第34話 越えさせる意志
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「一体どういうことだ。なぜ押されている? 数も質も。こちらが上のはずだ。それで何故」
「士気、だと思います。僕のところに届く意思が、混乱と恐怖とに変わってしまっています」
「確かに士気が下がれば瓦解に繋がることは過去の戦いでもいくらでもある。しかし、実戦経験が少ないとは言え自衛隊として覚悟を持っていたのは我々だ。
向こうは元は一般人だったものも多いはず。戦時において士気に差が出るとは考えにくいが」
地上では砲撃から始まったが。江戸城へ殺到する教団と、それを防ぐ軍という図式に変わって数時間が経っていた。
直接の戦闘になってからも初めは竹田の言う通り質も数も上回っていた軍側が優勢であった。しかしある時を境にその潮目が変わった。
教団側の自爆特攻である。
被害状況は伝わってくる。戦線が押し込まれていることも分かる。だが伝達される意思は混乱を極めており現場の詳細までは分からない。
自爆特攻などという戦術を竹田が想定していないこともあるが、現場でその恐怖に相対する兵士にとってもそれは理解を超えるもので。
なかには冷静に海斗へと、本部へと情報を伝えようと試みるものもいたが、大多数の恐怖と混乱の前にその意思は混濁し、結果として地上の戦局は教団側に傾いてきていたのだ。
それでも数で上回っているのなら、自爆によって教団も数を減らしている以上、数字の上では不利とはならない。
しかし、それが洗脳なのか信仰なのかは不明だが、初めから死ぬことすら前提に、数を減らすことを前提に戦っている教団の士気は変わらない。
生きて帰るつもりの軍側はその数を減らすごとに士気は低下していく。
分かりやすく全軍の3割が死傷したとして。一般に全滅と言われるラインのその被害は、教団にとっては想定内であり全滅には程遠く。軍にとっては正しく全滅に等しい被害となってしまうのだから。
違う土俵で戦っているということに、この時の竹田はまだ気づけていなかった。
「もともと特攻につかう、弾薬のようにカウントしていた一般信者だ。砲撃による被害もあったがソレは弾薬を減らしたというだけにすぎんよ。
未だに戦争のつもりでいる奴らを押し込め。ダンジョンを制圧することこそが勝利条件だ。その後のことなどすべて後回しで良い」
教団の地上部隊司令官をしてこの発言なのだ。完全に違うルールで戦っていたのだ。
軍側は仮に教団を魔物に近しい存在として扱っていたとしても。この戦いのあとの社会秩序を守るために自らの全滅を避けて戦うことになる。
たいして教団は幹部さえ、いや一人の存在がダンジョン深部にて王権神授すればそれで勝ちとしているのだ。
軍側が準備を整えていたこの期間に、教団側は教団側で準備をしていたのだ。ダンジョン攻略のための準備を。
王となる者を決めるため、さながらコンクラーベのように意思を統一し、そして今は幹部であっても王のために命を投げ出せるほどの意思統一が図られていた。
それを一週間で成し遂げたのは、彼らの結束力か、それとも何か他の力が働いたのかは不明であるが、結果は、人類にとって不幸を呼ぶものであった。
「救護所が稼働しません。ココに連れて来られる人自体が、いないんです。私が前線で直接!」
狂気をはらんだ教団の攻勢は前線を瓦解させ、本来定められていた救護のラインも崩れていた。ここで回復がスムーズにいけば恐慌も抑えられたかもしれなかったが。
治癒の力を持つものがいることを教団は掴んでおり、けが人を搬送する役目の者から標的にされてしまったのだ。
教団側にも意思伝達系の力を持つものがおり、それが浅井の部隊にもいたためにその時の戦闘の情報が伝わってしまったこと。
雫の力はほとんど発揮されることがない状況だった。
そしてそれは、回復できると思われていた分、倒れ伏していく仲間たちを見ての恐慌を増してしまう結果にすらなっていた。
少しでも事態の改善を。倒れているものの治癒を、と雫は願うのだが。
「それは、許可できん。それに指揮権はこれから来る別の者に引き継ぐ。前線に出るのは私が先だ。私が出ればまだ可能性はある。
私の力は、本来前線でこそ使えるものだ。高杉君がいたからこそこの形を取っていたが、こうなってはな」
「ではそれを伝えるわけですね。少しでも士気が戻れば、或いは、ですか」
「待って下さい、江戸城が――」
「―なんだ、あれは……」
海斗の声掛けに竹田も振り向くと。
江戸城を包む不思議な青き光りが、広がっていく――
狂気と恐慌に満ちた戦場に差し込む光はやがて戦場全体を包み込み。その意味に気付くものが現れる。
「雫さん、願って! その場にいなくてもいい、見えなくてもいい。傷つき倒れるものへの救いを、願って」
「願ってます! でも!」
「そうかもね。願うんじゃないかもしれない。信じてみようよ。変なことに巻き込まれてさ、どちらかというと控えめな僕らには辛かったじゃない?
