第2話
第2章
2.送魂師
「――つまりは、天国も地獄も、あの世も存在しない訳なんだ。室崎さん」
早朝の学校(モリコー)の屋上。
生徒の登校可能時間よりも前。まだ教室に人は来ない。職員室に辛うじて1人2人の朝型人間の教師がいる程度。
日頃から青春の1ページを刻むのに一役買っている場所で、一組の男女が向かい合っていた。
愛の告白だとか、惚気ているだとか、そういう訳ではなく。
3日前の晩、人知れず起こっていた柿音(かのじょ)に起こっていた惨劇は、目の前で冒頭の言葉を告げた堅太郎少年によって、収まるべきところに落ち着いた。
少し考える風に視線を動かした後に、はぁ。と溜息をつく柿音。
「まぁ……それが真実なんでしょうけど。あなたが言った事が真実なら、私が視た光景も幻ではない訳ね?」
「特別な環境下での臨死体験と思ってくれて良いよ。室崎さん。まあ実際死にかけていた訳だけど。半屍人化するには死ぬ側の心持ちも大事だからね」
「……あれって心持ちの問題?古原君の呼びかけがなかったら私、絶対に成仏してた自信があるんだけど?」
「厳密に言えば『成仏』っていう言葉は不適切だけどね。だって『死ねば仏になる』っていうのも宗教上の気休めさ。事実は大気中に魂が投棄されるだけだから」
彼等の会話には、所々に専門的な用語が混じるものの、ひとつの大前提があった。
改めて冒頭の言葉曰く『死後もまた、生者の問題である』という事である。
「あ、投棄されるという表現はよろしくないな。魂は昼勤の送魂師達が回収して、然るべき地域へ送る手筈だからね」
「――――」
「……あぁ、ごめん。もしかしてついていけてない?」
「あなたも早朝に呼び出されて聞いたことのない単語を羅列される授業を受けてみるといいわ。絶対覚えてられないから。ノートを広げてメモを取りたいぐらいよ!」
ふむ、と堅太郎は顎に手を当てて少し考えた後、明日の天気を聞くのと同じ温度感で
「じゃあ、今晩にでも僕の部屋に来ると良い」
「ばッ……!?」
"馬ッ鹿じゃないの!?"と言いかける。そして柿音の顔を百熱の温度に晒されたように真っ赤にさせた。
「じょっ、女子を軽々しく自分の部屋に呼ぶとかッ!?何というか、この、変態!!」
「……君がそこまで恋愛脳だと思わなかったよ……何で今の話の流れで僕が責められるんだ?」
「い、い、いやいやだって、そのっ、それはそうだけど、その、違くて――」
柿音は顔をそらしがちにしながら、横目に堅太郎をチラチラと見る。
「〜〜〜〜っ!!」
彼女は言えない。
いや自分でも簡単に認める訳にはいかないのだろう。
一晩で自分を助け(少しカッコよかった)、命の恩人となり(再び目覚めるまで隣にいてくれた)。
そんなこんなで、マイナス好感度が一気にプラスに振り切れそうに――
"いや、なってる訳あるかーーっ!!"
