第4話 治癒の意志 

バリケードの更に奥、遥香がことの経緯を説明している。俺はバリケード前で黒狼その他への警戒だ。


聞こえてくる二人の話によれば、病院関係者と思われた女性はこの病院に勤めていた看護師だったらしい。白い影の放送は悪戯と思った、と。いやまあ普通に考えれば変超常現象だなんて思わないのが普通だ。


俺たちは外で、異様な光景を見てきたから異変であると認識できているが、家にいる状態であの放送を聞いても信じないケースだってあるだろう。


実際に彼女、篠崎雫はそう思っていた。それにしてもこの状況で出勤とは真面目な人なんだろうな、と思う。


俺だったら出社してただろうか?他の人達は?


駅があんな様子だったんだ。今日も同じ状況か分からないが大半はそこで逃げかえるだろうしパニックになっていてもおかしくない。いや、夜の時点で駅の近くから街の中心部は相当にパニック状態ではあったが。


先ほどは病院の惨状に怒っていた雫だが黒狼の姿を見たことや遥香の説明を受けて今は怒ってはいない。いや、ショックを受けて怒る気力が湧いていないという方が正しいかもしれない。とは言え彼女にも今後のことは考えて貰わなければならない。


「という訳で、今は緊急事態なのよ。病院の人には悪いと思うわ。でも私たちも命が掛かってたの。それは、今なら分かって貰えるかしら?」


「信じられないですけど、そう……なんですよね?すぐそこの寮代わりのアパートからここまで来る途中でも、おかしいと思うことは色々ありましたから。

 乗り捨てられた車、その窓に映る変な人影。荒らされていたコンビニ。私だっておかしいとは思ってたんです!でも!病院まで行けばいつもと変わらない光景があるかもと思って、それで……」


そこまで言って声を詰まらせてしまう。見ればまだ若い。こんな非常時に歳は関係ないかもしれないけど、それでも。


感情のコントロールって部分では多少は関係あるだろう。遥香が変わってる方なんだ。その遥香でさえさっきは涙を浮かべていたわけで。


「気持ちは分かるけど、今は行動が先になるわ。どう動くのか決めて頂戴。私たちは説明した通りこの後は移動の予定だったのよ。それに申し訳ないけど病院の備品は色々と貰っていくわ。本当か分からないけど人類は半分になっちゃったんだってさ。

 だから、生きているか分からない病院の持ち主のために残してくって選択肢はないの。分かって?」


「先生は……ううん、分からないですよね?生きてるかもしれないじゃないですか!でも、今いらっしゃらないということは……」


話は続いているが緊急事態発生だ


「まてっ!まただ。もう一匹来やがった。遥香、彼女を奥に連れて行ってあげてくれ。一匹だけだ。何とかする」


玄関先に捨てられている仲間の死体の近くにいる黒狼だが仲間意識は無いらしい。仲間の死体には目もくれずこっちを見てきやがる。


今度はドアはない。すでに割れちまってるからな。さっきのヤツ以上の速度で突っ込んでくるかもしれない。


それでも。遥香を前に男だ女だ考えられたら面倒と思っていたが。こういう時は男がなんとかするしかないだろ?


それにさっきのヤツのお陰で何とかならない相手じゃないってことは理解出来た。やれる……はずだ。


先ほどと同じようにこちらを見据えて突進の準備に入る2体目の黒狼。俺も同じように槍を構える。



「ウォォォォーン!!」黒狼は鳴き声を上げつつ走り出してくる。コイツらは同じ思考パターンなのか?


焦るな。落ち着け。さっきと同じように槍を合わせればあの勢いだ。何とか―


ガンッ!という音が聞こえるが黒狼は先ほどの様には倒れてくれない!?


