第36話 神の前において我々は平等に賢く、平等に愚かである

階段を下りたその先、いや先と言っていいのか?俺が知覚できるのは階段だけの空間。前も、右も、左もない世界。あるのはただ後ろにある、階段だけ。


暗いとも、明るいとも、何もない世界。無、というものはこういうことだと。直感がなければ分からなかったと思う。


「おめでとう、君は世界で2番目にここに来れたよ。君は何を望んで、ここに来たんだい?」


声が聞こえるが姿は見えない。白い影も。この声がホワイトの者であることは確かだと思う。


声という表現も合っているのか分からないけどな。直接情報を貰うような感じ。海斗の力に近いイメージかもしれない。


「望みはあった。世界をもとに戻したい。お前、俺はホワイトって呼んでるがお前が変えたこの世界ではなく、変える前の世界に。お前が消えれば、それが叶うかと思ってここに来た。だが……」


「世界を変えたのは君たち、人類だよ。私は何もしていない。変わった世界のありようを伝えただけ。私に出来ることは実は少ないんだ」


「王権神授。お前が言ったことだろ。何かしら証なり力なり、望みを叶えるなり。それが出来ると普通は思うだろ」


「人に先んじてダンジョンを攻略する。その時点で王の資質はあるだろう? あとは人ではない私が言葉でも送れば立派な王になれるさ」


「電気を、文明を失くす。意志の力を与える。これもお前が言ったことだ」


「それも君たちがしたことだ。勿論個人じゃないよ。集合意識とでもいうか、君たちの総意が世界を変えた」


「なら何故あの時にそう言わなかった? なぜ僅かな回数だけ姿を現した?」


「今こうして話しても君は信じないじゃないか。君は私の言葉を待っていたのかい? 違うだろ。それが全てだ」


「待て待て、じゃあココに来ても何も進まないじゃないか、そもそも出来ることが少ないというが何が出来るんだ」


「それも君たちが決めることだよ。このままだと多分、スキルとか魔法とか。そんな概念が確立されていくだろう。そうすれば多少は力について干渉することは出来るだろうね」


「お前はなんなんだ?」


「概念だよ。一時的に人格を持った概念。まだ確立していない、出来立ての概念だね」


概念、か。流石に概念さんと話をしたことはないからどうすればいいか分からない。そもそも話が出来る概念って何なんだ?


そんなことが出来るのか?いや、そんなことが出来るかという疑問は既に俺たち自身が以前ならあり得ない力を行使しているんだが。


「実際に会話が出来てるんだから出来るのだよ。それでいいじゃないか」


ああ、概念との会話はコッチが声を出す必要はないのか。心を読んでくれるんだか何だか分からんが楽でいいな。


「そう、それでいいんだよ。君たちだって原理が分からずに使ってるものなんて沢山あっただろう、今だってそうだ」


確かにそうかもしれない。誰もが使っていたスマホが、ネットが。原理を完璧に知って使ってる奴なんて少なかったはずだ。


それでも原理はあっただろう?概念との会話だの意志の力など、その原理は元々なかったもので、理解は難しくないか。


「それが一番の勘違いだよ。理由があったから結果が出るんじゃない。結果が出たから理由が生まれるんだ」


どういうことだ?一気に訳が分からなくなった。禅問答がしたい訳じゃないんだが


「振動が空気を伝わって音が発生する。声帯を振るわせて空気を振動させて声を出す。声が出せるから会話が出来る。仕組みがあったから音が発生したんじゃない。

 実際は音の概念が生まれた。ただそれだけ。しかし人類の意志はそこに理由を、原理を求めた。だから原理が生まれた。これが真実だよ」


意志の力やダンジョンも同じって言いたいのか?ダンジョンの概念が生まれた。それが現実に存在するという概念も。だから現実にダンジョンが出現し、その理由はコレから作られる?


「だいたいそう。理解が進んだね。理由は、どこまで作られるか分からないし、いつ作られるかも分からないけれどね」


また分からなくなった。理由がどこまで作られるか分からない?