でもさ、乗り越えてきたじゃん? いつだって困難を乗り越えさせてくれた人がいたじゃない? その人が言ってたことをさ。信じてみてよ」
海斗の、この状況にあってどこかのんびりとした、それでいてスッと入ってくる言葉を受けて、雫は思う。
確かにこの2ヶ月ほど。これまで生きてきた中で、時間としては短くても、濃密な時間を過ごしてきたと。今までの自分では想像も出来ないような、突飛な経験だと、改めて思い返すとそう思う。
それでも、今までなら逃げ出していたような状況でも。戦ってこれたのは、まるで導いてくれるかのように、自らを高めてくれる存在がいたからかもしれないと、思う。
そして、その存在を感じる青き光りに。戦場に広がる青き光りに自らの意志を乗せ、戦場に届けようと、願う。
すべての人達が、癒されるようにと。傷つくもののいない世界を、願う。
青き光りは輝きを増し、青さを失う代わりに純粋な光の輝きが戦場を包む。その光は戦場でありながらそこにいる者たちの視界を奪うほどで―
輝きの収まりととともに取り戻した視界には、先ほどまで倒れ伏していたものたちが立ち上がる姿が映っていた。
「あ、あれ? 俺は、確か――」
「生きてる? 立てる? どういうことだ、何処も痛くない?」
立ち上がる者たちの困惑と、それに狂喜する同僚と。
先ほどまで狂気と恐慌が支配していた戦場は、狂喜と慈愛に包まれていた。
奇跡に沸き立つ戦場の空気は一変し、先ほどまで地に落ちていた士気は天に昇るほど高くなり。
「今だ! 我々には奇跡が訪れた。敵も戦意を失っているものが多い。そこは無視しろ。敵本部の制圧に向かうぞ。喜ぶのは後だ。各自、任務に戻れ」
「了解ですっ!」
すかさずその意思を束ね全軍に波及させる。竹田が束ねた意思だけでなく、海斗による意思のネットワークは全軍を繋ぎ、軍は一つの群体のように完璧な連携を取り勢いを取り戻す。
そして雫の治癒は教団側にも及んだが。それによって立ち上がったものは武器を落とし手を上げて投降の意思を示す。
洗脳されていた者たちは正気を取り戻すことが出来たのだ。
「何が起こったのだ? おい、お前ら何をしておる。戦え、江戸城に突入した我らが王の成果を待てば勝てるのだぞ? 何を呆けてるんだ。王の帰還を――」
「我らの神は結局、争いを喚起するだけではないですか! 今の光は、敵味方関係なく戦場から救った奇跡の光。私たちが真に信仰すべきはあの」
戦場を包んだ奇跡の光、癒しの光は教団の一般教徒の心にも影響を与えていた。神の啓示は一部しか受けていない。幹部から聞いただけの信者にとっては目の前の光景の方がよほど奇跡的に映るのも仕方ないことだろう。
「黙れ! わけのわからん光などという手品に騙されるなっ! 神は姿を現したのだぞ? それを疑うな。啓示を受けた我々には使徒としての――」
「もう、やめようよ。あなたたちは引き返せないのかもしれないけど。この人たちは違うんだからさ。だから、悪いけど――」
その言葉を教団幹部、地上部隊の司令官は最後まで聞くことは出来なかった。
海斗が振り下ろした大剣の一撃で身体を分かたれたソレは、魔物化することもなく左右へと倒れる。
指揮官が倒れたことと雫の治癒により、教団の地上部隊は指揮と士気を失い一気に瓦解を始める。
まだ多少は幹部が残っているのかもしれないが、それも時間の問題で本部まで制圧されるだろう。
地上での戦いは決着した。後は。
(最上さん、助かりました。そちらも、ご武運を)
人の争いの決着は、もうすぐ――
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「なんだ? 今の凄まじい力。我らが神の使徒、その中の王たる儂ですら、脅威を感じるだと?こうなれば急いだほうが良いか。お前ら、盟約に従い儂は先に進む。足止めをしておけ」
「かしこまりました王よ」
「まちなさ―」
「いい。どうせ同じことになると思うぜ。ここを降りれば戦いになる。そこで勝つ。やることは変わらないからな」
地上は、大丈夫だろう。海斗も雫もいる。信じてるぜ。
こっちは、俺の仕事だ。
「降りれると思っているのですか? こちらは4人。後ろのお仲間はこちらの増援にかかりっきりの様ですが?」
「八百万の神よ」
一瞥すらせずに力を発動させる。
「うおっ!?グっ、何故?」
まだ喋れるか。地に伏せた4体の異形を見て更に力を籠める。抜け殻に用はないんだ。
後方ではまだ突入部隊と教団の争いが続いているが、力を増した突入部隊が優勢で問題は無さそうだ。
なら俺は先に進もう。その意志は既にこの場の全員に伝わっているはずだ。
「ここからは俺の仕事だ。なんとなくわかる。遥香はここで―」
「行くわ。雅人がなんと言おうと関係ないわ。私は、見届けると。見守り続けると決めているの。だから、行くわ」
「そうか。じゃあ、行こう」
直感は、二人でといっていた。残って欲しいと思ったのは、俺のエゴ。遥香も来ると言うなら、行こう。
この先と、その先へ。二人で――
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