柿音(かのじょ)は頭を抱えて振り乱しながら、自分の拒絶反応が全て裏目に出ていることを理解した。そして務めて冷静な態度を取り戻してから。
「わ、私にも世間体ってものがあるのよ?男子の部屋に行ったって、誰かに噂されたら……」
「下宿先とバイト先が同じ同士だろ?この三日間で仲良くなって、あ、勿論男女の友情としてだぞ?宿題を一緒にやった、って事で良いじゃないか?」
「む、むむむ……」
「それに増田さんが自宅に帰った後に、僕が鍵を開けて招き入れれば誰にも分からないと思う。それなら良いんじゃ?」
「むむむむむむ〜〜!!」
……取り戻したところで見事に論破されてしまった。
「僕の部屋には葬魂師の道具もあるし、説明には事欠かないよ」
それに、と堅太郎は付け足した。
「室崎さんに変な気が起こった事は一回もないから、安心して良いよ」
「ちょっと待てい」
柿音は不自然に笑みを作りながら続ける。
「古原君、クラスではっきりと気になる女子は室崎さんって――……」
「ああ。あれは誰かの名前を言っておかないとと思って、学校で一番人気といえば君だろ?悪評も同じくらいあるけど、それは別としてだ。無難なところを狙ったんだけど……室崎さん?」
「あ、の、ね〜っ?」
ずい、と一歩前に出て堅太郎の眼前に人差し指の先を突き出す。
「人の事をそーゆー風に使う人、私は大っ嫌いなんだけど!?」
「ご、ごめん……モテる人を挙げておけばと思ったんだ……」
おや、と頭の中に沸いた疑問点が、沸点を迎えた柿音の心を急激に平温レベルにまで下げる。
「なら古原君。何で私に嫌われてるのか聞いたわけ?」
「? 誰かから嫌われてるっていうのは、精神衛生上良くないことだろ?だから、原因ははっきりさせた方が良いと思って
後は、本当に室崎さんに余程のことをした覚えが無い。
何なら無難なやり取りぐらいしかしていないはずだと思ったから、これまでの人生経験に対して一抹の不安を感じてね」
疑問は解消するべきだろ?と微笑む少年に、少女は溜息ひとつ。
「言ってる事に納得しちゃった自分を恥じたい……原因、私だけど」
「良い機会だし、教えてほしいな。何で僕を嫌ってたのかを」
「嫌。そもそも私の中での貴方の立ち位置、決めあぐねてるんだから」
そんなー、と割と本気で落ち込む堅太郎を横目に、柿音(かのじょ)は何気なしに、自分の心臓の位置に触れる。
動いている。
だが、これは最早、生命の兆候ではなくなっている。
心臓の位置には、あの晩についた傷跡が痣となって残っている。
三日前の晩。室崎 柿音が生者ではなくなった晩のことを、人知れず思い返していた。
*
送魂師(そうこんし)という職業は、有志以前から存在している。日本語でそう略され始めたのは最も古い書籍で平安時代にまで遡る。
曰く。『魂は在るべきところに送るべし』。
天国も地獄もあの世も存在しないと知った時の権力者達が、同時期に世界中でこの事実を知ったのだ。
そして『送魂師協会』が創立され、定義された事の一つにこうある。『死は身体を魂が離れきって初めて死とする』
"…………あぁ。きもち、いいな"
かつてない浮遊感。解放感。重力が急に働かなくなったみたい。
柿音はこれまでどうしていたのかとか、これからどうしようかとか。過去も未来も関係なく。
ただただ、現実離れしたこの超感覚に身を委ねようとして。
「む――さん!!室崎さんッ!!」
じぶんの名前も忘れかけたところで、柿音(じぶん)を呼ぶ声を聞いた。
"……うるさいなあ。せっかく……あ。そうか"
私、自分で自分を突き刺したんだった。
浮いてる自分の身体を宙空で声が聞こえた方へ向き直す。
"あ。私だ"
鏡で見たのでない、自分の姿は酷いものだった。
上着は脱がされて包帯でぐるぐる巻きにされた肩。仕方なかったのだろうけど、半脱ぎにされたブラジャー。力が抜けた手足。開き切った瞳孔。
そして。真っ直ぐ自分の心臓の位置に突き立てられた短刀。
――本当に私、助かるの?
「戻ってくるだけで良い!!自分の身体に飛び込むんだ!!」
ここ数日、目の敵にしていた少年の決死な声に、柿音の感覚はクリアに鋭くなっていく。
"飛び込む、飛び込む――!!"
あまりに季節外れの、プールへの飛び込み姿勢。
飛び込む先は自分の身体――!!