追撃っ!と槍を突き出すが後方に飛びのく黒狼。


さっきは運が良かったのか?クリーンヒットしないと駄目なのか?先ほどよりは手応えがない槍の感触に唇を噛む。


再び突進の体制を取る黒狼。


気付けば手が震えている。いや!これは武者震いってやつだ!分からんけどそうに決まってる。恐怖を感じるな。落ち着け―


ダッ!という擬音が聞こえたような気がした。また突っ込んでくる!


今度は鳴き声を上げてはいないが動きは一緒だ。同じように槍を突き出せば―


愚直に突っ込んでくる黒狼に槍を合わせる。同じような光景が数度繰り返されたのち、遂に2体目の黒狼も力をなくしヨロヨロと後退する。


「何度も同じ攻撃をしてくれてありがとよ。結果はさっきと変わらず俺の勝ちだな。同じことを繰り返して違う結果を求めるのは狂気、だったっけか。お前ら化け物に意味が通じるかは分からんがな」


一度経験したからか?今度は冷静に止めを刺そうと槍を数度突き刺し、黒狼の動きが止まったことを確認しようとして―


「雅人っ!前っ!もう一匹!」


顔を上げると3体目の黒狼が俺に向かって突っ込んでくる!?咄嗟に顔をガードしてしまう俺に突っ込んで来る黒狼。


ガシャン!とそのまま後方のバリケードに衝突。衝撃はあるが身体がクの字になったのが良かった。頭を打っていない!意識は明瞭だ。


黒狼はその牙で俺の身体に噛み付こうとしているが防護衣に牙は刺ささらない。助かった!?いや違う!


構えていた槍の、本来なら石突があるはずの棒で噛み付こうとしている黒狼の頭を打ち付ける。離れないとだ。


「雅人!目を瞑って!」


遥香の声に咄嗟に反応し目を瞑るとシューっという音が聞こえてくるとともに黒狼の感触が身体から離れていく。


「もういいわよ!チャンス!」


目を開けると黒狼は目の前で苦しそうにのたうっている。理由が分からんんがチャンスと言うことは分かった!


「グォオォォオオン!」苦しむ黒狼は目を閉じて地べたで暴れているが構わずに槍を突き刺していく!


1,2体目と同じく暫く槍を突き入れていくうちにその動きを止める黒狼。


初めて攻撃を受けたが、防護衣が役に立ってくれた。今後のことを考えると少しは安心できるか?



