第2話【ホムンクルス】



 聞くところに依りますと そちらの世界には不思議な石板タブレットがあるそうですね。

 なんでも居ながらにして 万巻の書物を閲覧したり くにの言葉を たちどころにに自国の言葉に翻訳したりできるのだとか……。

 もしかしたらわたくしのこの手記も その石板タブレットでご覧になっているのでしょうか?


 電子(この言葉が よく分かりません。我らが世界ヒューメリアで言う〈霊子〉や〈魔素〉とは 似て非なるモノだと マリノア店長様は仰っていました……)の蜘蛛の糸で 自分の石板と世界の果ての見知らぬ方の石板とを繋ぎ 瞬時に書簡をやり取りできるそうですね。

 ありとあらゆる知識に触れられるようで 非常に羨ましく思います。

 

 ですが その知識の確度はどうやって担保するのでしょうか?

 わたくしの住むウィスティリア星降る街のような街でも 文献の一字一句まで揺るがせにしないグレアム学院長先生のような高潔な学者からゴロツキ紛いの詐欺師(そのような者をわたくしは 〈学者〉とは認めませんが)まで居ります。

 遙か異界のことながら心配になってしまいます……きっと巧い方法が採られているのでしょうね。

 



 さて我らが世界ヒューメリアにも そちらの石板タブレット程のことはできませんが〈文明の利器〉という物が存在します。

 〈ホムンクルス〉と呼ばれる〈人造妖精〉が それに当たります。

 〈人造妖精〉の説明に入る前に その前提になる〈使い魔〉と〈妖精〉についても お話しさせていただこうと思います。



【使い魔】

 我らが世界ヒューメリアにはわたくしが学んでおります〈真語魔法〉をはじめとして 幾多の魔術の体系・技法が存在しますが ある程度の使い手マジックユーザーになると教えられる技法に〈使い魔ファミリア〉があります。

 簡単に言うと使い手である〈主人マスター〉と 様々な生物との間に精神的な繋がりを作り〈従者ファミリア〉とすることによって 魔術の行使をはじめとする 様々な活動の手助けをさせるという技法です。

 

 我が〈真語魔法〉では 従者となる生物に『術者の存在の一部を組み込む』と説明されていますし 〈神聖魔法〉では神から遣わされた『低位の天使が宿る』〈精霊魔法〉では その生物の中の『特定の精霊力を高める』と説明されているのだとか。

 他にも『守護霊を封じる』『先祖や英雄の霊魂を憑依させる』『自然霊の〈本質〉を術者が取り込む』等々……。

 体系の数だけ 説明の種類もあると申せそうです。


 

【使い魔の利点】

 兎に角 生物を〈使い魔〉とすることで〈主人マスター〉と〈従者ファミリア〉は精神的な繋がりを持つことができます。

 

 基本的な利点としては〈魔力の供給〉がございます。

 〈主人マスター〉が魔術を行使する際の精神力・集中力の消耗を〈従者ファミリア〉が一部 肩代わりしてくれるのです。

  

 その他では〈感覚の共有〉が有名です。

 〈主人マスター〉とは 別の場所にいる〈従者ファミリア〉の目を通して世界を覚知ことができるのです。

 猫や烏として街を眺めてみる等は なかなか楽しそうな経験だと思います。

 


【使い魔になる生物】

 さて使い魔にできる生物ですが 基本的には手近で ある程度 術者に懐いた生物が選ばれることが多いようです。

 1度に所有できる使い魔は1匹と決まっておりますし 準備の為の費用や使い魔の寿命も元となる生物に依存することなどを考えますと あまり小型の生物(ネズミや昆虫など)を使い魔にするのも考えものです。


 ですから 人気の生物としては やはり 前回も取り上げました猫が筆頭に挙げられましょう。

 犬や狼も 忠実な友として人気があります。

 〈魔力供給〉の面では 獣類に劣るのですが〈感覚共有〉を重視して鳥類を選ぶのも 一般的と言えましょう。

 確かに 烏・梟・鷹などを 杖や肩に止まらせた魔術師というのは よく見かける姿です。

 〈魔力供給〉を重視しての蟇蛙 〈感覚共有〉と侵入能力を考えての蛇というのも よくある選択肢です。


 

【珍しい使い魔】 

 大型で知能の高い生物や人に懐き難い生物ほど 使い魔にするのが難しくなるのですが 高位の術者の中には 信じ難い生物を使い魔として使役していた例が知られています。

 邪術に手を染めた妖術師達は〈小悪魔インプ〉を使い魔にするそうですし 精霊使い達が精霊を直接 使い魔にしているのは わたくしも 見たことがあります。


 リーレンの旅行記『東方』の記述 及び テシュンの『手記』に依るならば ザグレス山麓のユギリア大森林のドルイド達の長ラグドゥラは 純白の〈一角獣ユニコーン〉を使い魔としているそうですし 前回も引きましたシシスの『ジガリア見聞』には〈タクヒ〉と呼ばれるハルピュイアの一種を使役する女魔術師の記事が見えます。

 『コパリア記』に登場する大魔導師アルリ・ナルガは幻獣カーバンクルを 『ウカイア報告』においては トルメキアの大酋長サヴァンは 漆黒のダイアーウルフを使い魔にしていると読めます。

 そして 大魔法使いにして 卓越した剣士だったと伝わる メディターナの王子ラーガラは 火竜の幼生を使い魔にしていたと ラヴォンの『世界記』をはじめ 複数の書物に記載されています。

 


