第9話 段取り八分、仕事二分
「次の角に気を付けて。赤い反応があるわ。駅に近づいたからって増えるって訳でもなさそうなのはありがたいけど、流石に0って訳にはいかないみたいね」
「数はどうだ?多くなければ色々と試したいこともある。ああ、大きさとかもあるのか?黒狼なら一度戦ってる分、気持ちは楽なんだが」
「大きさは、分からないわ。数は多分一匹。狼なのに群れないのね。集団で襲われても困るから構わないけどね。いけそう?」
「行くしかないだろ。どこかで試しとかないと後々困る。絶対安全なんてことは言えないが初心者の運転よりは安全な自信はついたぜ」
俺たちは現在、探索用装備で駅に向かっている。病院から自宅までの時と違って完全に魔物を避けるつもりはなかった。
そして今まさに魔物と思われる赤い反応を遥香が感知したところだ。これであの角の向こうに魔物がいたなら遥香の力は想像通りだったってことになるわけだ。
雫の回復も重要だが遥香の探索はある意味で回復以上に生死に関わってくる可能性もあるからな。早めに検証したい。
それに装備だってあの時よりしっかりと整っている。衣類は比較的丈夫であるし肌の露出はない。それにヘルメット装備。これはバイク用のやつで海斗の提供だ。防御面は大分安心できる装備になってる。
もっとも、動物の範囲だった黒狼と違って超常の力に対しての防御は不安だが。
それを言ったら魔法に対する防御能力を持った装備なんて軍隊だって持っていないわけで。民間で用意できる範囲では最高峰の自信がある。
服だってただの作業着じゃなくてポケット部分などに薄い鉄板を仕込ませたり工夫をしている。出来ることはなんでもやった。どうせ使えなくなった家電や車だ。丈夫そうな金属部分は最大限活用している。
そして武器。前回は点滴槍を使用したが耐久性に不安があったし刺突武器はやはり素人には難しい。あの時だって主に殴打で対応してたし。
ということで釘バットとバールのようなもの、スコップなどをそのまま武器として使用することにした。
昔どっかでスコップは武器としても優秀で軍隊でも重宝されたとか聞いたことがある。塹壕掘ったり武器にしたりしたらしい。実際は知らんけどな。でも素人が扱う武器として質量と頑丈さが正義ってのは一応形だけ行った訓練で実感したけど。
それと持ちやすさ、取り回しってやつな。実際に殴打目的で振り回したら持ち手があるものほど使いやすかった。それで俺はスコップ使用。海斗はバットを束ねてチューブと釘打ちで固定した特製武器である。
かなりの重さだが海斗ならぶん回せるし、その威容はなかなかのもので対人なら脅し効果も抜群である。世紀末感があるしな。
そして武器を構えた俺と海斗は。角の近くまで近づき向こうから出てきたところを叩こうと待機するが向こうに動きがない。向こうもこちらを補足しているのか?
流石にそこまでは遥香もわからないようだ。サインは飛んでこない。なら、覚悟を決めていくしかないか。
俺と海斗はメット越しに目線を合わせ同時に角を飛び出し対象がいると思われる右方向を確認、いた。黒狼だ。
「ウォオオン!」飛びかかって来る黒狼に対してスコップを振り当てる!
前回よりもしっかりとした手応えをグローブ越しに感じる。やりやすいな。黒狼は後方に弾き飛ばされるがまだ戦意は衰えていない様子だ。
「代わります」選手交代と海斗が俺の前に立つ。
黒狼は人間なら畏怖するであろう海斗に対しても躊躇なく突進してくる。
黒狼の突進は速いのだろうが140㎞のボールを捉える海斗だぜ?しっかり見えている様子だ。
「ふんっ!!」
初めて俺が黒狼と対峙した時とは違い、海斗は冷静に黒狼に対して特製バットをフルスイングする。
黒狼は勢いよく吹き飛び壁に激突し地に落ちる。その動きはすでに弱々しいが……止めは海斗に行って貰う。
向かってくる敵を迎撃するのも難しいが、抵抗してこない敵を叩くのはそれはそれで難しい。精神的にな。
特に現代日本人にとっては難しいことだろうし、その中でも優しい部類の海斗には。世界の変遷を肌で感じていくしかないだろう。
海斗はやはり少々の罪悪感を感じた様子だがその辺は事前にしっかりとブリーフィング済みである。動作自体は淡々と、息の根を止めるのだった。
「はぁっ、はぁっ、緊張したー。最上さんコレ、あの頼りなさそうな槍もどきで戦ったって噓でしょ?よく立ち向かえましたね。それに、分かってはいたけど、生物を殺す感触は、嫌、ですね」
「仕方がないさ。あの時はアレしかなかったし。敵対して襲ってくる生物だ、殺すことも、な」
前回の苦戦が嘘のようにあっさりと撃退である。装備の向上も大きいし慣れもあるだろう。海斗の身体能力も、俺の身体能力も違うしな。
そう、俺たち全員、身体能力は以前よりも強くなっていることが分かっていた。始めは作業中に明らかに以前より簡単に重いものを持てたことへの疑問だった。
それで全員、出来る範囲で身体能力の計測を行った。俺の握力は以前は50kg程度だったが75kgに向上していた。現代版ステータス測定といったところか?