そんなイメージを描いて、彼女は壁無き空を蹴り、宙を手で掻き。グングンと身体(じぶん)との距離を縮める事に成功する。
そうして、自分の身体に触れた時。
一気に身体(じぶん)へ[持っていかれる]意識(じぶん)。
少しの暗転の後、次に襲って来たのは
「――い゛いっだあああぁあぁあ!?」
胸を刺し貫く傷口からの痛みであった。
「やった!!よし成功だ!!痛いのは、その、我慢だ。気力だ。ハンカチ持ってくるから、噛んで我慢して!!」
「冗談、でしょお!?」
「お陰で屍人(しびと)化は避けられたんだ。今はそれを喜ぼう。……おかえり、室崎さん」
「もがもが……」
"ああもう、訳分かんない……"
痛みが治ったのは、特別な医者が訪れて治療してくれるまでの(局所麻酔の開胸手術を涙ながらに受ける事になったが)1時間弱。時計は0時を回ろうとしていた。
*
時は戻り。
柿音が3日間の療養から復帰したその日の夜。
今日は丁度『非番』だったらしい堅太郎に、色々な事を説明される為に、私服姿の柿音は喫茶店『くれのあ』二階の下宿先を訪れていた。
堅太郎の方はあの夜と同じ黒いジャージ姿である。
「異動が数年に一度はあるから。荷物は少ない方が助かるんだ」
理由を尋ねるとそう返された。
「異動が多い……って、添石(この)町にはどうして来たの?」
「それはおいおい説明するよ。まずは基本を説明しないと」
そういうと、堅太郎は自分のノートの白紙のページを開き丸印と、その中に『魂』と書いた。
長い長い、世界の真実を説明する時である。
「死者の世界は存在しない、というのは朝に話したね?」
少し離れたところに『身体』。
「生きている人間の体と心、魂は繋がっている。そして死ぬと、普通は身体から分離されて大気中に放出される」
「私があの晩に体感した事が、これ?」
「そう。本来だったらそのまま身体から離れていくんだけど、この刀で刺された事と……室崎さんを呼ぶ僕の声が作用して、戻って来やすくなったんだ」
「……よく、臨死体験をする人がいるけど、それは……?」
「真偽は五分五分かな?なにせ、本来死んだら魂が身体離れて然るべきというのが『送魂師』の通説だ。まあよっぽど意志の強い魂だったら、その気力だけで戻れる可能性もゼロではないけど、確実じゃないね」
それで、と今度は実物の小刀と、人型を模った和紙を持ってくる。
「送魂師の役目は即ち、『魂を在るべき場所へ』在るべき場所というのは送魂師協会が指定する霊験あらたかな場所だ。送魂師協会はまあ、送魂師の取りまとめをやってるところだ。で、この時使う道具や場所は世界各地で違ってくるけど、日本で使うのは主にコレ。人を模った『人型』と呼ばれるもの」
人型の和紙は、折れても折れ目がつかない仕様なのか、ピシッとその形を誇らしげに保ってるようだった。
「その、短刀は?……って聞くまでもないかもだけど」
「はは……この小刀は冥界と呼ばれる領域で作られた刀だ。これを用いないと魂を救えないのが――君が遭遇した『屍人』。」
ノートに屍人、と書かれる。
「屍人は非業の死を遂げたり、屍人に噛まれて呪詛を流し込まれて死んでしまった時に生まれる。これは要は、魂が暴走してしまって体に無理矢理しがみついてる状態。つまりはバランスが非常に悪いし、何より魂を摩耗させる」
屍人の下に真っ直ぐ線を引かれて、魂がギザギザの吹き出しで覆われる。
「摩耗しながらも魂は、生者への恨みだけで活動を続ける。そして生者を襲い続ける存在となる」
「――――」
柿音はあの晩、苦しむ中で生者を意味なく憎悪する感覚を思い出していた。
「……ん?でも、その屍人ってもしかして昼には活動しない、とか?昼夜問わず活動してたら、流石に社会的にバレるわよね?」
「良い指摘だね。流石は優等生だ」
まあね、と少しご満悦の垣根を見ながら堅太郎はノートの屍人の隣に昼にバツ印を、夜に丸印を書いた。
「屍人は日中に動かなくなり、普通の死体と変わらなくなる。だから昼勤務の送魂師は遺体があったら協会の支部に連絡、そして人型を置いて魂の回収。回収出来たら人型は名前が刻まれるから分かる。大気中に魂が残っているかは、鳴子が教えてくれる。」
