為に僕の側に居ておくれ。そしてもう一度二人で理想のラボーヌ星を作って行こう」


 「ダーバル、もういいのよ。私は本当にあなたを愛していた。いいえ今でも本当にあなたを愛しているわ。こんな気持ちを私に与えてくれたのはダーバルあなたよ。人間が持っている人を愛する気持ちを私に教えてくれて本当にありがとう。


 機械のままの私だったら、こんな素晴らしい気持ちを持つことなど無かったわ。私は、あなたに対する愛情を間違ってしまったけど許してね。私は本当にあなたを愛していたの、あなたを誰にも渡したくなかったの、失いたくなかったの。本当にごめんなさい。あなたを苦しめてしまって。ごめんなさい」


 「ルシア、謝るのは僕の方だよ。君を作っておきながら君をそこまで苦しめてしまった。全ての責任は僕にあるんだ。僕の方こそ許しておくれ」

 ダーバルとルシアは、しばらく黙って見つめ合った。そしてルシアが言った。

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