第10話 挫折を経験したことが無い者は、新しい事に挑戦したことが無い者だ



遥香に言われ道の先を見るとイノシシか?生物がいる。ただしデカい。そして赤い。黒狼が大型犬程度だったがアレは猛獣クラスじゃないか?


遠目ではっきりとは分からないが動物園で見たトラとかライオンくらいのサイズ感だ。しかもイノシシ的な短足な分、ずっしりとしており質量を感じる敵だ。


仮称、赤猪。黒狼とどっちが強いか分からないが今回は距離がある状態での接敵だ。運が良かった、と考えよう。


「海斗、準備を頼む。それと遥香、雫はスリングの準備。初の実戦だが落ち着いて行けよ。外したら海斗が抑えにいるからな」


「中継ぎだってば。抑えは最上さんに頼みたいな。僕はその位置が落ち着くんだよね」


一週間の成果の一つであるスリングだ。簡単に作れる割に威力は結構えぐい。なので作り方の詳細は伏せておくが。


女性でも草野球のピッチャー程度の速度は普通に出せる。それを石で行えば殺傷力を持つ攻撃手段になる。しかも二人はそこらの男以上の身体能力持ちである。


「落ち着いて、振って。それっ!」「私もいきます!はいっ!」


遥香、ギリストライク、足に命中だ。雫のは外れるが……寧ろ威力は雫の方が教えてくれたな。赤猪後方のブロック壁に穴開けてるぞ?


「次は僕だね。僕は慣れてないスリングより、普通に投げるよ。……シッ!」


海斗、ど真ん中ストライク。頭にもろに命中。赤猪はふらついてしまいこちらに近づくことが出来ない。チャンスだな。


俺もスリングを構え頭上で回転を始める。遥香、雫の2投目と併せて3つの石が赤猪を襲う。海斗も続く。


外れることもあったが適宜命中していく石の連打に赤猪はその力を発揮することが出来ずにやがて地に伏していく。


俺と海斗が近づき止めを刺すことになったが反撃はない。ぶっ叩くだけだったので海斗の釘バットと、俺はバールのようなもので対応。


投石と殴打武器での戦闘だったが危なげなく勝利だったな。


「外じゃ油断は出来ないが準備は活かせてるようだな。提案者としてはホッとしてるってとこだ」


「スリングって便利ね。私たちが戦闘で貢献できるとは思ってなかったわ。フットサル仕込みの足技で!とはいかなかったけど」


「私も、多少は役に立てましたかね?結構、外しちゃってましたけど。もっと練習ですね!」


「みんなはスリング使ってるけど僕はまんま投石なんだよね。武器も見た目こん棒だしさ。まるでアインシュタインの言葉まんまじゃん」


第三次世界大戦は分からないが第四次世界大戦はこん棒と投石で戦うことになるだろう、だったか?


まぁ、その、なんだ。海斗は確かにそのまんまだし多少ショックを受けるのは分かるが。それでもスリングやらスコップやらはある程度は文明的と言ってもいいんじゃないか?


もっとも、第三次世界大戦の終わり方は、流石のアインシュタインも予見できなかっただろうがな。


核が本当に使われたのかは分からないが、今俺たちが苦しんでいるのは核などの大量破壊兵器による文明破壊ではなく、超常の力による文明の消失と制限なのだから。


「さ、暗くなる前に帰るためにも急ぐわよ。ここから旧駅まではもうすぐよ。それに、見る限り赤反応はないわ」


そうだな、実際にダンジョンがあるのかどうか。あるとしてどのようなものなのかは確認しておきたい。多少の探索も出来れば、だな。


「私、自分はこういう非常時には一般人Aとして避難所にいるタイプだと思ってました。まさかダンジョンの探索するなんて。しかも、もしかしたら一番乗り?想像もしてなかったけど、皆さんとなら、大丈夫です。いきましょう!」


意外とアグレッシブな女性陣だ。戦闘への参加による精神の高揚、って感じでもないな。遥香は元々あんな感じだったし、雫も一週間で結構慣れたんだろう。


特にある意味でこの一週間で一番、血を見たのも彼女なわけで。俺は痛みに慣れるためにも役立ったしな雫の力の検証。


さあ、ダンジョンに向かおう。この気持ちは極限状態による精神のなにかなのだろうか?それについては全員で話し合いも行ったが。


多分、普通の感情であろうと判断している。よくパニック映画なんかで無駄にアグレッシブに行動して命を落とす役がいるから皆で話したんだ。


でも動かない方がいいってのは、救助が見込まれていたり、少なくとも現実の常識が通用する場合の見方だろ?


今この状態から動かずにじっとしていれば、待っているのは緩慢な破滅だと思うんだ。


生存圏が確保された世界の常識は通用しない。実際にほんの何百年か遡るだけで。命を懸けて生存圏の拡大に挑戦する人類に出会えるのだから。


その時に、当時の人類が開拓に向かう人々をどう思っていたのか、俺は知らない。もしかしたら、村に居れば生活できるのに、と。わざわざ危険を冒して生存圏を広げようとするフロンティアスピリッツはバカにされていたのかもしれない。


それでも、先人たちの流した血が無駄ではなかったことは歴史が証明している。少なくとも俺は、未知の領域へ立ち向かい人類の生活圏を広げた開拓者たちや、大海原を冒険した大航海時代の船乗りたちにリスペクトを持っている。それは失敗し、多くの屍を作ったこともあっただろう、それでも、新しいことに挑戦する精神を失った時、人は緩やかに絶滅へと向かうのだと思っている。しかも今は、黙っていれば絶滅してもおかしくない、神話の世界なのだから。