垂直飛びで80cmだった時は自分自身で驚いたもんだ。50m走とかは計れてないがさっき少し走った感じでは明らかに向上してたな。
女性陣も握力60kg、垂直飛び70cm、20kgのダンベルを軽々と振り回せる筋力、などがあった。普通の男は女性だと舐めてるととんでもないことになるぞ?
海斗はそこまで変わっていないと言っていた。やはり魔物との戦闘経験や意志の力を使うことで身体に影響を及ぼすのだろうか?
そんなに変わっていないという海斗の握力は90kg近いのだが。俺たちが大体1.5倍程度の能力になっていること考えると。もし海斗の力が向上したら砲丸投げ金メダル級になるだろう。超えるかも?
兎に角である。黒狼に対しては少数であれば脅威ではないことが分かったのは大きい。街中の探索は少し余裕が出るだろう。
これ以上に強い敵については注意は必要だし油断して良い状況ではないけどな。
「二人とも、傷が無いか確認してください。少しでなにかあれば、治療しますので」
「大丈夫だろ?攻撃受けたわけじゃないし」
「それでもです!」
「いいですか?攻撃受けてなくても攻撃はしましたよね?グローブをしてると言っても手の皮が破けてたりするかもしれません」
「手の皮くらい素振りしてても破けてることはあったからねー。そんなに気にすることでもないんじゃない?痛みもないよ?」
「だからそれでもです。余裕があるうちに、傷が浅いうちに、です。心配性で言ってるんじゃないです。効率です。なんのための検証だったと思ってるんですか?」
「そうだったな。遥香、敵影は無いんだな。じゃあ海斗、一回グローブ外して手の確認だ」
そう、身体能力だけじゃなくて意志の力ってのも多少は検証してきた。遥香のは家の中じゃそこまで検証は出来なかったし俺も力はよく分かってないし。
でも雫の能力は分かりやすかったからな。雫は嫌がったが俺が敢えて切り傷を作ったりしながら治療の範囲、速度などを計っていた。
魔力的なナニカを消費するのか、治療は雫の疲労とトレードオフっぽい。雫が嫌がったのは疲労じゃなくて実験とわかっていても人が傷つくとこを見たくないからだけどな。流石は看護師である、看護師でなくても普通は嫌か。
そして遥香の目で見てもらうと光の強さが減るみたいな?それは遥香の感覚になるので分からないが。普通に見えているのと違って魔力を見ようと意識すると人は光を持っているらしく、その光の強さが魔力残量的なものとして今は捉えている。
完全に感覚頼りなので繰り返し定量的に判断できるように訓練中だ。因みに海斗も光自体は持っているらしい。
そして分かったことは傷の程度が深くなればなるほど消費は跳ね上がっていくということ。なので出来る限り軽傷のうちに対応する方が結果として雫の消耗も抑えられると思われるのだ。
その辺は実際に探索を繰り返す中で塩梅を見つけていくことになるわけだが今日は初探索。現時点では敵影無ければ回復確認、だったな。
これは戦闘による高揚感が俺と海斗の判断を鈍らせたかもな。実戦ではこういう精神的な部分こそ慣れが必要なんだろう。反省だな。
そして特に問題なしとの雫の判断により再びグローブをはめて探索に戻ることにする。今回持ってきている装備や備品に加えてこうした能力の検証をしてきた。
言葉を発しなくてもさっきの戦闘時は事前に定めたフォーメーションも取れたしサインも使えた。そうした訓練も、避難所などの多数との生活では不可能だっただろう。物資がある以上、やはり現状は少数グループでの行動が俺たちには適していると改めて思う。
「雅人、海斗、向こうを見て。目視でも分かると思うわ、視力も向上してるでしょ?きっと。新しい、敵と思われるわ」
初めての探索だもんな。そう簡単なことばかりじゃないよな。
新たなる脅威を前に、俺たちは再び戦闘態勢を取るのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます