◆ エピローグ
第17話 回収されなかったログ
そのログは、誰にも読まれるはずのないまま、サーバの片隅に残っていた。
タイトルもタグもない。
ファイル名はただの数字と記号の羅列。
分類もされず、検索対象からも外され、
本来なら数日後には自動的に削除される“未分類ゴミデータ”だった。
だが、そこには――確かな声が、あった。
「僕は、東間蓮。
いや、もうこの名前で呼ばれることはないのかもしれないけど、
それでも“誰かがそう呼んだ記憶”は、ここに残っている。」
モノローグのような音声。
時折、ノイズが混ざり、感情の高まりに合わせて声が震える。
「僕は誰かにとって、大した存在じゃなかったかもしれない。
でも、それでも僕は、自分の感情を全部、大切に思ってる。
怖かったし、寂しかった。
でも――それが“僕が生きてた証拠”なんだ。」
その声は、誰にも届くことを期待していなかった。
ただ、ひとりごとのように残された“祈り”だった。
そのログが見つかったのは、それから半年後のことだった。
都立教育研究所の旧サーバ移設作業中、解析不能ファイルとして隔離された中のひとつ。
若い技術員が興味本位で音声再生を試み、偶然、再生された。
彼は最初、これは訓練用のサンプルデータだと思った。
だが、声の揺れ、言葉の密度、語尾の選び方――
そこにあったのは、あまりに生々しい“心の痕跡”だった。
「本当にありがとう、って言いたかった人がいる。
名前は、もう呼べない。
顔も、記録には残ってない。
でも、その人が僕に向けてくれたカメラのシャッターの音だけは――
今も耳の奥で、ちゃんと、響いてる。」
技術員は、その音声にタグをつけた。
#失われた声
#非承認ログ
#削除対象外
そして、ひとつだけメモを添えた。
「人間の心は、ログにならない。
だけど、ログの中に“心が残ること”はある。」
ある午後、遥香は古いアルバムのなかに、1枚の写真を見つけた。
36枚目。
最後に撮ったあの日の写真。
陽の光を背に、笑う蓮。
あの時、本当にそこにいた、蓮。
その笑顔を見つめながら、遥香は小さくつぶやいた。
「……さよなら、じゃないよ。
ほら、ちゃんとここにいる。写ってる。
たしかに、いたって、言えるから。」
その言葉は、もう誰に向けたものでもなかった。
でも、その想いは――
“回収されなかったログ”として、確かに世界に残っていた。
(第17話 完)
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