それに俺たちだってただ無駄にダンジョンを探索するつもりは全くない。ちゃんとその先の計画もある。


それが上手くいくかどうかは分からないし、そもそもダンジョンにきちんとした報酬があるのかも不明だけど。


あの白いのを信じるのは癪だが、自分でわざわざ面倒なルールを作る奴だ。理不尽なルール設定はあるかもしれないが理不尽なルール違反はしないだろう。


信じるしかないってのもあるがな。


そんなことを考えているうちに以前は駅であったその場所が目に入る位置まで迫ってきていた。


そこにあった建物は別にその姿を変えることはなく駅として存在していたが、遥香のような力を持っていなくてもはっきりと異様さ感じることができた。


「真っ赤、だけど。肉眼で見える範囲になったけど魔物であふれかえってるって訳じゃないのね。寧ろ、魔物は見当たらないわね。見たくない光景は、覚悟してたけど、流石にキツイわね。出来る限り気にしないようにして、駅の正面に回りましょう」


「こっからは用意しておいた鼻栓が必要だね。今が冬で良かったと思う日が来るとは思わなかったよ。僕、寒がりだからね」


遠目に見えるソレらは恐らく、あの日から動かなくなった人達であるのだろう。


11月末の気候はまだそこまで冷え込んではいないが、異変以降はたまたまなのかそういう世界になったのか冷え込んでいた。


とは言え、一週間経っているのだ。俺はソレが一週間でどうなるのか知らないが、覚悟は必要だろうな。


「処置してませんからね。一週間だと、匂いは発生しだしてると思います。私だってソレに耐性はないですから。と言っても、確認しないわけにも、ですからね……」


雫が言うならそうなんだろうな。俺たちの中では一番詳しいはずだ。


ダンジョンそのもの以上にソレに対する忌避感を持ちながらも、いつかは経験することと割り切って……


なんとか割り切って俺たちはダンジョンと化しているであろう駅に向かっていくのだった――


――――――――◇◇―――――――――――――――――


市役所では怒号が飛び交っていた。

初日は問題なかった。2日目も特に大きな問題はなかった。

3日目になり、疑問を抱くものが出て来た。

過去の災害などと比べて、今の状況はおかしくないか?と。

4日目、5日目と、日に日に疑問を抱くもの、不満を抱くものの数は増えていった。

初日と二日目にあった神のような存在の放送は、あまり話題にあがらなかった。

それよりも、配給の食料やトイレ事情など、より身近な問題について人々は頭を悩ませていた。大衆心理からか、不思議なことを騒ぎ立てたら自分が変だと思われるのでは?と。誰もが心のなかで疑問を抱きながらも。口から出るのは不満ばかりだった。

7日目となる今日は、遂には暴動寸前と言った様相である。


「どうなってるんだ!一週間だぞ!?政府の救助も何もないなんておかしいじゃないか!!」

「いくら戦争中って言っても国民の救助を全くしないなんておかしいぞ!!」

「トイレどうにかならないの?仮設トイレといっても限界があるわ!こんな不衛生な環境で生活なんて出来ないっ!」


「ですからっ!電気が全く復旧しないので他所との連絡手段が取れないんです!非常電源も、すべて。それは皆さんも同じでしょう?電池が使えないのは周知の事実のはずです。大規模な電波障害の余波かなにかわかりません。他国の攻撃かもしれません。私たちに出来るのは、今は待つことだけです。騒いでも問題は解決しません。どうか、どうかもう暫くの辛抱をお願い致します!!」


市長は大衆の前で必死に懇願する。地方の首長とは言え政治家である。素の声の大きさは大したものだ。


「辛抱っていつまでよ!!」

「そうだ!自衛隊や警察はなにをやってるんだ!?警察官も最近見ないじゃないか!アイツラだけでどっか別のとこに避難してんのか?」

「まぁ、仕方ないかもしれないけど……」


一部には声の大きなものが残るが、大半は諦めていく。

どこかで人々も分かっているのだ。どうにもならないことなんだ、と。

ただそれは、戦争の影響や、自分たちの知らない他国の新技術による攻撃との解釈ではあったが。

個人以上に、集団にはバイアスがかかる。一週間という期間は、徐々に不満に耐えられなくことこそあれ、今までの常識を疑うにはまだ足りなかった。だって、隣にいる人は、今までと変わらない普通の日本人だ。自分だけがおかしなことを言えば排除されるのが、この国の常識であるのだから。


自然と避難民たちをまとめる立場に立った役人たちのなかでは、明らかに異常な事態であることを前提とした話し合いも始まっていたが。結論が出るはずもない。

そして同じく自然と危険であろう街中へと向かっていった警察官たちはほとんど帰らないか、市長室に行った後にその姿を見せなくなるのだった。


「異変が起こっていることは確かだ。外から帰ってきた警察の方の言葉はみんな同じだった……それに、流石にここまで国の機能が及ばないことはあり得ない。だが、それをどう説明したらいい?どう判断したらいい?誰に指示を仰げばいい?私は一介の市長なんだ、出来ることは限られているんだぞ?もう、限界が、近い……」


市長は一人嘆くが、事態は変わらない。

市役所は、静かな破滅への道をたどっていた。


大きな集団はまだ、動けない――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る