第6話:サウンドサラウンド
最後に、サウンドクリエイターの
サウンドは、ゲーム制作工程の中で、かなり流動的でチームとして一緒に制作する期間は比較的短い。だが、和也が前作のRPGで参加したイベント実装時にはちょうど、ゲームにサウンドがどんどん本番データで刺し変わっていく時期で、それまで静謐だったゲーム画面に、迫力のあるサウンドが乗ることでの劇的な変化を目の当たりにして、衝撃を受けたことは記憶に新しい。
盛り上がるBGM、響く重低音と印象に残るメロディ、キャラクターが踏みしめる地面の音やキャラクターの息吹、普段何気なく聞こえてくるSEが演出が加わって流れることによる臨場感は、正直サウンドに関してソーシャルゲームなどで無音でプレイすることも多く、多少舐めていた感もある和也にとって、その衝撃は仕事として向き合うことになったゲーム制作の中での一番だったかもしれない。
そして、その中心で鞠川さんは、ゲームの音楽や効果音でプレイヤーの感情を巧みに操る魔術師のような人だった。
アポの時間になって、サウンドルームにお邪魔する。防音になっている扉を開ける時、ちょっとした気圧の差があるのか、スポッという音がなんか特殊な空間に着た感触がある。お邪魔するという感覚になる最大の理由だ。
鞠川さんは、いかにもサウンド関係の人という風貌で、ドレッドヘアに丸眼鏡。ただ、意外とがっしりしていて体格が良い。体だけ見たらアスリートみたいだ。
「鞠川さん、お忙しいところすみません。ゲームのサウンドについて、アドバイスをいただけないでしょうか。」
和也は、ゲームの序盤でプレイヤーが広大な世界に初めて足を踏み入れる場面を想像しながら、鞠川さんに伝えた。
「グラフィックも見る人によって環境が異なるから、微妙なニュアンスが伝わっているのか心配になるって聞くけど、サウンドはその最たるメディアだと僕は思うんだよね…音質はスピーカーやヘッドフォン、場合によっては無音だったり…別に大音量で聞いてくれとまではいわないけど、せめて低音対応のヘッドフォンで聞いてほしいよね…」
…といきなり案件相談とは関係ない話を聞かされた後
「AIが作った、ゲームに最適なBGMか…最近動画配信サイトとかでよく利用されているのは知っているよ。
でもね、天童寺君。ゲームの音は、ただ状況に合ったBGMや効果音をつけるだけじゃないんだ。
プレイヤーの緊張感を煽るための、一瞬の無音。勝利の余韻を深めるための、たった一音のピアノの調べ。敵が近づいてくる音で、プレイヤーの背筋を凍らせる…音は、視覚情報と同じくらい、いや、時にはそれ以上に、プレイヤーの感情や没入感を左右するんだ。
AIがデータに基づいて『ここでこの曲を流せばプレイヤーの満足度が上がる』と判断したとしても、それが本当にプレイヤーの心を震わせるかどうかは別の話だよ。」
鞠川さんは、AIの分析だけでは生まれない、音による感情表現や、ゲーム体験を深くするためのサウンドデザインの妙について語った。
和也は、前作の感動経験があるにもかかわらずAIの取り回しにばかり気を盗られ、そうした配慮が抜けていることに恥ずかしさを覚える結果になった。
音楽や効果音には、論理だけでは説明できない、感情に直接訴えかける力がある。それは、人間の感性によってのみ生み出されるものだった。
※
最後に鞠川さんとの対話を終え、天童寺は再び自席に戻った。
タブレットはそのままだったが、彼のノートには、重森さんの技術的な閃き、絹谷さんのキャラクターへの深い愛情、鞠川さんの音への鋭い感性から生まれたアイデアがびっしりと書き込まれていた。
彼は気づいた。自分の成長は、AIというツールをどれだけ使いこなすか、ではない。AIが得意な分析はツールとして使いつつ、AIにはできない、人間特有の創造力、共感力、そしてそれを具現化する仲間の多様な才能と、どう向き合い、どう組み合わせるか。その協調のプロセスそのものが、ゲームをより面白くし、そして自分自身をデザイナーとして成長させてくれるのだと。
AIは強力な分析エンジンだ。
だが、そのエンジンを動かすための燃料であり、どこへ向かうかの設計図を描き、旅を共に歩むのは、人間である彼自身であり、彼の仲間たちだった。
彼は、藤堂部長に報告するための、全く新しい企画書の作成に取り掛かった。
それは、AIのデータも参照するだろうが、その核にあるのは、彼自身の、そして仲間たちの、「プレイヤーにこんな体験を届けたい」という、熱く、人間的な願いだった。彼の成長は、AIに頼りきっていた孤独な分析者から、仲間と共に創造するチームの一員へと意識が変わった、この瞬間から始まったのだ。
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