第2話幼き公爵令息、魔術と出会う

目が覚めると、そこはもう見慣れた豪奢な天蓋付きの寝台だった。


この世界に転生して、三年が経つ。

レオンハルト・フォン・アルディスハイヴ。リーウェイン王国の名門・アルディスハイヴ公爵家の嫡男として生まれた俺は、今や三歳になっていた。


「坊ちゃま、お目覚めでございますか?」


メイドのクラリッサが、いつものように柔らかな笑みを浮かべてカーテンを開ける。陽の光が差し込み、金色の光が部屋の装飾を輝かせた。

クラリッサは俺が生まれたばかりの頃から専属メイドとして使えてくれている、俺にとっての第二の母のような存在であり、そして姉のような存在でもある。


「……うん、おはよう、クラリッサ」


俺はまだ幼児の身体に慣れていない舌で、なんとか返事をする。

三歳とはいえ、前世の記憶があるからこそ、内面は成人男子そのもの。言葉も思考もクリアだ。だが、この年齢の子供にしては「落ち着きすぎている」と思われたくないから、無理やり子供っぽさを装っている。……正直、これがけっこう面倒だ。


「本日は、初めての“魔力測定”の日でございますね」


クラリッサの言葉に、俺の胸が高鳴った。


(魔力測定……ついに来たか!)


この世界には、魔力という力が存在する。

剣士、魔術師、聖騎士、様々なファンタジーな職業のあるこの世界の中でも、魔力の強さは一つの指標として重視される。公爵家の嫡男ともなれば、その素質は周囲から大きな期待を集めていた。


「レオン様、きっと素晴らしい素質をお持ちでしょうね。なにせ……あの極光級冒険者“嵐姫”アリシア様のご子息ですもの」


クラリッサが微笑むと同時に、俺の母の顔が脳裏に浮かんだ。

アリシア・フォン・アルディスハイヴ。俺の母は、王国でも有名な元冒険者であり、かつてはその名を王国、ひいては大陸中に知らしめたという。ちなみに極光級というのはこの世界の冒険者のランクでは上から2番目である。1番下から微光、中光、白光、煌光、聖光、永光、極光、そして最上位の熾耀というらしい、最上位だけ漢字が違うのかっこいい。

極光級は冒険者の中でも上澄みであるらしい。その人数は大陸中で見ても数十人にしかいないようだ。


(父も剣の達人だったはず。ってことは、俺……ワンチャン、すごい才能あるかも?)

父はこの王国で軍部を統括する軍務卿であり、父自身も王国で一、二位を争う強さを持つらしい。


淡い期待を胸に、俺は着替えを済ませ、広間へと向かった。



アルディスハイヴ邸の一角、魔術実験にも使われるという石造りの広間に、俺と両親、そして一人の老魔術師が集っていた。


「ふむ……では、レオンハルト様。こちらの水晶玉に手を添えてくだされ」


白髪と長いひげを蓄えた老人——王国宮廷魔術師団から派遣されたという魔術師が、魔力測定用の水晶玉のようなものを差し出す。

中は透明で何もない。ただ、手を当てることで魔力の流れを可視化するらしい。


(来い……俺のチート能力……!)


