第13話 泳げなくてもしろくま
ユキは、岩山から降りたあともしばらく、シロのそばを離れなかった。
ふたりは、夕暮れの動物園のすみっこで、いつもより静かな時間をすごしていた。
「さっきは……ほんとに、ありがとう」
ユキがぽつりと言った。
「ううん。僕、なんか……すごくうれしかったよ。ユキを助けられて」
シロは、照れくさそうに笑った。いつもの優しい顔だ。
「ねえ、シロ。あんた、ほんとに変わってるよね」
「えっ、また? やっぱりシロクマらしくない?」
「ううん、ちがうの。……“シロクマらしさ”って、なんなんだろうって思ったの。今日、助けてもらって」
ユキは、ゆっくりと顔を上げてつづけた。
「私、小さいころから“お客様にサービスしなさい”って言われて育ったの。だから、目立たなきゃって思ってた。泳いで、飛び込んで、注目されて……それが“正しいシロクマ”の姿なんだって。でもね、今日、あんたを見てて思ったの。らしさの中に、自分の“したい”がなきゃ、つらくなっちゃうのかもって」
シロはしばらく黙って、空を見上げた。
「僕もさ……自分がシロクマなのに泳げないって気づいたとき、すごくショックだった。知らなかっただけなのに、“シロクマ失格”みたいな気がして。でも、木に登ってユキを助けたとき、“これも僕なんだ”って、少し思えたんだ」
「そうだね……“シロクマらしく”いることと、“自分らしく”いることって、まったく違うようで、ちょっとだけ重なるのかもね」
「うん。全部同じじゃないけど、どっちかをあきらめなきゃいけないってわけでもないんだ」
ふたりは、しばらく無言で空を見つめた。
空には、夕焼けの中をひとすじの飛行機雲が流れていた。
「ねえ、シロ」
「ん?」
「もう少しだけ、ここにいてもいい?」
「もちろん。僕も、そうしたい」
やさしい風が吹いた。ふたりのあいだに流れる空気が、すこしだけあたたかくなった気がした。
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