3日前に散々震えているのを見た、木片と小鈴からなる御守りのような道具を堅太郎は懐から取り出した。
「昼勤が持つ鳴子は魂を知らせて、夜勤が持つ鳴子は屍人を知らせる。ただ、効果範囲も決まっているから、あの日の室崎さんみたいにすぐに駆けつけられない場合もある。僕達が使っている道具も、万能じゃない」
「……確か、屍人の動きを止めてたと思ったけど、あれって何?」
「あれは夜勤の送魂師が習得必須の道術だね。各世界の宗教感に基づいて流派はあるけど。僕が使うのは神道流。札と、それに通ずる言葉を発する事で発動する。……まあ一回ごとに精神力は使う事になるけどね。」
ふう。と一息ついて"ここまでで質問は?"促す堅太郎。
「……屍人の魂って普通の魂とは別の扱いになったりするの?」
「なにせ、長いこと生者を憎む衝動にあてられた魂だからね。呪詛が普通の魂の比じゃないくらい濃い。普通の扱いをするまでに数年、呪詛を洗い落とさないといけなくなる」
「……そうなんだ」
自分がその屍人になりかけていた事実を再確認して、柿音は内心恐怖した。
「……屍人と送魂師について知ってくれたところで……室崎さん。今の君の状態について話すね」
「……うん」
堅太郎は、先ほどの説明時よりも一段階低い声で、柿音に宣告する。
「君はいわゆる『半屍人』。一般的に言えば不老不死の体になったんだ」
彼女のこれからの運命の暗示を。
「――――」
柿音はさして、驚かない。
普通じゃない事が起こりすぎてか。いや違う。彼女自身、予兆はあったのだ。
「……今日一日、青白い光があっちこっちで見えた。私に何かが起こってるんだろうなってのは感じてたけど。不老不死、と来ましたか……」
「半屍人化は、協会が認知してるだけでも数える程度の特殊事例だ。何せ、人工的に半屍人化をしようとした研究が、永久凍結されたぐらいだ」
「そ、そんなに……特別な事なの?」
「臨死体験が起こり得るのは、先ほど話した通りだけど、冥界で作られた物が発する波動の元で死ぬと半屍人化が起こる。それも、室崎さんが感じた解放感や安堵感を振り切らなきゃいけないから、条件は大の大人でも厳しいよ」
不老不死になりました、と言われても実感が無い。
――ともいえない雰囲気を察して柿音は、自分が珍しいケースであることのみを飲み込む事にした。
「まぁ……色々な創作物で不老不死って題材は腐る程あるし、参考資料……には事欠かないか」
「大事なのは、生きる事から逃げずに、仕方ない事は慣れることだ。室崎さん」
「――――うん?」
今の目の前の少年の言葉を反芻し、それが意味するところを理解、しようとして。
一度踏みとどまり、少年に湧き出た質問をぶつける事にした。
「あなたも半屍人?」
「そうだよ?」
「…………何年生まれ?」
「明治30年7月20日。今年で128歳になるよ」
「ひゃっ……!?」
にこやかに答える目の前の少年(かれ)に、目を白黒させる柿音。更には軽い眩暈に見舞われる。
「大丈夫さ。長く生きてしまったけれど、人生は楽しい。室崎さんもきっと楽しみを見つけられるさ」
「うぐおぉあぁおおうぅうぅ……」
屍人もかくやの呻き声。
自分の身に何が起こったのかと、目の前の少年に見える超歳上であること。それらが実感となって襲ってくるのを、ただ耐えるしか出来ない柿音であった。
*
「なぁんだか。遥かな旅路の始まりに、一人で立たされた気分。途方もないというか、果てしないというか」
「それは体感の話だよ。要は歳が積み重なるのは仕方がないと割り切って、今を生き続ける感覚だ」
「……この前まだって、現実(いま)を生きるのに精一杯だったっつーの……」
目の前の超歳上少年に諭されてなお、ぼやく柿音であった。
「少し話が脱線したけど。話を続けるね?」
そう言いながらノートに文字を付け足す。『呪詛』、と。