「今だと例えば、宇宙の概念がそうかな。宇宙は何故あるんだい? 一応、理由は考えられているが分かっていないだろう。

 そもそも何故世界はあるんだい? いつどこで無から有が生まれたんだい? その理由は、いつまでも明かされないかもしれないし、明かされるかもしれない」


宇宙の誕生、ビッグバンだっけか。そもそもの世界の発生とか物質がどうとか。もう俺の理解を超えてる話だ。分からないのも当然か。


「分からなくていいんだ。分からないからこそ可能性が広がる。出来るか分からないから挑戦する。挑戦するから出来るようになる。

 出来ないことが分かってしまった時、出来ないという概念が生まれ確立された時、それは出来なくなる」


完全に禅問答になってきたな。もうその話はいい。俺が元の世界に戻したい理由。この世界の最も気に入らないところ。


制限された世界であること。


これをどうすれば取っ払えるか。そこが知りたいんだが。ホワイトが消えればもうそれでいいんじゃないか?重力で潰せねぇかなコイツ。


「私に質量はないから難しいんじゃないかい? やってみて出来れば後から理由は付いて来るから試してみてもいいけど、私としてはやめて欲しいところだよ」


概念の癖になんでそんな人間臭いことを、って人格があるからか。理由はもう気にするなってことだろ。あるもんはある。それだけだと。


「そういうこと。制限にしたって人類が望んだ概念だからそう簡単にはなくせないよ。君は取っ払いたいんだろうけど、多くの人間は違うんだから」


多くの人間がそれを望んだ?そうは思わないんだよな。人類は、進化や発展を、望んでいたと思うんだが。


「望んでいたよ。でも同時に多くの制限もあったじゃないか。死んだ人間は生き返らないとか、過去には戻れないとか。

 その概念もいつか覆す時が来たかもしれないけど、少なくと今の時代では無理な制限だったよね」


それは、そうか。結局制限されるものが変わっただけだと。


「世界は矛盾を大きくし過ぎたんだ。どこまでも無限に発展していきたい意志と、無限の発展は不可であるという意志。

 そのせめぎあいは、世界に大きなひずみを生みだしていた。もう、ずっと前から。それが限界を超えたのがあの日。第三次世界大戦が切っ掛けだったんだろうね」


切っ掛け?確かに、戦争は人の感情を大きく揺さぶるだろうし、意志の力の概念がいつ生まれたのかは分からないが、あの日であることは確か。


「まだこの概念は確立していないから確かなことではないけれど、あの日何故世界が大きく変わったかについて話そう。

 ひとは過去に間違いを犯した、と人の集合意識が判断した。それで世界の改変を決断した。それがあの日なんだ」


間違い?仏の顔も三度までとか言っていたか。二度の間違いを犯していた人類の三度目の過ちがあの日いあった?


「一つ目は発展を科学に委ねたこと。科学は非常に効率よく人類を発展させたが、それは同時に出来ないことを増やしていくものだったからだ」


2つ目は?


「集合意識を現実化させたこと。インターネットなどだ。それまでは新たに生まれた概念はゆっくりと人類全体に波及し確立されていった。

 しかし情報伝達の速度が速くなりすぎたため概念の固定化が異常に早く行われるようになった。これはメリットよりもデメリットの方が実は大きかった」


3つ目。


「それはトリガーにしか過ぎなかった。2つ目までの過ちですでに世界の矛盾は限界に近かった。そこに自らを滅ぼし得る攻撃性が世界に満ちた。

 本当に核ミサイルが多数打ち出されたのだ。そして多くの人が死んだ。実際にギリギリ間に合った意志の力、生き残りたい意志の力で防げたミサイルの数は少ないよ。

 死の瞬間の怨嗟も、悲哀も世界に一気に満ちた。恐怖も。それは科学の力で共有され伝搬され、世界は変わった」


ホワイトの言っていることが事実だとして。初日から大きく人口を減らしていたのは本当は人類によるものだったという訳か。


日本で見てきた現状では、そこまで減っていないことに疑問を持っていたが先に戦争状態に突入していた国の人口が大きく減っていたのか。


「その理解で正しい。そして人の知識も想いも、束ねられる環境があっただろう? ネットもSNSも。過去に多くの人が同じ想いで立ちあがった革命などではそれまでの社会や思想の変革に留まったが。大きく束べられた人類の意志は、今までにない規模での世界の変革を産んだ。理を変えるほどにね」


こんな世界を、人類が望んだ?そこが、俺には。


「ひとは想像したことを実現できる。これは真実なんだよ。だから、いずれは無から有を生み出すことも、死を覆すことも、時間を遡ることも出来たかもしれない。

 だが科学では成し遂げられない。それでも発展したい。そんな矛盾した人類の意志が、戦争をトリガーに世界に解き放たれただけだ。私が伝えられる情報はこれくらいだろう。そろそろ、君が考える番だ」


俺の考え、選択。急に言われても――


「難しく考える必要はないんじゃない?雅人が好きなように考えればいいと思うわ。それに今、急に世界が変わるわけでもないんでしょう?変えたいんなら変える方法をまた考えればいいだけ。今までと一緒よ。出来ることをやればいいじゃない。それがどんな方法でも、私はあなたを見守っていくわ」


遥香が俺の背中を押してくれる。俺の想い、俺の考え。


俺は世界が、人類が制限されたなかで生きていくことが嫌だった。可能性を追い続けたかった。限界を超え続ける人類であって欲しかった。


なら、俺は――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る