「遥香、よく分からんが助かった。さっきは何をしたんだ?随分、黒狼が苦しんでいたみたいだが」


「なんかのスプレーよ。目に入ったのと、犬?的な生物だから匂いも強烈だったんじゃない?」


「そうか、いや助かったんだが、無茶はしないでくれよ?こんな状況なんだ、信頼できそうな人間には側にいて欲しいからな」


「それは私も同じ。あなたに早速死なれたら困るもの。それに、なんていうのか、その、見えてたから……って雅人?腕!」


言われて自身の腕を見ると赤くなっている。さっき黒狼に組み付かれた時に爪が食い込んだか?くっ、自覚したら痛みが―


「雫!看護師なんでしょ!?ちょっと治療して!お願いっ」


「わ、私、まだ新人なんで上手く出来るか……注射も上手く出来ない「いいからっ!お願い!」


遥香の剣幕に一瞬怯んだ雫だが流石看護師、新人とは言え覚悟を決めてくれれば素人の俺から見れば慣れた手つきで処置をしてくれるが……


「思ったよりも傷が深い?遥香さん、圧迫は続けておいてください。処置を続けます。でも、これは……」


真剣な顔で処置を続けてくれているが血はだらだらと流れ続けている。シャツをめくって分かったが相当にえぐれてるのが俺でも分かる。


俺は横にさせられ腕の付け根に遥香が全体重を乗せて圧迫してくれている。どうやら普通に抑えるだけだと間に合わないらしい。雫の指示だ。


多分、本格的な治療が必要な傷なんだろう。痛いというよりもさっきから腕が焼けるんじゃないかと思うほどに熱い。


「骨折は無いと思います。ないと思いますが、傷の方が。ここまで深いと、私じゃ、でも……」


雫は看護師だ。俺なんかよりも傷に対する理解は深いのだろう、俺よりも深刻な表情だ。俺の場合は戦闘から痛みと続く状況に何かがマヒしてるだけかもしれないが。


「幸い、痛みはマヒしてるのかそんなに感じてないから、落ち着いてやってくれればいいよ。最悪、焼いたりすればいいんだっけか?なんでも受け入れるから」


焼灼止血しょうしゃくしけつは有効じゃないと思います。それにきちんとした環境で医師が行わないと。それに処置後の感染対策もどこまでできるか」


「ああすまない。素人が口出して。場を和ませようとしただけなんだ。必死で何とかしよとしてくれてるのは分かるよ。だから、そんな顔をしないでくれよ?」


「なごみませんっ!それと痛かったらちゃんと言ってくださいね。本当に感覚がマヒしてるならそれはそれで問題ですしとにかく、止血剤と、それに……待っててくださいね。なんとか、します」


職業倫理って凄いな。でも、なんとなく自分で思っちまったんだよな。これ、重症だわ。くそっ!人間って弱いと言われてイラついてちまってたのか?油断してたのか?ここまでなんて、嫌だぜ?


俺は、パニック映画なら序盤も序盤のこんな状況すら、乗り越えられないのか?そりゃ特別な人間じゃないけどさ。それでも、死にたくは、無い。


―それまで考えないようにしていた「死」というワードを意識して、ふと思い出す。そうだ、意志の力が使えるんだろ白いの?


俺はまだ死にたくない。その意志を、力を、具現化して見せろよペテン野郎!


――その時、ふと気づく。


雫の手に光が宿っているような……?それに、さっきまでちょっと朦朧としていた思考が、少しクリアに?痛みが引いてきている?


「止血が……止まって!お願い!誰でもいいの!先生でも誰でもっ!この人を、直してっっ!!」


必死に落ち着いて処置を続けてくれていた雫だが、一向に止まらない出血に悲痛な叫びをあげてしまう。


それに呼応してか、見ていられないと俺の腕に力を込めながらも顔を背けていた遥香がこっちに向き直る。


「雫!よくわからないかもしれないけど私の言うことを聞いて!雅人の傷が治ることを、!」


「祈ってます!でも、もっと、強く。……治って!お願い!何でもいいから!治って!!!神様でも仏様でも、わたし、祈りますからっ!」



瞬間――さっきまでうっすら見えていた光は強烈な輝きを放ち俺の腕を包んでいく―


その光景は厳かで、光に包まれた俺は温かさを感じて。


思わず力を抜いてその光景を眺める遥香だったが血が流れだすことはなく。

痛みも、完全に引いていく。


治った……のか?


俺は遥香の圧迫止血から解放された腕を恐る恐る眺めながら手を握ったり開いたり。問題なく動く。


見るも無残だった腕は奇麗に皮膚が張りまるで元通りといった具合だ。


それを見届けるや、緊張から解放されたのかドサッと倒れ込んでしまう雫。


「雫っ?」遥香の問いかけに答えない雫。しかしすぐに寝息のような呼吸音が聞こえて安堵する俺と遥香。


死を覚悟したが、どうやら俺は助かったらしい。昨日からずっと付きまとってくる超常現象だったが、今回のは助かった。


しかし、これはいったい?俺の治癒能力が異常なのか、雫の力?なのか……


「これが、意志の力……なの?」


「わからん。分からんが、今は少し、休ませてもらってもいいか?」


遥香の呟きに答えながらも流石に限界だ。移動するもなにも戦うにも。少しだけ、休みたい。


「あ、え、えぇ。そうね。多分、狼も暫くは来ないと思うわ。それも含めて後で話すから、今は……休んで」


そんな遥香の返答を最後まで聞いたのかはっきりとしなかったが、俺はそこで意識を手放してしまったのだった―

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