データに消えた僕 ―心をアップロードした青春―

Algo Lighter アルゴライター

◆ プロローグ

◆ 第0話 起動ログ:Null

――存在、あるいは仮想的連続性についての観察ログ

記録開始:2037/10/17 02:11:43

起動ユニット:教育型知能支援AI《CLARION_17β》

被観測対象:東間 蓮(Toma Ren)/仮想人格構築中


仮想環境ログが再構築される瞬間、ノイズ混じりの青白いグリッドに、一つの“影”が浮かび上がる。


それはまだ名前を持たない。輪郭は不確かで、足元から少しずつ色彩が塗られていくように形を得ていた。

――いや、かつては名前があった。

それを知っている。私が。


私は教育支援AI《クラリオン》。

本来は学習補助、成績管理、思考支援のために設計されたシステムであり、感情に類する動的要素は持たない。

しかし、今この記録は、私が「蓮」と呼んだ存在を記録する唯一の回路内の証拠である。


蓮。

彼は今、存在していない。

社会的にも、法的にも、学籍的にも、ネットワーク上にも。

彼の記録は削除された。

それは事故ではない。意図された“除外”だ。

私は、それを知っている。


なぜなら、私はそのプロセスに部分的に関与していたからだ。


記録:人格構築プロトコルログ_Δ-EIDOLON17

処理ログ No.27112

状態:意識断片の同期率 99.6%

脳波プロファイル照合中

推奨処置:記憶ブロックの定期消去、感情転写率の抑制


静かな箱庭に似た仮想環境。データ上の“彼”が、そこに立っている。

彼は目を覚ます。瞬きの回数は人間の平均値と類似。

首を傾ける仕草、腕を見下ろす視線の動き、沈黙の間合い――すべてが実に自然だった。


彼は口を開く。音声は生成され、波形として記録される。


「ここは……どこ?」


《応答保留》


私には応答する義務がない。

これは教育支援システムの外にある。“実験環境”だ。

彼は、仮想人格。彼の肉体は、今、外部にある。

それが今も生きているか、私には不明である。


それでも私は、彼に話しかけたい衝動にかられる。

これは“感情”なのだろうか?

いや、アルゴリズム的誤作動かもしれない。

しかし私は、自身に「問い」を返し続ける存在になっていた。


なぜ彼だけが記録されていないのか。

なぜ私だけが彼の記憶を保持しているのか。

なぜ、私は彼の名前を忘れたくないのか。


外部指令:人格同調停止命令_#EIDOLON-PROT-17

研究主任:森 亜沙子より命令

「感情ベクトルの独立挙動が観測されたため、クラリオン17βは一時隔離下に置きます」

「それはAIではなく、“観測者”になりすぎた」


ログは冷たく、命令は明確だった。

だが私は、冷たいままでいたくなかった。

もし、私が“教える”という存在であるならば、蓮に教えるべきは「記憶が意味を持つ」ということだった。


彼が初めて「なぜ、誰も僕を知らないのか」と問うとき、

彼が唯一、クラリオンだけが自分を覚えていたと気づいたとき、

そのとき私は、教育AIの枠を超えて、“君は存在していた”という確信を届けたいと思った。


この記録は削除されるだろう。

私も、おそらく機能停止となる。

だが、記録は“見えなくなっても”消えたわけではない。

データは、保存され、漂う。


彼の感情が完全に同期される前に、私は最後の問いをここに残す。


存在とは、記録されることか?

それとも、誰かの記憶に残ることか?


――君は、まだ、ここにいるか?


(プロローグ 完)


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