【パート6】一旦待機。

──新宿・裏路地の遊歩道沿い。


街灯に照らされた舗装道の脇、小さな公衆トイレへと早音女さおとめ 颯汰はやたが駆け込む。


「すんません、ちょっと行ってきますね!」


その背中を見送りながら、かなめ 浩介こうすけはベンチにもたれてスマホを取り出し、通話アプリに指を滑らせた。


「そこをなんとか……。今回の情報源、どうもあいつと同じタイプの人間みたいなんだよ。」


電話の相手は、新宿警察署刑事課・盗犯第一係の係長、篠塚しのづか 忠勝ただかつ


「あいつって……月視つきみか? あんなやつが、そうそういるかよ。ダメなもんはダメだ。」


うんざりした声の向こうでは、内線の呼び出し音が鳴っていた。


「ふーん。」


要は唇の端をゆるく持ち上げる。


「なんだよ。」


「新しい通訳人のマリアちゃんだっけ? かわいいよなぁ。」


── 一拍の沈黙。


「何が言いてぇんだ。」


「この前、食堂で仲良くランチしてたよなぁ。」


「あっ!」


ニヤリと笑う要が続ける。


「俺、明日交通課にも顔出す予定なんだよなぁ。庶務の菜摘ちゃんとこに。」


「ちょ、待て待て!! 余計なこと言うんじゃねぇ!」


「えぇ〜? なんのことだよ。菜摘ちゃん、世間話好きだしなぁ。」


──さらに間。


「……あれはただ、マリア──先生が食堂の場所が分からないって言うから……!」


「わかってるって、わかってますよぉ。モテる男は辛いなぁ。」


「この野郎……!」


「で、今夜。どうだ?」


電話の向こうから、短い舌打ちが聞こえた。


「……わかったよ、くそっ!」


篠塚が一方的に通話を切る。

要はスマホをしまいながら、わずかに肩をすくめた。


ちょうどそのとき、トイレの方から颯汰の足音が近づいてくる。


「すんません、お待たせしました! ……今、電話してました?」


「ああ。今夜の準備を少しな。」


「──行こうか。」


要は軽く言い、すっと立ち上がった。



──



現在・23時35分。

リサイクルショップ近くの裏路地。


「感謝してるよ、マジで。」


要が悪びれずに笑う。


「……本当に、先生とは何もねぇからな……くそっ。」


篠塚がハンドルを握りしめながらぶつぶつと呟く。


車の窓の外には、ビルの合間を縫って煌めく歌舞伎町のネオン。


(──さあ、始めるか。)


要は、静かに目を細めた。



──



車を停めた要と篠塚は、路地裏の暗がりに身を潜めた。


歌舞伎町の夜はにぎやかだが、このあたりは夜の店が少ないせいか、妙に静かだ。


篠塚が無線で手短に交信する。


「おもて口,OK」

「裏口も大丈夫です」

「窓,人が通れそうな大きさのものはありません」


「よし、一旦待機。」


到着したリサイクルショップは、ビルの4階から6階までを占める大型店舗。


そのビルを包囲するように、刑事課員9名に加え、機動捜査隊の覆面車両が数台。

さらに、地域の制服警察官も遠巻きに配置され、静かに包囲網が敷かれていた。


(文句ばかり言うくせに、やることはきっちりやる。)


──だから、信用できる。


「ったく、こんなガキの話を信じて張り込みなんてな……。」


篠塚がぼやく。


「そう言うなって。俺だって博打だとは思ってんだ。」


要は肩をすくめた。


だが、その目は、鋭い光を宿していた。


──こいつは、賭ける価値がある。


静寂の中──


颯汰は、イヤーマフを頭からそっと外すと、ひとつ息を深く吸い込み、ゆっくりと吐きながら、そっとまぶたを閉じた。


視覚を遮断すると、耳の奥がじわりと開いていくような感覚に包まれる。


すると、今まで壁の向こうにあったはずの音たちが、

一気に押し寄せてくる。


ビルの隙間をすり抜ける風、

空調の低い唸り、

電線に走るかすかな振動音、

遠くで猫がビニール袋を引っかく音──


──さあ、ここからだ。


リサイクルショップのビルへと意識を向ける。

すると、音の“解像度”が一気に上がり、

細かい粒が輪郭を持って、耳にくっきり届いてくる。


──そのとき。


カンッ。


硬質な、乾いた金属音。


その一音に、颯汰の全神経が跳ねた。


(……響きの角度と距離。4階──間違いない。)


「いた──!」


小さく、だが確信に満ちた声で呟き、要の方を振り返る。


「4階。階段上がって、たぶん左側に入ったとこ──3人いる!」


目を見開いた颯汰の言葉に、要は一瞬だけ息を止めた。


「篠塚!」


「──ほんとかよ……被疑者、すでに現場内に潜伏の可能性あり!」


篠塚が即座に無線で指示を出す。


2人は互いに無言のままアイコンタクトを交わすと──

静かに、しかし迷いなく動き出す。


ビルの暗がり。

──獲物が動き出す瞬間を、誰も逃さない。


冷たい夜風が、ジャケットの裾をはためかせた。


ネオンのきらめきの下、

夜が、動き始める。

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