第19話 コーヒーは早い
私はフクロウとミミズクの違いを知らない。同じ鳥だし、顔のパーツもほぼ同じで、違いがあるとしたら耳っぽい部分に可愛らしい毛がある位。ただ、人間とミミズクの違いはわかる。
エウレカはミミズクになってしまったが。
不思議と悲しさは無い。
塔から落ちた彼女が死なずにシスターとして生きて、新聞の記事で開祖殺しの事件が起きたとしても今もこうして生きている。第一、私は死んでも生きているのだ。
ならエウレカも同じ筈。
——だった。
「魔法が分からない、ってマジで言ってる?」
「ホッ?」
「野生の動物でも天気の変化や幽霊の存在が分かるって話を聞くから、一切分からないのは流石におかしいと思ってねぇ。試しに脳を透視魔法で確認してみたんだけどさ……」
バリスタが言葉を濁している。
珍しい。
健康診断では戸惑いも無く私に注射を打って、開祖殺しの時は運転手に化けて、いつも含みのある笑みを見せていた彼女から、笑みが消えていたから。
「何かの冗談だよな? あいつは魔法の開祖なんだぞ」
私が捕まったのもエウレカが魔法の開祖として雨を降らせて大きな事件を起こしたのが問題だった。それを私が知ってる限り全部話して解決すれば、逮捕されるなり殺されるなり——何であれ、いつも通りの日常に戻って何事もなく社会は動く。
それで終わりじゃないのか?
「——原因、聞くかい?」
「そりゃ勿論」
バリスタは固唾を飲んだ。
「外傷性脳損傷、だね」
無いはずの書類に、目を落とすように。
つらつらと。
「何かの拍子で強く頭を打ちつけて、脳機能の殆どが壊死しているよ。言語能力はほぼゼロに近くてどこに誰がいるかも分からないのに私たちの場所が分かっているってことは、魔力の器——つまりは第二の心臓、精神が魔法を使える程度生きてて、傷の少ない内臓と骨を繋ぎ止めながら辛うじてコントロールしている、ってことになるよ」
後半から話の中身が入ってこなかった。
ただ、聞こえた単語を合わせて。
「脳が死んでるなら、移植すれば——」
「……脳だから、移植して治っても精神のバランスが取れなくなる。魔法を常に掛けてる身体だから、治療系の魔法も効かないよ」
「……」
嘘だろ。
エウレカは魔法の開祖なんだろ?
魔法を作った神なんだろ?
自分の体を治す魔法だとか、完治させる魔法を作って掛ければ直ぐに傷なんて治せる。魔法を作った人で、神格の中で一番偉い筈。神格から神と信じられて、銃や魔法なんかで死なない人間を辞めたような奴らなんだろ?
人間を、辞めた奴ら。
まさか。
「エウレカがただの人間だって、そんな訳ねえよな」
心の何処かでわかっていた。
エウレカが私を抱き抱え、塔の頂上から背中を打ちつけて血を広げていた。赤い血が私の頬まで伸びて。《助けられなくてごめん》とか言って。
目覚めたらエウレカの姿をしていて……。
「ホー……」
エウレカはゆっくり目を瞑り、私の頬を撫でてくれた。
私は大丈夫だよと、諭してくれるように。
今も何か言っているのだろうか。
シスターとしての声も消えた。
手を組んでも乾いた空気が流れるだけ。
「マズルカ……これが君の知りたかった真実だよ」
突きつけられた現実。
どうするか、なんて言いそうな顔をされても。
どう答えれば良いのか。
「エウレカは、話せないよ」
拾う神あれば捨てる神あり、なんて言葉がある。
自分のことを神と言ってしまうのは変だが、私が善意で助けてくれたエウレカの命を捨てさせてしまったなら、そんな彼女を拾って救ってくれる神がいても良いじゃないか。
せめて。
喜んで手放した命を、私が拾い上げれば。
「まだ、何か出来ることがある筈だろ」
「……」
バリスタは何も言い返さなかった。
羽毛を繕うミミズクを見つめるだけで、それ以上は何も。
「——何かある筈だ。あいつと会った教会とか、私が酒飲んでた所の路地とか、何か……なぁ、調べてきても良いよな」
「エウレカと会話できる方法が見つかるなら、勿論だよ」
見覚えのある談話室がいくつも並んでいたので、外に出るのは簡単だった。
そこから最初に教会をあたろうとしたが。
「あ、新聞に載ってた人だ」
知らない誰かが指差す。
「魔法の開祖にそっくりじゃないか」
そこから一人。
また一人と。
「同じ人だ」
その姿を捉えようと、カメラやメモ帳を手に取って近づいていく。それは新聞記者かもしれないし、魔法が好きな一般人かも、ただの野次馬かもしれない。
ただ一つ分かるのは。
「私はエウレカじゃねえ……‼︎ エウレカは、私が、こっ——‼︎」
「ああっ」
「うわあっ急に何だ」
「待ってください! あなたって——」
「なんか持ってますね」
「何かな」
立ち止まるな。
人同士にできた、あそこの隙間から抜ければ教会に行ける。
「走れっ、焦るな、人を殺したわけじゃねえんだっ」
ここまできて神頼みになるのも変な話かもしれないが、いいや既に、神はいないのかもしれないが——神は居ないのか? 私は今まで人を助けるためとは言え犯罪を積み重ねて、のうのうと生きていたんだぞ。それに比べて彼女は。
私は。
「……エウレカ?」
返事がない。
さっきまで頬を撫でてくれたのに、丸く縮こまったまま動かない。
こころなしか呼吸もしない。
「何でだ」
魔法が使えなくなったのか?
心臓マッサージだとか人工呼吸だとか、それよりも心が落ち着く所はどこか。
教会に行っても間に合わないかもしれない。
「なんでだ」
私は首を切られようが腹に穴あけられようが、何されても生きてるってのに、エウレカは簡単に死んでしまうんだ。それが人間で、私は人じゃない何かだとでもいうのか。
「くそっ、あ、ぁぁああああ——‼︎」
立ち止まって膝をついて、一匹のミミズクを強く抱きしめた。喜びも満足もなく生物として目を瞑っているだけだったのが唯一の救いで、痛かった。
「はぁ、はあっ」
もうこの際、神でも何でも誰でもいい。エウレカを救ってくれる人は居ないのか。
チリリ——……なんて馴染みのある寂しい音とは真逆のドア鈴が勢いよく鼓膜を突いた。
「マズルカか、助けてくれないか」
後ろで声をかけてきたのは聴き慣れた声をしたグレイスだ。
その奥に——ニストとあの開祖殺し——ソレノイドが居座っている。
「お子様ランチを食わせろ。治療はそれからだ」
ソレノイドは聴診器を首から下げ、ナイフとフォークを両手に握っていた。
最近『熱い』ネタを仕入れたようで。 平山キャラメ @fact_news_
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