幕間
幕間
時間は少しだけ遡る。これは室崎柿音が初陣で大活躍、或いは大失敗を引き起こす、その一週間ほど前の話。
戦闘・体力トレーニングを共にこなした二人は帰宅後、夕食を共にしていた。
下宿先を同じにして早三週間余り、すっかり板についた光景だった。今日の調理当番は柿音側。バランスが考えられた和食メニュー。秋刀魚の塩焼き、ワカメと豆腐の味噌汁、梅干し、玄米混じりのご飯。
「やっぱり二人とも料理が出来ると、共同生活も張りがあって良いね」
「古原君の方が作れるメニュー多いじゃない? まさか共同生活初日で懐石料理出されると思わなかったわ……」
「初日だから、祝いたいだろ?」
「い、祝いたかったんだ……私との共同生活初日を?ふ、ふーん?」
嬉しい。
とは、柿音(かのじょ)は口が裂けても言わない。
この共同生活中だったり、トレーニングの最中に堅太郎に褒められると嬉しい。今の様に自分に関する事を祝ってもらうと嬉しい。
小さな幸せを積み重ねていくのを、柿音は知らず知らずのうちにやっていた。
それは今までの人生の負債を取り返していくように。
「ああ、ところで室崎さん。送魂師としての仕事も近々やってもらう事になるとは思うけど、送魂師の特権の一つに、届出さえ出せば魂の存在になった身内に会いに行けるんだ」
「へー
……ええ!?そうなの!?」
当然と言えば、当然のこと。
魂を指定された場所に送り届ける仕事をする彼等が、その引き換えとして与えられる当然の権利である。
「うわ、うわー……会えるんだ。パパとママに……実感無いんだけど……」
「初めはそうさ。僕も母親と会えると決まった後は実感が湧かなかったけど、会う日の前日は眠れなかった」
「そっ、か……楽しみ、うん。楽しみ……にしとく」
半屍人になった自覚も、魂が実在するという自覚も足りない。その事を認めながらも、来たるその時は楽しみにしたい柿音である。
「そういえば僕も最近母親に会えてないから、顔を見せに行きたいかな。室崎さんの予定と合わせて一緒に行こう。母親にも紹介したいし」
「い、いいっていいって!!なんか、変な誤解生まれそうだしっ!!」
「? 普通に共に戦う仲間って紹介したいだけなんだけど……?」
「〜〜〜ッ!!」
この男はからかっているのか。それとも長い年月の中でデリカシーというものを置いてきてしまっているのか。反応してしまった柿音(じぶん)の方が恥ずかしくなる。
"この外見少年のお爺ちゃんは……!年頃の女の子に対して何というか、何も感じない訳!?"
何も感じてないんです、と態度で言われているような。この数週間。着替えを見られて“やあ、ごめん"で済んだこともあり。
はたまた自分だけがドギマギしながら、一緒にストレッチをした事もあったり。
この中身お爺ちゃんには性欲が死んでるのかと、柿音自身も何故こんな文句を言っているのか自覚が無いまま。
「ひょっとしてさ〜?この100年近くの人生の中で付き合った女の子とかも一人もいなかったりして〜?」
堅太郎の年齢をいじられるのは、これが初めてではなかった。度を越した時は、笑顔で抗議されたものだが。
「ん、ああいや。昔、僕にも奥さんがいた事があってねぇ……」
この時ばかりは、柿音は自分の言動を後悔した。
「……普通の人間だから、当然老衰して亡くなって……相手が魂になっても会いに行った。『私の事はもういいから、あなたは別の人を幸せにしてあげて』なんて言われたけど、それ以来……女性を見ても恋愛感情を抱いた事が無くて……どうかした?」
「ううん。別に」
それはそうで。
相手は100年以上生きてるんだから、その間に好きな人が出来ても不思議じゃないわけで。
自分の心が軋む音を、柿音は聞かなかった事にした。
「大丈夫。室崎さんが素敵な女の子なのは分かってるつもりだ。それに戦闘訓練も筋が良いって師匠も驚いてたし」
「ああ……うん。そうだね嬉しい」
隣に競う相手がいたから、一番に見てほしい人がいたからだと。
そういう思考が言葉で出てこない負の感情の渦に、呑まれる。
"せめて、今の関係を壊したくないな"
誰よりも他人から遠ざかっていた少女は、他人を誰よりも思いやれた。
故に他人を憎むよりも、自分の中で折り合いをつける。
それで納得出来るかどうかは、別の問題。
知らずに心は軋んでいく。関係性は同居人から向こうへ行けない。
そこまでの勇気を、少女は持ち合わせてはいないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます