弔い明けの夏
RIKO
第1話 肝だめし
夜の北校舎。
「この北校舎にも、もちろん霊はいるし」
玄関に立ったまま、ぎょっと後ろを振り返った3人の男女。その慌てた顔を見て、俺は盛大に笑ってやった。
「お、お、お前……誰だ!」
先頭にいるわりには、びびった様子の男子が、こちらに懐中電灯を向けてきた。見かけはひょろりとした優男だ。お前な、臆病なくせに女子の前だからって格好つけるなよ。
その女子のうちの一人は、いかにも気の強そうでお近づきにはなりたくない感じ。けれども、もう一人の方は、ちっちゃくて、震えた瞳が小リスみたいに可愛くて、俺の胸の奥を真っすぐに撃ち抜くタイプ。だから、俺はつい、こいつらに声をかけちまった。
実は俺 ―
時間は夜の9時をとうにまわっている。冷房の切れた北校舎には、昼間の猛暑が篭り、皆の制服にはべっとりと汗が滲みついていた。
「実は俺も心霊スポットにはすごく興味があってさ、ここって霊がいるって有名だろ?邪魔する気はなかったけれど、お前らがあんまりうるさいもんだから、つい口を出しちまった」
「あ……何だ。お前も肝だめしの生徒か……驚かすなよっ、本当の霊が出たのかと思った!」
馬っ鹿じゃねぇの。その幽霊が見たいから、お前らは、こんな曰くつきの北校舎に、こんな遅い時間に来たんじゃないのか。しかも、今年みたいな特別な年忌の年に。
ここで悲劇が起きたのは、32年前の夏。長期休みに入る少し前のことだった。給食室で出火、それが、プロパンガスに引火し、大爆発の末に校舎が炎上、多数の生徒と、教師が焼死したのだ。
校舎から運び出された犠牲者たちは、見るも無残に焼けただれていた。中には男女の区別もつかないほどの遺体もあった。変わり果てた姿に、人々は目を覆い、号泣し、若すぎる高校生たちの死を
百か日、一周忌、三回忌 ――
けれども、時が過ぎ、校舎も建て替えられ、彼らを直接に知る者もいなくなった。物にはどこかで区切りをつけなければならない。浮かばれない魂もこれまでの法要でもう成仏しているだろう。というわけで、今年の夏の三十三回忌をもって、火災事故の被害者の法要は最後とし、それ以降は、学校では行われないことが告知された。
それを『
……が、
『焼け死んだ生徒たちの幽霊が、北校舎に出るんだって』
『夜になると、誰もいない音楽室から、ピアノを弾く音が聞こえてくるんだって』
『その時に、グランドピアノの後ろの大鏡に焼けただれた霊の姿が映るらしいよ』
ここ数年、そんな噂が立ち始め、夏休みのイベントのように北校舎で、生徒たちの肝だめしが行われるようになってしまった。それが、成仏しかけていた霊たちの魂をまた、この世に呼び寄せてしまうことも知らずに。
あ~あ、こいつらのせいで、これまでの法要の効果は全部、おじゃんだ。
― 今年の北校舎はおぞましすぎる。”弔い明げ”を告げられて、忘れ去られる運命の亡霊たちが、こぞって友を間引きに来てるから ―
ふぅと一つため息をついてから、俺は声をかけた男子生徒に尋ねてみた。
「……で、肝だめしってどうやんの?」
「え、お前って、そんなことも知らないで、ここに来てんの」
「お前じゃないよ。俺の名前は榊隼人、ここの3年生だ」
俺と一緒に歩きだした男子は、
肝だめしのルールはしごく簡単だった。参加者は玄関から一階の廊下を通って、最終的には、二階にある音楽室に向かう。そして、音楽室のグランドピアノのキーを一つ鳴らす。その後にピアノの後ろの大鏡を携帯で撮影して、『肝試し委員会』にその画像を送信すれば、このゲームは終了だそうだ。しかし、こんな遊びのために『肝試し委員会』なんてものまで作ってやがる。そんな罰当たりなことをするから、霊がいつまでも浄化されないんだ。
「けど、どうして音楽室がゴールなんだ?」
俺の後ろにくっついてきた、たまえがその質問に答えた。
「昔の火事で、ガス爆発のあった給食室の上にあったのが音楽室で、そこの被害が一番、酷かったんだって。……でね、肝だめしのメンバーが、グランドピアノの後ろの大鏡を撮影した携帯の写真に、おかしなモノが写っていたらしいの。ぼうっとだけど、白い制服のシャツを着て、顔の部分がぐちゃぐちゃで……それって、多分、火事で死んだ生徒の霊だよ。それに、誰もいない音楽室からピアノの音が流れてきたのを聞いた子もいるんだって」
俺の耳元に顔を近づけ、たまえは、こそりと小声でつぶやく。
「撮った写真にそんな姿が写ってたら、SNSでもバズりそうだと思わない? でも、ね、本当は私すごく怖かったの。榊くんって、すごく頼りになりそう……かっこいいし。一緒に来てくれて良かった。実は、男子が東だけだと、かなり心細かったんだ」
はにかみ顔と、怖いもの見たさの好奇心。それなのに、見てしまうことへの不安に揺れる彼女の黒い瞳。ヤバいなと思いながらも、俺はやっぱり、それに魅かれてしまっていた。
「心配しなくても大丈夫だ。だから、君は俺のそばを絶対に離れないで」
すると、たまえは、にこりと微笑んで、俺の手にそっと手を伸ばしてきた。
そうこうしているうちに、俺たちは職員室の前にたどり着いた。
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