「呪詛は屍人が生者に対して抱く、理由なき恨み辛みなどからなる、要は魂にとっての毒の事。呪詛が大気中に篭ってる場所は、魂も滞留してて本当に良くない。長くいると死んで屍人化するだろう」
呪詛と屍人が直線で繋げられる。
「……そして。半屍人にも呪詛はほんの少しずつ発生する。というか溜まりやすいんだ。今後は定期的か毎日か。一定の期間で沐浴をしてもらう」
「沐浴……って、水で身体を流すあれ!?えぇ……?」
「身を清めるのに打ってつけなんだよ?あれ。僕は毎朝、水のシャワーで洗い流してる。ものの10分くらいだ」
聞いてるだけで寒くなりそうだと、柿音は身体を震わせる。
「あと……半屍人について、もう少し語るとね。半屍人が屍人とも生者とも違うところは、魂が優勢になっている事――つまり、普通の生者が『身体が動いてるから魂が存在している』のに対して、半屍人は『魂が存在するので身体が動いている』という違いがある」
「……それって、どう違うの?」
「例えば生きている人間の頭を銃で撃つとする。当然その人は死ぬ。だけど半屍人は、それでも活動を続けられる。魂がまだ存在しているからだ」
「えぇ……?それって無敵なんじゃ……?」
「勿論、身体がマグマにダイブしたりしたら魂が出てくれるかもしれないけど。試した事はないなぁ」
ただね、と堅太郎は付け足す。
「半屍人には屍人に対しての攻撃手段も良好なんだ。要はこの短刀をもう一度心臓に突き立てれば、死を迎えられる」
「――――」
短刀を睨む柿音。あんな痛いのは、もう御免だなと思った。
「半屍人化は解明されてる事も少ない。生前霊感が無かった人間も魂が視えたり、他人の過去や考えてる事なんかを覗けるようになったりするんだ」
「他人の過去……あー、なるほどね」
柿音は合点がいって頷いた。
「あんたの消しゴムを拾った時に、あんな顔してたのはそういう事。哀れんだような顔をしてたのは」
「顔に出てたのか。それは不愉快だったろうね……ありがとう室崎さん。教えてくれて」
「ま。話の流れ上、仕方なくね?機会が無かったら一生私から話すことはなかったでしょうね」
柿音の皮肉もどこ吹く風、うんうんと頷く堅太郎であった。
「だいぶ話したけれど……理解しきれているかな?」
「つまり、昼夜それぞれで送魂師は活動してて。危ないのは夜勤で、彼等が屍人を退治しなきゃ屍人は人間社会に害をなす。呪詛を撒き散らして仲間を増やしたりするから。半屍人化するのは稀で、冥界で作られた武器じゃないと殺せない――こんな感じ?」
「概ねそんな感じかな」
さて、と姿勢を正す堅太郎。
「室崎さんに報告があります」
「は、はいっ?」
「室崎さんが眠っている間、僕は協会の本部に呼び出されてました。……そこでこっぴどく怒られました。民間人に怪我をさせた挙句、独断で半屍人化させたからです……」
「は、はぁ……」
これ見よがしにがっくりと肩を落として、落ち込んで見せる堅太郎。
「なので処罰として、3ヶ月の減給と……
当分の間、半屍人化している室崎さんの監視を命じられました」
「……うん?監視?」
柿音は次に続く台詞が、予想出来た。出来てしまった。
「室崎さん。部屋は別にする。僕と一緒に『くれのあ』に下宿して欲しい」
「――――!」
本日二度目の衝撃。
それは所謂、男女が同じ屋根の下。
それは所謂、ロマンスが始まりそうか始まらないかというシチュエーション。
だが目の前の超歳上は、それが罰則で、仕事の責務の一環であると言っていて。
「拒否権は?」
「意図的に逃げるような行動は避けて欲しい。即刻、屍人判定で協会から追われる身になる」
さもありなん。
恋愛もまだである柿音にとって、男子と……いや、他人と同居はハードルとか、なんか色々高過ぎた。
「大丈夫。引っ越し代は協会持ちだから」
それはそれで安心な一言も、柿音はそれでも問題は山積みなのだが、と。せめて心の準備ぐらいはしてやろうか。と。
内心で溜息をつく柿音であった。
*
「そういえば。古原君がなんでこの町に来たかって、まだ聞いてなかったわよね?」
「ああ……その事か。まぁ、遅かれ早かれ教える事なっただろうけど。言う前に、室崎さん。
