第2話:理想のゲーム
「ただ…」の続きを藤堂部長は語る。
その鋭い視線は、天童子和也を一気に緊張させる。
後頭部から首筋にピリピリと電気が走る感覚があり、その後に心臓の鼓動が早くなる。人間としての本能が警告を発している気がする。
「君の言う通り、この企画はデータに基づいて、あらゆる要素が最適化されているのでしょう。人気の要素を組み合わせ、離脱率を抑え、収益を最大化する設計になっている。でもね…」
部長は企画書の一部を指差した。
「これは、本当に『面白いゲーム』なの?」
和也の頭が真っ白になる。血の気が引くという言葉は聞いたことがあっても、実際に頭のてっぺんから足先に至るまで何かの感覚が這っていく感覚に鳥肌が立つ。
一瞬の間をおいて、慌てて資料のページをタブレットで送り返答する。
「え…はい、AIの分析によると、プレイヤーの行動データから見て、最も飽きさせない、継続的にプレイしたくなる設計になっており…」
「そうね、データはそう語っているのでしょう。
でも、それはプレイヤーが『面白かった』と感じた結果ではなく、『データ上、継続してプレイした行動が見られた』という結果論の積み重ねよね?」
部長は続けた。
「ゲームの面白さって、データだけでは測れない、もっと感覚的で、エモーショナルなものじゃないかしら?
例えば、初めて強敵を倒した時の達成感、予測不能な展開に驚いた時の高揚感、あるいは、ただ広大な世界を何の目的もなく探索する時のワクワク感…
この企画のどこに、そういうプレイヤーの心に響く『何か』があるの?」
部長はテキストの「人間の判断の重要性」で述べられている文脈理解や感情的知性、そしてAIに代替できない人間の能力について問いかけた。
和也は、自分がゲームを「面白い体験」としてではなく、「最適化されたエンゲージメントプロダクト(ユーザーが離れにくくなる仕組み)」として捉えていたことに気づき、言葉に詰まる。
「人気の要素を組み合わせる。それは確かにリスクを減らす賢いやり方よ。
最大公約数を狙うことで、多くの人に『嫌われない』ゲームは作れるかもしれない。」
部長は少し悲しそうな表情になった。
「でも、それは同時に、誰にとっても『大好き』になってもらえないゲームになる可能性も高い、ということなの。
ゲームって、『熱狂的なファン』が生まれるからこそ、ロングヒットになったり、文化になったりするんじゃないかしら。この『最大公約数』の企画に、誰かが心から熱狂する要素はある?」
部長は、AIによる意思決定の「軽さ」や「浅さ」、そしてデータだけでは生まれない「重み」や「熱量」について言及した。
和也は、AIが分析するのはあくまで「既存のデータ」であり、そこから生まれるのは「過去の焼き直し」や「無難な組み合わせ」になりがちだという本質を見抜かれていたことに気づき、愕然とする。
自分の企画には、ゲームデザイナーとしての個性や、プレイヤーへの深い共感、新しい体験への探求といった「魂」が欠けていることに気づいたのだ。
「AIは、過去の傾向から『売れる形』を予測するのは得意でしょう。
でも、『新しい面白さ』を発見したり、プレイヤーの心の奥底にある『まだ言語化されていない欲望』を形にしたりするのは、まだ人間のクリエイターにしかできないことよ。」
部長は優しい口調に戻った。
「データは、デザインをより良くするための『ヒント』や『裏付け』にはなる。
でも、ゲームのコンセプトの核、プレイヤーにどんな体験をしてほしいか、どんな感情を揺さぶりたいか、その『核』を創り出すのは、デザイナーである君の仕事よ。
そこに君自身の情熱や、プレイヤーへの愛がなければ、どんなにデータで最適化しても、ただの無機質な『最大公約数』の産物になってしまう。」
和也は、自分がAIに企画の全てを丸投げし、デザイナーとしての最も重要な役割、つまり「プレイヤーの心に響く体験を創造する」という部分を放棄していたことに気づいた。
データは確かに便利だが、それはゲームの面白さそのものを保証するものではない。
むしろ、データに囚われすぎると、本来目指すべき「プレイヤーの笑顔」や「感動」を見失ってしまうのだ。
「…部長、申し訳ありません。」和也は深く頭を下げた。
「私は、技術とデータに頼りきって、ゲームの本質である『面白さ』や『ユーザー体験』、そして私自身の『情熱』を見失っていました。
…この企画は、データ的には正しくても、プレイヤーの心には何も響かない、浅はかなものでした。」
藤堂部長は、和也の正直な言葉に満足そうに頷いた。
「気づけたなら、大丈夫よ。AIは素晴らしい相棒になってくれる。
でも、ゲームのハンドルを握り、どこへ向かうかを決めるのは、君自身なの。
データは道標にはなるけれど、旅の目的を決めるのは君の情熱よ。」
和也は、データ分析の重要性を理解しつつも、ゲームデザイナーとして本当に大切にすべきものを見つめ直すことの必要性を痛感した。
美人上司の厳しいながらも愛情のある指摘は、彼の技術偏重な考えを正し、プレイヤーに心から喜ばれるゲームを創りたいという、デザイナーとしての原点を思い出させてくれたのだった。
彼は、AIを「万能の答え」としてではなく、「創造を助ける道具」として使い、自身のクリエイティビティとプレイヤーへの想像力を掛け合わせた新たな企画を練り直す決意を固めた。
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