内心、ありったけの期待を込めて、俺は小さな掌を水晶玉に置いた。


すると——


「ッ……!」


水晶玉から光の円環のようなものが現れた。その数が続々と増えていく。


「な、なっ……!? この数は……!?」


老魔術師の顔がみるみるうちに青ざめ、やがて赤くなる。


「1、2、3……7、まさか、この年齢で七星級の魔力量……い、いや、これは規格外です! 歴代でも例がない!」


両親の顔が強張る。だが、それは驚愕と同時に、喜びの表情でもあった。


「レオン……お前は、やはり特別な子だったのね……!」


母アリシアの目には涙が浮かび、父のゼイクリードは誇らしげに胸を張った。


「すごい……すごいぞ、我が息子! この国の希望だ!」



その日の午後。俺は執務室に呼び出された父に連れられ、屋敷の裏庭へとやってきた。


「お前には、今日から“魔力制御”の基礎を教える。よいか、強大な魔力を持つ者こそ、それを制御できなければならん」


父の瞳には、威厳と、そして少しの緊張があった。

三歳の息子に教える言葉ではないが、前世の俺にとってはむしろありがたかった。


「レオン、魔力は感覚で感じるものだ。胸の奥にある“熱”を感じ取れ」


熱——確かにある。体の中心から、何かが脈打っているような感覚。

意識をそこに集中すると、それは波紋のように全身へ広がり、そして手先に集められていく。


「……出る、かも」


俺が呟いた瞬間、小さな手のひらの上に、青白い光が灯った。


「なっ……もう魔力を形に……!? レオン、それをそのまま——」


父の声が届く前に、その光はパンッと弾け、土を吹き飛ばした。


「まっ、まさかこれ程とは! 三歳児の魔力で地面が抉れる程の威力が出るとはどういうことだ!?」


クラリッサが悲鳴を上げ、遠くで使用人がバケツをひっくり返した音がする。

父は驚愕しつつも、どこか楽しそうな顔で俺に近づいた。


「レオン、お前……将来、どんな存在になるのだろうな……?もしやかの”十帝”にすらなれるやも知れぬ。」


そう言って、父は俺の頭を優しく撫でた。

その手の温もりは、かつて“何者にもなれなかった”俺の心に、確かな意味を刻んでくれた。

そんな幸せを噛み締めながらも俺は考え事をしていた。

”十帝”そんな魅力的なワードを父は口にしたのだ。それはどういう存在なのだろうか。期待が俺の胸に宿る。


時が数時間流れ、夕食の時間となった。


豪奢なダイニングルームにて、俺は家族と共に晩餐の席にいた。


「レオン、お野菜もちゃんと食べなさいね」


母のアリシアが笑顔で言う。テーブルの上には、肉料理を中心とした温かな料理が並び、俺のために特別に切り分けられた子供用プレートも用意されていた。


「……ん。がんばる」


フォークをぎこちなく握りしめながら、俺はにこりと笑って答える。今日一日で、だいぶ“子供の演技”にも慣れてきた気がする。


「ふふふ、偉いですね、坊ちゃま。さすがです」


隣に控えるクラリッサがそう言って微笑む。彼女の笑顔は本当に優しくて、俺の中の何かを癒してくれるようだった。


やがて父のゼイクリードが口を開く。


「レオン。お前には、今日の結果を踏まえて話しておきたいことがある」


声の調子が変わったことに気づき、俺は姿勢を正した。アリシアも表情を引き締める。


「“十帝”……さきほど、少し口にしたが、それはこの大陸における最上級の称号だ」


(最上級……?)


「魔術、剣術、兵法、霊術、異能、どの道であれ、その極みに到達した者たちが“帝”の名を冠する。十人しか存在せず、その席も絶対ではない。力が衰えれば、あるいは敗れれば、即座にその座を失う」


「……じゃあ、常に入れ替わる可能性があるってこと?」


「そうだ。だが、十帝になる者の多くは、“世界を変えうる者”と評される。実際、王ですら下手に逆らえんような存在ばかりだ。奴らは1人で一国を滅ぼせる力を持つ、人の形をした天災だ。」


(世界を変える……)


父は続ける。


「かつて母のアリシアと私は、十帝の一角である“拳帝”と2対1で戦ったことがある。

……全く歯が立たなかった。当時の剣帝に師事し、剣帝の門下生の中で5人しか選ばれぬ”剣聖”と呼ばれるようになった私と、極光級冒険者であったアリシアが、死なずに戻っただけでも奇跡と呼ばれた。自分で言うのもなんだが、私たちは人間の中では上澄みの存在だ。奴らは人の物差しでは計れぬ、正真正銘の埒外の怪物達なのだ。」


父の言葉にはいつもとは違う重さがあった、いつもの威厳とは違う、恐怖や畏怖のようなものが宿っていた。

”十帝”あの父が恐れる程の存在、その存在に憧れている自分がいる。


前世、俺は誰にも期待されなかった。何者にもなれず、何も残せずに人生を終えた。

だが今、強い力を授かり、こうして期待を受けている。


「……俺も、なれる?」


ふと、言葉が漏れた。


「なれるかどうかは——お前次第だ」


父は静かに、だが力強く答えた。


「だが今日の結果を見れば、その可能性は決して夢ではない。大切なのは、そこに向かって歩き続けられるかどうか、だ」


母が優しく俺の手を取った。


「私たちは、あなたがどんな道を選んでも、ずっと味方だから」


(味方……)


そんな言葉を、前世で誰かに言われた記憶はなかった。


目頭が熱くなる。

だけど俺は、泣くのをぐっとこらえて、精一杯の笑顔を浮かべた。


「ありがとう、父さん、母さん。……がんばる」


三歳児としては少し大人びた答えかもしれないが、今の俺にはそれが精一杯の気持ちだった。


その日の夜、自分のベットで俺はある決意をした。

(いつか俺は、“十帝”になる)

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