君には送魂師の仕事も覚えてもらうよ」
「…………え?」
まさかの言葉に、唖然とする。
柿音は自分が監視されるだけであろうと思っていたのだ。
「私、戦えないけど……?」
「それは訓練してもらうしかないね。……協会は半屍人化した君を放っておくつもりはないみたいだから。なにせ半ば不死身である身体を持った存在だからね。有効に活用したいんだろう」
うわあ。と若干引き気味の声を上げる柿音。
「ひょっとしなくても協会ってブラックなんじゃ……?」
「昔気質の上層部の人間が多いし、引き継ぐ人間もその息がかかり続けているからね。効率的に運用するために使える物は全て使うだろう」
「……不安なんだけど……?」
「安心して。指導してくれるのは僕の師匠でもある人だ。その人も半屍人で……僕よりも年上で、きっとしっかりと指導してくれるさ。だから土日はバイトを入れないでおいて欲しい。」
「――――」
なにが安心してなのか。
それに、土日が実質亡き物と考えろということか。華の女子高生全盛期の休日を。
「それで?私のあれやこれやはこの際、かなり譲歩して飲み込むとして。なんでなの?この町に来た理由って」
「…………」
ノートを閉じて、柿音に向き直る堅太郎。
「協会が、この町に古くから在り続ける屍人が現れる、という情報を知ってね。人間社会に隠れ続ける、生き汚い……いや、死に汚いとも言えるのかな?まあ、協会の面子潰しになってる、その個体を退治するように仰せつかった訳だ」
「人間社会に隠れ続けるって……この前に会ったああいう奴が?」
「さっきの説明の補足になっちゃうけど、屍人化した人間は人間社会から隠れ続けて時間が経つと、知性を取り戻すんだ。生前の記憶は途切れ途切れになるけどね。屍人を放っておけないもう一つの理由だ」
知性を持つようになる……その意味するところは。この前会った屍人よりもより狡猾に、生者を襲い仲間を増やすという事だ。
「現れたという情報だけだから、とっくに離れているかもしれないけどね。もしいなくなってたとしても、管轄場所は数年単位で変わるから、卒業まではいるかもしれないけど」
「ふーん……」
室崎柿音は要するに、と考える。
自分と目の前の年上少年とは長い付き合いになりそうと思っていたけれど、彼が卒業した後は……自分はついていく事になるのだろうか?それとも……
いや。協会の手で配属が決まるのなら、配属先で自分1人が孤立するのが普通か。
"それは……今までと一緒だ"
1人で生きてこようと踠いていた。
誰かがいる事で、良い事なんて一つもないと思っていたのに。
「さて、と……他に聞きたい事はあるかな?」
「聞きたい事より、やらなきゃいけない事の方が山積みなんでしょう?今まで知らなかった事は知れたし。大丈夫」
「……なら、うん。改めてごめん。室崎さん。巻き込んでしまった責任は取るよ」
「そーしてくれないと困るわよ。古原君?」
かくして、少女は夜に跋扈する屍人達との戦いに身を投じる。
余談だが。室崎柿音という少女を送魂師(こちら)側へ引き入れた事を、古原堅太郎が後悔することになるのは、また別の話。
*
それからの1ヶ月はあっという間に過ぎ去った。
高校2年の4月に転校生がやってきたから、次の月。
室崎柿音にとっては人間を辞めて1ヶ月。
沐浴は毎朝。初めこそ悲鳴を上げながら入っていたが、慣れというのは恐ろしい。深く呼吸をしながら入ればなんて事ない。逆に沐浴した後が清々しく感じるほどにはなってきた。
次に戦闘訓練。体力訓練と並行して行われた一連の訓練は、文武両道を通してきた柿音(かのじょ)にしても終われば動けない程。実際そこまで追い込まれるまでやられるのだ。それもバイト後に毎日。
半屍人に睡眠はほぼ不要。といっても魂が求めるときは別。学校の昼休みに寝て過ごす日もあった。
彼女の日常サイクルは変わった。
それは強制的に、不可逆に。
彼女の運命をも決めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます