ハッピーAIコンタクト~愛でゲームは出来ている

黒船雷光

ゲームデザイナー編

第1話:最大公約数の誘惑

 天童時和也てんどうじかずやは、大手ゲーム会社に入社して二年目の新米プランナーだ。普段は天パーに眼鏡で大学時代から着慣らしたトレーナーにGパンのややだらしない恰好だが、今日はジャケットにチノパンで少しだけ着飾っている。


 彼は今緊張した面持ちで、役員会議室のあるフロアの絨毯が敷き詰められた廊下を歩いている。


 初年度は研修を経て既に終盤とはいえ、大作RPGの開発に参加し、一部のイベントプランナーとして作品完成に寄与できた。

 プロジェクトのゲームディレクターからはその貢献が賞賛を得て、オリジナルの企画書を提出するに至った。


 和也には野心があった。彼は大学時代から電子工学、特に最新技術への造詣が深く、特にAIのビジネス応用には誰よりも研究し詳しくなった自信があった。


 急速に浸透し始めるAIは、産業革命以降の経済改革として注目をされているが、その変革と浸透と、精度向上のスピードは人間の常識を超えている。だが和也の野心はその技術革新のAIに恐れをなすのではなく、いち早く使いこなして業界トップのスタンダードモデルを先に構築して世界を制したい、欧米や中華圏の優れたゲームに押されている日本のゲーム業界を自分の力で変えてやるぞ…という気概があった。


 彼が今回提出した新規ゲーム企画は、まさにその知識の結晶だった。


「小会議室203」の部屋の前で立ち止まり、今一度スケジュール表を確認してノックする。

「どうぞ」中から女性の声が聞こえてくる。

「失礼します」和也は扉を開いて中に入る。

さほど大きくない会議室の中、奥の席にパッと目を引く女性が座っている。


 社内でも一目置かれる存在である、開発本部長の藤堂彩華とうどうあやか部長へのプレゼンは、彼のキャリアを左右する重要な機会だ。


 藤堂部長はその前に立つと分かる、只者では無い雰囲気を纏う。

 眼鏡の奥で光るその瞳は、知性と経験が織りなす輝きを放ち、どんな複雑な問題も鮮やかに見通す慧眼の持ち主だ。

 彼女の緻密に計算されたヘアスタイルは、一筋の乱れもなく、完璧なまでの自己管理と揺るぎない自信を物語っている。それはまるで、精巧な彫刻のように計算されスキのないクールビューティーとしての矜持を感じさせる。


 しなやかなスーツの生地は、彼女の身体に寄り添い、しかし歳月を重ねるごとに磨き上げられたボディラインを隠しきれない。

 その曲線美は、ただ女性らしいというだけでなく、困難を乗り越え、数々の成功を積み重ねてきた証としての、揺るぎない自信と内なる強さを、(特に豊かな胸が…)雄弁に語る。

 若さとは異なる、熟成されたワインのような芳醇な色香が、彼女の存在を一層際立たせている。


 静謐でありながらも、どこか情熱的な魅力を秘め、周囲の視線を釘付けにする。

 彼女の言葉の一つ一つは、経験に裏打ちされた深い洞察を含み、聞く者の心に響き渡る。

 数々のヒット作を生み出してきた敏腕プロデューサーであり、その鋭い洞察力と、場を和ませる美しい笑顔から、「ゲーム業界のミューズ」とも呼ばれている。

 

 そんな藤堂部長の前で、早くもプレゼンの機会を得るのは和也にとってはこれからの躍進を得るための第一歩であり、絶対に失敗したくないチャンスだ。

 社内プレゼンとは言え、緊張するが、大いなる野望の第一歩だ。ここでビビっていてはこの先は無い。


 一瞬目を瞑り、大きく深呼吸する。


「部長、本日は、次世代を担う新規スマートフォンゲーム企画、『プロジェクト・ミダス』をご提案させていただきます。」


 和也は、最新のタブレットを操作しながらプレゼンを始めた。


「近年のゲーム市場における膨大なプレイヤーデータ、成功タイトル数百万件のメカニクス分析、さらにはSNS上のトレンド分析。

 これら全てを、独自開発のAIが統合・解析し、導き出した『最もユーザーエンゲージメントが高く、収益性の高い』ゲームデザインが、この『プロジェクト・ミダス』です。」


 スライドには、AIが算出したという

「理想的なプレイサイクル」

「最適な課金ポイント」

「離脱率を最小化するUI/UX」などが、精緻なグラフや図と共に表示されている。


 和也は自信に満ちた表情で続けた。


「AIは、膨大なデータから最大公約数的な嗜好を抽出し、あらゆる層のプレイヤーにとって『嫌われない』デザインを生成しました。

 バトルシステムは人気のAタイトルのものをベースに、育成システムはBタイトルの効率的なループを改良、ソーシャル要素はCタイトルの成功事例を参考にしています。

 キャラクターデザインも、AIが過去のヒットキャラクターの傾向を分析し、最も受け入れられやすいであろうビジュアルを複数提案しています。

 これにより、データに基づいた確実なヒットを狙います。」



 和也はプレゼンを終え、藤堂部長を見た。

 彼の企画は、AIによるデータ分析を全面的に信頼し、市場の「最大公約数」を狙うことでリスクを最小化しようという、極めて合理的(に見える)アプローチだった。


 彼は、データが全てを語る現代において、この企画が最適解であると信じて疑わなかった。


 藤堂部長は、企画書から目を離し、和也の顔を見た。彼女の表情は穏やかだったが、その瞳の奥には深い洞察力が宿っているのを感じた。


「天童子君、素晴らしい分析力ね。膨大なデータをここまで効率的にまとめて、形にするなんて、AIならでは、そして君ならではだわ。」


 和也は少し顔を赤らめた。



「ただ…いくつか、聞かせてください。」

 部長の声が、静かに響いた。


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