【妖精】

 竜や幻獣といった あまりにも特別な使い魔とまではいかないけれども 魔術師達が憧れる使い魔候補に〈妖精〉が挙げられます。

 妖精という非常に不可解で気紛れな生物は 一説には そもそも我らが世界ヒューメリアの生物ではなく 妖精界と呼ばれる世界から 次元の裂け目を通って紛れ込んだのだとも言われています。

 その証拠に 死亡することがあっても 死体は残らず 数分の後には 空気中に溶けるように消えてしまうのだそうです。

  

 千差万別の姿の妖精が目撃されていますが 大別すると〈ピック・シー〉〈ケット・シー〉〈レプラコーン〉〈ドール・シー〉の4種が多いとされています。

 〈ピック・シー〉は人間かエルフのような美しい少年か少女の背中に蝶や蜻蛉のようなはねが生えた姿。

 〈ケット・シー〉は直立歩行する猫。

 〈レプラコーン〉は醜い鈎鼻の腰の曲がった老人。

 〈ドール・シー〉は ぬいぐるみ そっくりの姿だそうです。 

 生物には見えないような姿をしていても 生命であることは事実らしく 魔法や物理的な攻撃によって活動を停止させると 形を復元しても2度と活動を再開することはなく 前述のように空気中に溶けてしまうのだそうです。



【妖精を使い魔にする利点】

 さて 何故この〈妖精〉達が使い魔として人気かと申しますと

 まずは 妖精自体が魔法的な存在であり 使い魔自身が魔法行使できるということ 。

 また 自らの意思を持った存在であり 言葉を使ったコミュニケーションが取れること 。

 更には 妖精自身の知識を使って術者の魔法行使を手助けしてくれること等が挙げられます。

 

 自らの意思を持った存在ですので 場合によっては魔術的に〈使い魔ファミリア〉としての契約をしなくとも自発的に使い魔となってくれることもあるそうです。

 黒衣の剣士と相棒のパトリック。

 エレンディア公爵とブーツ姿の〈ケット・シー〉。

 〈ドール・シー〉と出会って高度な変身魔法を行使する少女達。

 幾多の物語の主人公が妖精を供に冒険の旅をしたと伝わっています。


 でき得るなら妖精を使い魔にしてみたい。

 我らが世界ヒューメリアに生きる者なら 誰もが1度は憧れる夢なのかも知れません。



【ホムンクルス】

 そこで〈ホムンクルス人造妖精〉の登場です。

 人工的に妖精に似た疑似生命体を作ることは 数百年もの昔から行われてきたそうですが 近年 スティファン・ジブリスという天才錬金術師が 量産の方法を開発し 劇的に価格を下げることに成功したのです。


 基本的には体高1キュビト15㎝ほどの〈ピック・シー〉のような姿で 人間が歩くぐらいの速度で浮遊し移動することができます。

 

 話すことはできませんが〈主人マスター〉の発する言葉は 理解することができ 指示に従ってくれます。

 例えば『ガラスペンを持って来て』だとか『世界記の136ページを開いて』など。

 逆に無理な命令の場合は 首を振って不可能であることを伝えてくれます。

『書架から世界記の17巻を持ってきて』という命令には 彼女ティトは首を振りました……きっと重すぎると判断したのでしょう。


 〈主人マスター〉と認識させるのも簡単で〈真語魔法〉の基礎的な素養があれば 誰もができるようになっています。

 わたくしも半刻も掛からずに登録することができました。

 

 このように手軽にホムンクルスを所持できるようになってきているので わたくしの通う魔導院の生徒の間では ホムンクルスを持つのが一種の流行というか になってきているのです。

 ですが 安くなったとは言うものの まだまだ高価。

 わたくしには まだ早いかなと少し諦めていたのですが 先日 思いがけない臨時収入があり 思いきって母におねだりしたところ 意外にも許しが出たのでした。


 

【ティト】

 我が家にやって来たホムンクルスは 髪の短い中性的な外見でしたがわたくしは 彼女に〈ティト〉と名付け無事に契約を済ませることができたのでした。



 様々なことができるティトなのですが やはり有難いのが魔法の補助機能です。

 ティトが覚えてくれているお陰でわたくしが1人で掛けるより何倍も効率良く魔法を掛けることができるのです。

 

 例えば〈念話〉の魔法。

 遥か遠くにいる人物と会話をする魔法なのですが 自分1人で掛けたなら5分ぐらいで 疲れてきて 集中が乱れてしまうのです。

 ですが ティトが我が家にやって来た日の夜 学院の友人と〈念話〉を試してみたのですが 互いにホムンクルスを介することで 殆ど疲れること無く〈念話〉を行うことができました。

 それどころか 普段 学院でしか話せない友人と家に居ながらにして話せる珍しさと嬉しさで 話が弾んでしまい 随分と夜更かしをしてしまいました。

 そして次の日の朝 母にこっぴどく叱られ せっかく手に入れたティトを もう少しで取り上げられてしまうところでした……。




 そちらの世界でも石板タブレットを巡って 同じようなことがあった?

 ふふっ そうなのですね……。

 世のことわりが様々に違っても 人の営みというのは 存外 似たようなものなのかも知れませんね。


 他にも似たようなことは 無いか?

 どうなのでしょう?

 すぐには思い付きませんが……。


 馬鈴薯?

 ……いえ。我らが世界ヒューメリアにも ございます。

 じゃが芋のことですよね?

 大昔からあるものだと思いますが……。


 あ いや… どうでしょう?

 よく考えたら あまり詳しくは 知らないかもしれません。

 ちょっとお時間いただいても よろしいでしょうか?

 一度 文献等に当たって ある程度調べてから ご返答させていただきたいです。

 

 はい。次回は『馬鈴薯ジャガイモ』について お話しさせて頂こうと考えております。

 

 

 

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